ジェニファーのボランティア

 

 


ジェニファーが大修理のため居なかった時期はサードとサファイアが移動手段となる。しかしタカと舞は空中作業時の装備が少ししか持てなかったため不便な日々が続いていた。


11月になってジェニファーが修理から2ヶ月ぶりで戻って来る。 タカと舞はビルの最上階で久しぶりにジェニファーに出会い、握手を交わした。


「ただいま、みんな元気だった?」
ポートに降り立ったジェニファーは舞とタカに抱擁をした。


「お前、その服どうしたんだ?」
「うん、これは連邦軍の標準戦闘服だよ。 ガウストの工場ではこの服が普通だから。」

二人はズボン姿のジェニファーを始めて見て違和感を覚えていた。

「いつもミニスカじゃないか・・・いつも勝手に軍服を改造していたんだな!」


「ガウストじゃあ周りがうるさくてさ・・・でもまたミニにするもんね。」

「よくサファイアが怒らないな。 まあ、似合っていればいいけどさ。」

「今夜は全快記念ね。」舞は喜んでいた。

「タカはジェニファーが居ない間は寂しそうだったよ。」


「ああ・・・そうそうこれ、お前に買ったんだ。 舞、つけてあげなよ。」

タカは舞に小さな包を渡す。「俺と舞とで二人で選んだんだ。」


「なあに?・・・造花みたいね。


「似合うかな。」

「わあ、綺麗ね・・・これを私に?」

「うん、タカがこれがいいって。」 舞は包みから取り出した。

「今、頭につけてあげるね。 ちょっと屈んでもらえるかな・・・」



<ただ今戻りました。 屋上ポートでタカと舞にも会いました。>

<ジェニファー、おかえりなさい。 あとでミーティングを・・・その髪飾りをどうしたのです?>

サファイアは振り返るとジェニファーの髪を見る。 オレンジ色のバラの花と木の実の髪飾りがジェニファーの髪に着けられていた。

<はい、先ほど舞に着けてもらいました。 退院のお祝いだとか。 地球人のの習慣だと思うのですが。>

<初めて知りました。 飛ぶ時に落とさないように注意しなさい・・・測量と航空撮影の仕事が溜まっていますから早く舞と始めてください。 私の背からでは撮影機材が十分に使えません。 確認の打ち合わせをしますから会議室に14時までに来なさい。>

<お二人の食事当番はどうしましょう?>


<あなたの入院中も出前で済ませていましたよ。 小惑星接触まであと6年と3ヶ月なのです、時間を大切にしなさい。>


舞の業務は広報として割り当てられていた。

サファイアが全てをコントロールする中でタカとサードは小惑星破片落下予測地点での災害回避メニューを作成しなければならい。

特に小惑星が粉砕された場合、多くの落下物が大気圏で燃え残り、津波や落下物飛散による直接被害を避けるためへの啓発活動が重要だった。

国内外を越えての各方面へ資料作り、翻訳、参考画像など多くの情報を関係機関に配布しなければならなかった。 諸外国へも膨大な資料が必要だったが、国家間の地位保障制度など課題も多い。 一番大きな障害は国々の言語の壁よりも宗教への配慮も大きかった。

舞の任務は広報で小惑星対策本部の活動の閉鎖環境が世論の非難に結びつかないよう活動写真をマスコミに公開し宇宙人との契約に疑いが向けられなくなうように従事する事だった。


民間に理解してもらうため行動内容の報告が不可欠であり活動状況の透明化は基本となっている。
理由としてサファイア達が宇宙から来た事実が地球人にとって宇宙から来た「使者」ではなく「侵入者」と考える人達も多かったからである。」

舞の専門は農業工学だったが慣れない写真撮影や録画編集もセンター内で行った。 ジェニファーは飛ばないときは舞と作業を分担し、掃除当番もする日々が続く。
ジェニファーの修理期間の遅れを取り戻すため当面厨房は閉鎖された。

政府や都庁の議会とも連絡を取る担当も舞になる。 朝早くから遅くまで作業が続いた。

そんなある日、都庁の広報から新たな企画が寄せられる。


「ホスピスと病院訪問ですか?」
サファイアは少し驚いた。


「チーム活動に良いイメージを持ってもらうため、老人ホームやホスピスなどへの訪問記事が必要なのではないでしょうか?」 都庁の広報担当者はサファイアたちのイメージアップを要求する。

「今は多忙でその様なミッションに無関係な作業に取り組む余裕はありません・・・活動できる人員は限りがあります。」

「小惑星対策反対派の行動は最近激しさを増してきていますよ。 近頃また週刊誌もあなた達を悪く書いています。 大体これだけ重要な任務があるのに従業員が日本人が二人って変な数字じゃないですか? 百人、いや、千人いたって足りないでしょう? 余裕が無いのはそのせいですよ。」

「銀河連邦や我々を管理する生物保存評議会からの指示で必要なエージェントの人数を地球側民間人を二人までと指定してきているのです・・・その二人ですら休日も無く働いているのです。 企画の施設訪問は確実に困難だと思いますが。」

その時横に居たサードはサファイアに横目でコメントを送った。


<私は賛成です。 回数を制限して数回やりましょう。 マスコミで報道してもらえれば反対派に対する行動抑制に繋がると思いますが。>


<でも舞は広報として体力的に限界です。 昨夜も深夜まで資料編集があったでしょう? 我々とは違って彼らには睡眠が必用なのですよ。>

<ジェニファーを同行させれば大丈夫です。 タカに画像編集を任せれば舞は取材に専念できます。>


<考えて見ましょう。 あとで舞にも相談してみます。>


「それでは都庁から撮影班を少し借りることが出来れば可能かもしれません。 検討した結果はこちらから連絡いたします。」
サファイアは渋々と了承した。


後日の会議で都庁の広報と企画を共同作業で行う方向になった。
一回目は高齢者施設への訪問。 多くの入所者老人と写真を撮ったり、小惑星衝突回避の話題から軍縮や平和の強調など若干演出を伴った会報が出版され企画は無事に成功した。


次回企画でホスピスへの取材が始まる。 難病や重症患者としてその中に子供達が多数含まれることに舞とジェニファーは驚いた。 病院長から現在の医学では治療の困難な難病患者も多い説明などが行われ、 舞は子供達へどうコメントを出せばよいのか困惑しながら訪問取材が続行されたが都庁側よりアナウンサーを借りることが出来て無事に取材は完了した。

撮影と取材が終わりジェニファーが近くの空き地から離陸しようとした時、 一人の少年がジェニファーに近づいてくる。

 

「メインエンジン緊急停止! 人が安全区域内に接近しました! 離陸を非常中断します。」


エアロックから上半身を出して離れる様に指示したジェニファーに向かって少年は走り寄って来た。

「待ってよ!」


「君、危ないよ。 今、離陸するところだから。」


「ごめんなさい。・・・僕、君のプラモとポスター持ってるんだ。 サインしてよ。さっき窓から声を出したのに聞いて貰えなかったんだ。」


少年は笹川勉(ささがわつとむ)といい、最近入所したばかりの15歳だった。 たまたまそれを見た都庁の取材班もこれを撮影し話題にしようとする。 ジェニファーは少年のパジャマの裾へマーカーでサインをした。

「電話番号教えてくれる? 僕はジェニファーの大ファンなんだ。」

「いいわよ、ここに電話して。」 ジェニファーはあまり気にせずメモに自分専用回線の電話番号を渡してしまった。 舞は少し気になったがこの行為が後日になってジェニファー自身を苦しめる事態になることはこの時予想していなかった。


人工知能たちは地球に居る状態では専用回線を持っていた。 外部からの電話回線は緊急事態を連絡をする為のものである。 センタービルに専用機があり、そこからサファイア経由で無線カードと同じく通信が可能になる。

人工知能は高速なので端末が一般業務中や会話中でも電話が出来るため大きな負担にはならなかった。



「勉」からその夜に連絡が入り、 ジェニファーは彼の病状を知ることになる。

少年は小学生の頃からすでに脳の病変があり、入退院を繰り返す状態だった。 脳の悪性腫瘍である。 何度か手術は受けており再発後の転移範囲はすでに広がっていた。


手術のたびに障害が増え、半身の一部麻痺と片目の視力はこの時すでに失われていた。


「僕、長くは生きられないかもしれない。 同じ病室の友達が先週死んだし、会えなくなる友達も多いんだ。」


「でも治療は進んでいるんでしょ?」

「たまに家に帰れるけど・・・だんだん帰してもらえる時間が少しずつ短くなってる。 今週の日曜日は日帰りになったから。」

「私のプラモデル? いつからそんなもの売ってるの? 全然知らなかったわよ。」

「模型の専門店で売ってるよ。 去年出たんだ、サファイア号も売ってた。 最近はジェニファー号って有名だよ。 君のポスターも売ってる。 宇宙船の本物って大きいね。今日は見てびっくりしちゃった。」

「へえ、初めて聞いたわ。 私の船体は47mあるのよ。 電車2両とちょっとくらいかな。 今度乗ってみる?」


「乗せてくれるの! ホント!」

「八王子まですぐだし公用で近くまで航行許可が出れば乗せてあげる。」


「約束してくれる?・・・絶対だからね。」
病院にある公衆電話の硬貨が切れたのか、通話は切れてしまう。


通信をモニターしていたサファイアはすぐに警告を入れた。

<ジェニファー、あなたには言っていませんでしたが深入りしないようにしなさい。・・・あの少年の病状は悪いのですよ。>


<申し訳ありません。 元気付けようとしたのですが。>

<今は外出許可が出ていますが、あと1ヶ月程度で肢体麻痺が始まる可能性があります。 今、病院のコンピューターに侵入して最新の検査データを閲覧しました。>


<そんなに悪いのですか?>

<多分ですが半年は生きていないでしょう。 カルテの所見もそうなっていますし私の解析でも同様の結果が出ています。 早ければ年内に死亡する可能性もあります。>


<ええ・・・対処がわかりません・・・年齢が近いタカと舞に相談します。>

<今はあの二人の負担を増やしたくありません。 あなたの取った行動に大きなミスがあるとは思いませんが困ったら私に相談しなさい。 航行許可は優先権を国から貰っているので市街地500m以下の低空飛行は自由ですが、勉君を連れ出す場合は医師の許可が必要なのですよ。 それにあなたも予定がいっぱいでそのような余裕が無いのでは?>

<はい。 申し訳ありません・・・当分は電話程度にします。>


問題が起こったのは数日後たっだ。 少年との取材記事が掲載され、都庁側の編集のミスで彼の病名も記事に掲載されてしまう。その夜、勉から電話が入った。


「ジェニファー? 僕。」


「勉君?」

「多分、僕・・・死ぬんだ。 脳の癌だって。 広報で見たんだ。」


「でも、治療は進んでいるって聞いたのよ。」

「皆ウソ言ってる。 軽い障害だって聞いてた。 記事に病名とか出てる・・・だから僕はもうすぐ死んじゃうんだ。」


「本当にそんなこと載ってるの? 取材記事の間違いなんかじゃないの?」

「もうすぐ見える方の目も見えなくなるんだって・・・だからその前に君に乗りたい。 少しでもいい。 飛ばなくてもいい。 本物の宇宙船の中を見ておきたいんだ。」


「・・・わかったわ。 何とか時間を作ってみるから待ってて。 今度の自宅外出許可はいつ出るの?判るかしら。」

「来週の日曜日。 でも最後になるかもしれない。 だからその日に君のプラモも見せたい。」


「そうなの・・・じゃあ見せてよ。 家は何処なの?」

「病院から電車で3駅。だ からすぐなんだ。」


「明日の夜、家に戻れる時間を教えてね。」

「うん。 約束だよ・・・じゃあお休み。」


「はい、おやすみなさい。」


<ジェニファー、今聞きましたが会う事を約束したのですね?>

<はい・・・申し訳ありません。 つい話の流れで・・・。>

<広報に出てしまった編集上での問題は担当者に私から指摘しておきます・・・彼に読まれてしまったことはもう仕方が無いでしょう。 4時間ほどあなたに与えますから勉君の帰宅に同行してあげなさい。>


<良いのですか?>

<原則日曜日は関係者との打ち合わせがありません。 ですから半日だけ予定はあげましょう。 しかし一回きりですよ。>


<ありがとう御座います。 出発時間は調整しますから病院側の許可が出れば来週日曜日に出かけます。>

<私も同行します、いいですね。>


<あの・・・サファイアも一緒でしょうか?>

<あなただけですと心配です。 また余計なことでも始まる気がするので監視します。>


<はい・・・お手数をかけます。>

ジェニファーは悩みながら自分の機体に戻って行った。



翌週の日曜日、病院での朝食が終わる朝8時過ぎにジェニファーは花を持って病室に向かう。 勉は着替えを終えてベッドから窓の外を見ていた。

両親も来ていてジェニファーを待っていた。 サファイアは両親を廊下に連れ出し話し合いを始める。


「おはよう、勉君。 今日の気分は大丈夫?」


「うん! ジェニファー! ホントに来てくれたんだね。 写真撮って良い?」

「良いわよ。 外に出たら船の前で一緒に撮りましょう。」


「宇宙船に乗って良いの?」

「今日は特別に航行許可も貰ってあるから1時間くらい遊覧飛行していいのよ。」


勉は片足をひきづって病室を飛び出した。 駐車場横の空き地に駐機してあるジェニファー本体をみるや大きい声を出して喜んだ。「また見られた! 友達に自慢するんだ!」


サファイアは彼の両親とジェニファーに乗り込む。 勉はコクピットのリフトを登って操縦席に座った。

「ほんの少しなら操縦してもいいよ。 私が補正するから大丈夫なの。」 ジェニファーは片目を瞑って勉の耳元で静かに囁いた。「でも他の人には内緒だからね。」

「ホント! でも使い方判らない。」

「飛行設定は私がするね。 空域レバーを大気1にして操縦かんをもってごらん。 ゆっくり上に持ち上げれば上昇するよ。 今ブースター加圧中だから2分だけ待ってね。」


「う・・・うん。 やってみる!」

ジェニファーは上昇だけ勉にやらせた。 地上500mで静止、彼のマンションまで僅か2分の距離だった。 マンションの屋上で駐機する。


彼の部屋は窓が無く、ベッドの周りの壁にはジェニファーやサファイアのポスター、 新聞の切抜きが貼られていて机の上にはジェニファーの大きな模型も置かれていた。


「去年僕が作った。 完成まで15日もかかったんだ。」

「大きいわね。 47センチかな。」


「寸法わかるんだ!、1/100スケールだよ。 お父さんが模型屋で買ってくれたんだ。 サファイアも作りたかったんだけど箱型でつまらない。 ジェニファーの方がぜんぜんカッコいいよ。」

「あら、サファイアが聞いたらがっかりするわよ。 サファイアって強いし大きいんだから。」


「そうなの? でもこっちがいい。 君のエンジンノズルって大きいな。こ こだけプラモと色が少し違うんだね。」

「メインブースターは高速用だから・・・噴射のカーボンでスラスターはちょっと黒いのよ。 最初は黄色だったの。」


勉はしばらく模型を持っていたが再び模型を机に置くと黙り込んで下を向く。


「どうしたの? 気分でも悪いの?」

「ううん・・・僕にはやりたいことがあった。 まだ15歳だし。」


「何になりたいの?」

「ジェニファーと一緒に仕事がしたかった。 小惑星対策本部が公開されて、そこで働きたかった。」


「いい事ばかりじゃないのよ。 私達は悪くも言われているし。」

「ばかな連中には言わせておけばいいじゃないか。 こんなにすごいことしてるのに悪く言う奴は嫌いだ。」


「ねえ。 病院に帰るとき、時間があったら遊覧飛行しない? 海まで出られれば低空領域なら少し自由に飛べるよ。」

「センタービルに行ってみたい。 そこで働きたかったんだ。」

「困ったわね・・・サファイアに聞いてみないと。」


リビングではサファイアが彼の両親とそのまま話し合っていた。 課題は彼の今後だった。


「勉は小学生の頃から天体観測が好きでした。」
小惑星の話題が出た頃、悪い体で望遠鏡を覗いていたことや小惑星対策本部に勤めたかった事などである。

「多分今日が最後の帰宅でしょう。 最後にこのような対応を受けられて勉は死んでも幸せです。」

 父親の言葉は重かったが感謝としての表情は明るかった。


<サファイア、いいですか?・・・勉君がセンタービルを見学したいと言っています。 時間的に15分かかりませんが大丈夫でしょうか?>


<機密も多いですから政府の許可なしにビル内には立ち入れません。 それより25分で静止軌道上の私の本船まで行けますから私の外観だけなら見せられますよ。>

<静止軌道までですか?>

<良いでしょう。 気圧や重力は問題ないので大丈夫です。 でも静止軌道上には30分くらいしか居られませんよ。 お昼過ぎには病院に帰さないと。>

<はい、ではすぐ行きましょう。>

マンションの住人や近所の野次馬が屋上のジェニファーを見る中、急上昇でテイクオフする。 コクピットに居る勉の膝には模型があった。


勉の短い宇宙旅行は彼の病院生活を明るいものにする結果になった。 しかし年末、毎晩有った彼からの連絡が急に途絶え、ジェニファーは気になった。
彼の両親にも電話が繋がらず、ジェニファーは病院の近くを通った際に見舞いに駆けつけると彼の意識はすでに無かった。


「もう秒読みです。」

「いつからですか?」 ジェニファーは病室の外で父親に聞く。

「先週の週末、土曜日の朝にはこうなりました。」


「前日の夜に電話でお話したんです。 その時は元気でしたが?」

「はい、でも先生からはいつこうなるか判らないと言われていましたから。」


「そうなのですか・・・残念です。 来週また宇宙へ行こうとしたのですが。」

「最後にありがとう御座いました。 先月宇宙まで行けたことをとても喜んでいましたから勉は思い残すことは無いでしょう。」

室内を覗くと彼のベッドの横にはジェニファーの模型が置かれていた。 別れ際に両親は深々と頭を下げる。 こうしてジェニファーのボランティアは一旦終了したのである。


センタービルに戻ったジェニファーは窓から空を見ていた。

<ジェニファー、頼んでいおいた撮影解析データがまだ入稿していません。 何を考えこんでいるのです?>
サファイアは打ち合わせを終えて管制室に戻ってきていた。


<あの・・・サファイア・・・お願いがあるのです。>

ジェニファーはサファイアのデスクの前で頭を下げるが声は弱々しかった。


<だめです。 ジェニファー・・・許可は出来ませんよ。>

<あの・・・まだ何も言っていませんが。>

<だめです。 あなたが何を言いたいのか判ります。 勉君への損傷修復化を私に頼みたいのでしょう。>

ジェニファーはサファイアに手を合わせる。

「お願い・・・なのです。 一度限りで・・・時間制限付きでいいですから・・・。」
<彼はチームに入りたがっていました。 損傷修復化が出来れば彼は完治します。>


<あなたは自分が何をしようとしているのか判って物を言っているのですか?・・・困りましたね。>

<はい。 権限として越えてはならない内容に触れています。>

<地球で治療不可能な病気を私達が完治させたら病人がここへ大量に押し寄せるのですよ。 連邦や評議会からもシステムの使用目的と回数が厳しく制限されているのです。 彼はビジターですのでタカや舞とは立場が全く異なります。>

<そうかもしれません。 でもまだ若くて可愛そうです。 出会った頃の舞と同じ歳です。>

<判ったらその考えを捨てなさい。 あなたにはあなたの仕事があります・・・早く入稿データを完成させなさい。 もう期限をR22デラスも過ぎていますよ。>

<はい・・・とても残念です・・・ずっと気持ちに残ってしまって・・・。>

<困りましたね。 どうしても彼を何とかしたいのですか?>

サファイアは頭を下げ続けるジェニファーを見下ろしていた。

<もし・・・可能であるなら・・・お願いします。 このようなことは二度とありません。>


ジェニファーは急にサファイアの前に立った。下を向き、サファイアには目を合わせずに小さくつぶやく。
<あの・・・気になって業務に支障があるのです。>


<あなたの士気が落ちるのも問題ですね。 仕方ありません・・・一つ条件があります。 あなたが条件を守れるのであるなら代替え案がありますが。>

<条件を満たせば彼を救っていただけますか?>


<完治させるのは連邦の規約上から困難です。 完治は出来ませんが延命処理手術なら本船で出来ます。 規約上では区分や人数制限もありません。>

<延命はどの程度可能でしょうか?>


<破壊された脳細胞を数年前には一時的に戻せます。 ただ、効果が期待出来るのはせいぜい15年か20年ですから彼は30歳か40歳で再び発病するでしょう。 結果的に彼は50歳前後で死亡しますよ。>

<条件とは何でしょうか?>


<延命作業時にこの件に関わっている勉君のあなたへの記憶を全て消去します。 あなたのメインメモリー上からも彼に関するデータも全て消し去ります。 それなら許可しましょう。>


<必ず条件には従います。 そのかわり必ず延命して頂けるのですね?>


<彼の両親に説明してOKが出れば対処しましょう。 でも一時的な延命が彼の幸せに必ず繋がるかは疑問が多いのです。>

<せめて成人させてあげたいのです。 地球人の医学もその後進むかも知れませんし。>
<記憶の消されたあなたに彼の成人する姿は見られませんよ。 それでも良いのですね?>

<はい。 勉君が少しでも長生きできればそれで良いです。>

<では彼の両親と調整してみましょう。 麻酔をかけて延命した彼を地球へ送り届けたその夜にあなたのメモリーを一部改ざんします。 私の本船に到着したらあなたのメモリーカートリッジを私に提出しなさい、 いいですね。>

<・・・はい。 ご配慮を・・・感謝いたします。>

ジェニファーは再度深く頭を下げた。



12月31日の夜、センタービルの屋上でタカと舞は測量機材を背負ってジェニファーから降りた。 大晦日のオフィス街はとても静かである。

「ジェニファー、エンジンを止めるなよ。 すぐにまた出るから航行灯もつけておけ。」


「うん、一旦荷物は下ろすだけだから加圧しておくね。 また搭乗する時教えてよ。」
ジェニファーは装備を持ってハンガーを降りていった。


「明日は元旦だ。 舞、今夜は家に帰るんだろ? 新年3日まで休みだな。」

「うん。 タカ、ちゃんとごはん食べてよね。 私がいないとポテチで済ませるんだから。 あと飲み過ぎないようね。 まだ未成年なんだし。」


「ジェニファーが何か作ってくれるよ。 正月料理とか。」

「それから・・・ごめん。 今夜からは4日までテラと少し遊んであげて。 本を見たがっていたから、絵本とか見させてあげれば大人しいよ。」


「あいつらすぐに飽きるからなー。 何でもすぐに覚えちゃうんだ。 正月休みだけど本屋がやってたら行ってみるか・・・ジェニファー、舞を家まで送ってくれる?・・・どうしたんだい?荷物持ったままボーっとして。」


「私、何か・・・大事なものを忘れているような感じがするの。」

「疲れてるんだろ? あとコクピットに写真が落ちていたよ。 君の横に立ってる子、たしか笹川君だろう。 ほら先月都庁の広報に出てた奴。」


「え!・・・全然覚えてない。 この子だれだったかな?・・・いつ撮影したんだろう・・・私のエアロックハンガーの前だよね?」

「コンピューターでも忘れる事とかあるんだ・・・そうそう、俺もサファイアにクリスマスのプレゼント渡すのすっかり忘れてた!」


「なんでしょう。 私達のチームでクリスマス発言は禁止ですよ。」

サファイアは資料を抱えて指令室から出てくる。 両手の塞がったサファイアにタカは机から出した髪飾りをケースから取り出し彼女に着ける。


「ちょっと頭を貸して。・・・そうそう。 うん、ちょっと地味だけど君には似合うよ。」

「私にですか?・・・私は修理などしていませんし頂く理由も思い当たりませんが?」

「俺からのプレゼント。 ジェニファーに贈って君に贈らないのは不公平だから・・・これも舞が選んだんだ。 君は白い服が多いから合うんじゃないかって。 スズランと鳥の羽の入ったやつ。 鏡をみてごらん、きれいだよ!」

「・・・ありがとう御座います。 普段付けると傷むので大切に保管しておきます。」


「ばかだなー、髪飾りは着けてナンボだよ。・・・ジェニファー、俺も舞の家までちょっと寄りたいんだ。 帰りに酒買いたいし・・・乗ってって良い?」

「往復で30分以上かかるから戻るの遅くなるよ。 だって今夜は紅白見るんでしょ?」


「録画予約してるから大丈夫だって。」

「紅白を録画で見るの?・・・変なの!・・・それじゃ屋上で待ってるね。」

ジェニファーは階段を上って行った。