サファイア本船



タカと舞がサファイア達と遭遇してから既に半月以上が経過していた頃にサファイアから連絡が入る。

ミッションに重要なサファイアの宇宙船である(本体)本船を見学するためのものだった。


寮に戻ってから夕食後に自室でくつろぐタカの通信カードが鳴った。


「サファイアです・・・タカ、 近い時期に私の本体を見ておく必要が有ると思います。 もしできれば舞にも同行していただけますと良いのですが可能でしょうか?」

「あ、うん。 でも月でしょ。 ジェニファーに乗って行くんだよね?」


「はい。 月まで現在の距離からでは片道が約4時間20分程度で到着します。」


「はやいなあ、 人類のロケットなら数日かかる距離だよね。」

「ジェニファーはプラズマエンジンと燃焼推進エンジンの両方を持ちます。 船体は小形ですが高速輸送船の仲間ですから短距離ではこのクラスで一番早いです。」

「月で宿泊するなら舞は両親に説明しないと泊まれないよ。 まだ15歳だし外泊はちょっと無理かな。」

「それではこうしましょう。 早朝出発して18時に帰るプランなら私の本船で7時間は過ごせますから十分な視察が出来ますよ。」


「ええっ?・・・月旅行に日帰りするの?」

「近くジェニファーの定期給油もありますし、とりあえずはそのコースで考えましょう。 舞と日程を調整していただけますでしょうか?」


「いいね。 高校生の分際で彼女と月まで日帰りデートとか最高。」

「これは仕事なのですよ。 特別な訓練は現在必要ではありませんが将来的にはジェニファーを使った宇宙船操縦資格もお二人に取得して頂かないと困るのです。」


「ジェニファーって全自動なんだよね・・・端末の人形は話もできるし。」

「基本はそうですがタカは船の乗船者としての資格は今後に必要です。 人工知能はあくまでサポートシステムであってタカが乗船時にはジェニファーの船長となります。」


「嬉しいんだか厳しいんだか良く分からないな・・・けど頑張ってみるから指導はよろしく。 俺、手先は器用だけど自転車に乗れないんだ。」

「自転車と宇宙船は基本的に大きく違いますから宇宙船で転ぶことはないでしょう。」

「アハハ・・・学校の休みの日になると思うけど舞と日付を決めておくよ。 決まったら連絡する。」


「それでは連絡をお待ちしています。」



タカは寮の屋上から月を見た。

「あんな所までね。」
自分がこれから行く場所になるのだが、さらに遠くに感じるのだった。


サファイア訪問の予定は6月の最初の日曜日に日決まった。 舞は前日の夜から弁当作りに励み、仮眠したのは夜中だった。

出発時刻は舞の家の近くにある公園の上空からで午前4時に待ち合わせになっていた。
予めタカと起床時に通信カードで連絡してあったためお互いの遅刻は無く、薄暗い公園の中でサファイアとサードを待っていた。

空を見上げているとはるか上空に白く輝くジェニファーの船体が見える。


「来た! あれだ。」

タカは大きな声で叫んだ。


以前のように二人はジェニファーのエアロックから乗り込む。

この時期としては少し明るい時間だったため上空での乗船は少し怖かった。


「月の軌道が動いているからすぐ出発になるよ。 席についてね。」

ジェニファーはコクピットから振り返ると微笑む。「ちゃんとお弁当持ってきた?」

「うん・・・でもサファイア、無重力を体験するのは初めてなんだ。 無重力で食事は食べられるのかな? トイレとかも。」

「私も無重力って始めて。 この服装で大丈夫かしら?」

舞も心配そうに呟く。「一応スラックスで来たけど。」

「お二人ともご安心下さい。 トイレはカーゴに国連関係者を乗船させる時のものが有ります。 この船には人工重力があるので地上と同じで普通に使えますよ。」

「こちらです。」 サードは二人を船尾のカーゴに案内する。

「貨物室なので快適とは言えませんが」


ジェニファーは二人に近づき カーゴ内部を見せる 「私、武装用のランチャー(射出機)が重くて貨物はあまり乗らないのね。
舞、スラックスもかわいいね。 でも今日はスカートでも良かったのよ。」 ジェニファーは舞の後ろを見る「何を着ても似合うのね・・・若いって良いなあ。」

「ジェニファーはいつもミニなのね。 でも軍服なのにミニってアリなの?」

舞はジェ二ファーのパイロットスーツを見た 「迷彩の戦闘服はカッコイイし似合っているのね。」

「えへへ このミニスカ、・・・ホントはいけないんだけど勝手に縫い詰めたの。 最初はサファイアに怒られたけど最近は見慣れてもらったからもう時効ね。」
舞はジェニファーの横に座った。

「別に許している訳ではないのですよ。 でもあなたは独身なのでそのくらいはいいでしょう。」

サファイアは呆れた顔で両手を広げる。「国連関係者との話し合いや公式な場所では改造軍服は着せませんから。」

「ええ? 独身?? ロボットでも・・・結婚するんだ。」

タカは驚いた表情で彼女を見る。


「するわよ・・・悪い?・・・サファイアだってさ・・・」

<余計なこと言うのはやめなさい!> サファイアは厳しい視線でジェニファーを睨む。

<あなたにはもう・・・。>


<失礼しました・・・サファイア。 二人を今日手術するのですか? 手術には時間が足りないような気がします。>

ジェニファーは航路計算をしながら心配になっていた。


<いいえ。 今日はそのような時間は有りませんから見学で終わりです。 ただ近日中に手術の話は説明する必要が有りますね。 彼らの許諾無く勝手にすることはできませんから。>


<ジェニファー、少し急ぎなさい。 帰りの天候が不安定なので少し早めに月から戻さないと地上への帰還が遅くなる可能性が有ります。>


<はい。 地球の時間で4時間以内に到着する予定でコースを設定しました。 大気圏内で少し揺れるかもしれません。>ジ

ェニファーは気象データを集めながら飛行を続ける。


「ジェニファー、 この船って窓は無いんだね?」 タカは正面スクリーン以外の外壁を見回す。
「そうよ、高濃度放射線区域も対応するから窓は無いの。 全部画像で外を見られるから。」

飛行が始まってから12分経過し成層圏を越えての宇宙空間は暗く感じられた。

「君の燃料は何だい? 特に給油も無くていつも飛んでるけど。」

「重力圏離脱までは燃焼系ね。 地球のロケットと近い推進構造だから。」

「ガソリン燃やして飛んでるんだ。 宇宙でも?」
「うん。 ガソリンじゃないし酸化剤も液体酸素酸素じゃないけどね。 サファイア本船で今日は補給日なの。 毎月に一回くらいはサファイアで給油するのよ。 地球の燃料と少し違うから。」

「一回の給油でどのくらい飛べるのかな・・・どんだけタンクがデカイんだか。」
「失礼ね、大気中でも一回の給油で60万キロ以上は飛べるよ。 プラズマイオンと反陽子動力なら生涯分を積んでるしね。 でもスピードは全然出ないけど。」


「へえ・・・でも今は早いな・・・速度ってどの位出るんだ?」
「今はまだ93000キロくらい。 加速はまだ続いているから、到着一時間前程度には最高速度になるの。 今日は時間短縮で飛んでいるのでいつもより速いかな。 日帰りだし急ぐようにサファイアから言われてるし。」


「それにジェニファーって操縦席に居るのに何も触らないんだね。」
「だって私が船自身なのよ。 船は自分で飛んでいるし人形の私も動かしてるし。」

「でもレバーとか操縦かんもあるんだ。」
「ほとんど操縦者の訓練用ね。 そのうちタカも舞もここで試験するのよ。」

「君を傷つけそうだ、俺って機械は好きだけど模型以外に操縦とか未経験だしね。」


「危険なときは私が補正するよ、だから思い切って操作してね・・・ゲーム感覚で?」
「操縦にミスってゲームオーバーは嫌だしなあ。」


「舞、両親に何て言って出てきたんだよ、朝早いから変に思われなかった?」
「うん。 タカと遠出するって言って来たよ。 だって遠いところでしょ?」

「遠出かあ、・・・十何万キロとか。 確かに遠出だよね、まさか両親とも月まで行くとは思ってもないだろうな。」


「お弁当、 朝とお昼の分までしか無いよ。 夜までの分は傷んじゃうから帰ったらウチで一緒にごはん食べようよ。 お母さんにタカの分まで用意してもらえるように頼んどいたから。」

「いつもどうも。 でも舞の両親にこの先どういう顔を見せたらいいのか悩むよ。」


「いいじゃない、 別に悪い事してるんじゃないんだから。 朝食はハムと卵サンドだよ。 お昼は唐揚げとおにぎり。 サラダも少し・・・ポットにお味噌汁も入れたよ。」

「まるでハイキングだね。 宇宙食には思えないや。」タカは舞のバスケットを見て笑った。


「舞、次は私が作るから手ぶらで来てね。」ジェニファーはコクピットから振り返って言った。

「この船内のカーゴにキッチンもあるしサファイア本船にも食事が出来るエリアがいっぱいあるの。」


「君は料理できるんだ?」

「うん、 国連や政府関係者を搭乗させる時はお弁当っていうわけにはいかないでしょ。 サファイア本船にも食材のストックがあるし、農園もあるから野菜や果物も少し採れるの。」


「へえ・・・サファイアの本船って中に農園があるんだ。」


「はい。 大型の人口コロニーがあります。 難民移動や小動物の輸送とかに使うためのものです。 多少の食糧生産は出来ますし小鳥とか昆虫とか小動物がいっぱい居ますよ。 もっとも回収できなかった個体が勝手に増えてしまったのでが・・・

意図的に繁殖させたわけではありません。」

 サファイアは少し困った顔で言った。

「私が始めて地球に来るようになってから100年を越えています。 今居るのは当時の個体を祖先にした希少な動物もいます。」

「サファイアってそんなに昔から地球に来てたんだ。 だってその頃って大正時代か昭和の初めだよ。」
「はい。 軍から頼まれてこっそり地上で動物の捕獲を行い、私達が所属する生物体保存評議会に納めていたものです。 でも今回の最終ミッション後で私は解体処分されますからコロニーの小動物達も私と運命を共にする事になりますね。」

「寂しいのね・・・サファイアって今回が最後の任務なの?」 舞はサファイアの隣に座った。

「まだいっぱい働けるのに。」


「はい。 でも本体は高齢なのです。 私と同じタイプの大型輸送船は現存する数も減りました。 補修部品も特注になりましたし私はすでに評議会の管理グループでは最古の機種になります。」

「サファイアってかわいそう、 こんなに若く見えるのにね。」


「これは端末の外観です。 あくまで本当の私は船の方なのです。 今は仮の姿ですからこの体は若く見えますしサードも同じで少年スタイルですが実は高齢です。」

「え! サードも年寄りなの?」 タカは驚きの表情で彼を見る。

「そうは見えないけどなあ。」

「はい。 人類の年齢に換算して210歳程度です。老化抑制処理を行っていますが、もう有機体脳の寿命がいくらも残されていません。」

「人工知能じゃないの? 生き物? どっちなの?」


「混成構造です。 高速な計算力には人工知能を使っていますが思考エンジンは半分程度は生体の脳でも処理します。

ですから計算の速度はサファイアよりはるかに遅いです。」

サファイアはサードの後ろに立って言った。

「サードとはもう40年以上の同志です。 彼は連邦軍兵士で戦闘機の教官でした。 派遣先で戦死した後に脳を有機ブロックに保存して私と同じコンピュータールームに格納してあります。 大きくミッションを変更するたびに記憶を初期化しますから今回で三回目の人生、つまりサードという名前の由縁です。 国連関係者がそう名前を付けてくれました、連邦軍時代の本名はラファ・ベルテナと言います。」

「ええ?一回死んだの? どうやって生き返ったの?。」タカも舞も驚きを隠せなかった。「それに戦死って?」

「はい、戦術医療のおかげです。 その後延命加工されましたが、もう脳幹は延命できません。 今回のミッションで終わりになりますから長くてもあと15年ちょっとで私には脳の死が訪れます。」

「連邦軍で戦死後に脳への損傷が無い場合はサードのように再生される兵士は特別珍しくありません。 私とジェニファーは完全な人工知能ですが高速演算以外は発想力や瞬時の感を必要とする戦略行動にサードのように生きている脳の働きが優先される場合も多いのです。 サードには私にない感性があるのですがこれはミッションで重要な行動判断要素と言えます。」


「ねえ、サファイア。・・・君達以外にUFO騒ぎって地球にいっぱいあるんだけれど、君達の知り合いなの?」

「私達、銀河連邦の関係者は1940年代から地球のアメリカ合衆国とは契約しています。 今、地球で問題を起こしているUFOは契約外の密猟者がほとんどですね。・・・その密猟者を摘発するのが連邦軍の仕事なのですが、なかなかゲリラ的にすぐ来ては去るので取締りが出来ません。 地球人も人工衛星をたくさん飛ばすようになったので密猟者と識別が困難になりました。」

「密猟者?・・・何の?」


「野生動物の捕獲などです。 連邦も昔は資料集めのつもりでこっそりやっていましたが地球人類と契約してから必要な数を正式に購入しています。」

「購入?・・・お金払うの? どんな通貨?」


「経済的な支払いではなく交換条件ですね。 地球人類は宇宙に飛ばす探査機の航行権を連邦から受けます。 そのかわり連邦本部は地球の動物や植物を分けてもらいます。」

「ええ!・・・長距離探査機ってそうやって人類が支払ってたんだ。」


「はい。 連邦は許可権を発行していますから許可のない探査機は隕石衝突を装って撃ち落とすでしょうね。」

「密猟者は動物以外に人間をさらう事もあるの?」


「事例はあるみたいですが摘発されれば厳しい罰則が与えられます。 まず船長は連邦軍警察に捕まります。 まあ・・・捕まればの話ですが。」

「ねえ、宇宙で人間は高く売れる?」タカは笑いながら言った。


「多分。 高くても闇で買う宇宙人が必ず居ますから・・・タカ、あなたは以前に宇宙人が地球に侵略する話をしましたね。」

「うん。 地球のSFや映画では宇宙人が地球に着て支配しようとするテーマが多いんだ。」

「以前にも言いましたが、それは大きく違いますね・・・地球の工業資源には宇宙から見た価値はほとんどありません。 地球の価値ある資源は植物や動物の生命体ですよ。 宇宙にこれだけの自然を保持している惑星は珍しいのですから。」

「でも地球は自然を大切にしてないよ・・・公害もすごいんだ。」


「そこが重要なのです・・・連邦の組織に生物保存評議会というのがありまして地球の価値ある動物を保存して宇宙で繁殖供給させる計画もあるのです。」

「その生物に人間も含まれるの?」 舞は静かにサファイアを見ながら言った。「だって人間も動物でしょ。」

「そうですね・・・闇での売買は否定しません。」


「タカも舞も・・・お二人とも高値がつきそうね・・・人間のつがい・・・とか。」 ジェニファーは笑いながら言った。

「冗談よ、売ったりしないから。」

<ジェニファー! 冗談でもその様な発言は許しませんよ。 今日は二人とも始めての宇宙体験なのです。 不安にさせてどうするのです!>

<申し訳ありません。 すこし反応を見たかったので。>

「怖いなあ、売らないでよ。・・・でも高い値段がつけばちょっと嬉しいかも。」 タカは笑いながら言った。


「今のジェニファーの発言は大変失礼しました。 でも誘拐目的の事例は多く確認されています・・・本来は有ってはならないことなのですが。」


「人類だって動物を密猟するよ。 本当はやってはいけないのだけどね・・・きっと宇宙人だって同じなんだね。」

「そのような表現をしていただくと少しは柔らかく聞こえますね。 密猟目的や宇宙船の故障、ステルスの不調で見られて誘拐することもよくあります。」


「証拠隠滅?」

「基本的に私達は極秘で行動しなければならないのです。 見つからないように過去に苦労は有りました。」


「そうだね。 ジェニファーも最近飛び回っているけど見つかっていないもんな。」

「大気中では強いステルスを使うのよ。 成層圏までよね、それ以降は地球人には発見されないから使わない。」

ジェニファーはスクリーンに位置を見せながら言った。「今は国連に許可もらってるらしいけどステルスが故障したり、見えないようにする可視光線シールドが不具合になったりするとたまに人には見つかるかな。」

「UFOでも故障することがあるんだ。」

「故障というよりシールド忘れてそのまま飛んだりのうっかりミスも多いのでしょう。 でも今では銀河連邦軍の航行予定は国連に全て報告してから計画的に運用しています。」

「じゃあ今日のフライト計画は報告済みなの?」


「はい、 航空宇宙局へ先日に提出しています。 帰りの飛行予定もです。」

 サファイアは予定表をスクリーンに出した。



船内で朝食を摂る二人にサファイアは今日の予定説明を行った。 時間はすぐに経過し、サファイア本船に接近する時間になる。

「ねえ、 どうして月なんかに置いてあるの?」 舞は不思議そうに訪ねる。

「サファイアの大きさの問題だけ?」
 
「私は大きすぎて地球の地上に行けません。 強い重力圏の惑星に下りると特別な方法を使用しませんと私は再び宇宙に飛び立てないのです。 月など小型の惑星のような低重力圏なら大丈夫ですが・・・人類に公開後は地球の制止軌道付近まで近づく予定す。」

「サファイアって重いんだ。」

「2兆トン近くあります。 船内に海も有るので。」

「海?・・・なんで? そんな重いものまで持ってるんだい!」


「最終的に海洋生物を運ぶためなのですがコロニーの下部半球が海水と淡水の水槽になっています。 それだけで2300億トンになっていますしコロニーの上下を合わせると4700億トンあります。 本船の全重量の1/4がコロニーの重量です。」

「そりゃ重いや。 今回のミッションで使わないのなら水を捨てちゃえばいいのに。」


「帰りに少し運ぶことになっています・・・これは秘密にしておきたかったのですがあなた達には話して良いでしょう。 説明します。」

サファイアはスクリーンにリストを投影する。


「小惑星破壊計画の支払い対価として地球の動物を運搬します。 これを銀河連邦で管理する生物保存評議会に届けるまでが私のもう一つのミッションです。 魚類、鳥類、哺乳類、植物など12800種類にも及びます。」

「サファイアってそんな仕事も請けてるんだ。・・・生物保存評議会ってさっきの話の?」

「宇宙には多くの生命体があります。 その惑星でしか居ない生物を分散保存し保護区で飼育繁殖させ、他の惑星から要求される場合に提供します。 評議会はその可否を決定する銀河連邦軍の特務議会です。」


「それって宇宙の動物園とかペットショップかい?」

「意味合いはかなり違いますが・・・まあそう考えてそれほど外れていません。 カタログ展示場であることは確かですね。 そろそろ見えてくるはずです、あれが私の本体です。 大型クレーターの中央に停泊しています。」


ジェニファーのスクリーンにはサファイアの本体が拡大投影された。


サファイアの本体は荒れた薄暗い地上に停泊していた。 長方形の箱のようなシンプルな形だったが横に文字が確認され、タカは目を凝らして不思議そうに外観を見る。

「かなり大きいね。 宇宙船というより箱みたいだ・・・ねえ、側面にある模様はデザインなの?」


「軍の記章です。 連邦軍所属の時代に描かれました。 塗りなおしていないのでもうかなり古いマークになります。」

すると上部の大きな扉が開き始める。


「格納扉を開きます。 あと2分40秒で着艦します。」

サファイアはスクリーンを見ながら言った。「はるばるお疲れ様でした。」

「君が・・・操作しているんだよね?」
「はい。 私の頭脳はあちらが本体ですから。」 サファイアはスクリーンを見て説明した。


タカはサファイア本船の外観をしみじみ眺める。「ねえ、ミサイルとか大砲とか持ってるの?」

「ミサイルに近い兵器は多少持っていますが、もう1900年以上使っていないので使えるかどうかわかりません。 若かった時に練習で何発か使用して以来ですから多分、燃料が腐っているでしょう。」

「武器は?」
「連邦軍仕様の光学兵器がいくつか。 多少の小惑星は破壊できますし私一人で地球人相手に戦争も出来ますよ。」

「レーザー砲とか?」
「はい。 光学兵器は多数所有しています。 宇宙では普通、火薬などの兵器は使いません。 火薬類は弾薬の補充、管理、装填、廃棄物など管理上の手間が必用です。 何年、何十年も弾薬の補充が出来なくても使えるのは光学兵器だけです。」

「そうか、補充が必要なんだ。 射程も短いし、速度もおそいからね。」


「はい。 光学兵器の火力はエネルギーがある限り生産可能です。 どうしても光学兵器では破壊しにくい装甲を持った相手と戦う手段として特別に火器も少し持っていますが過去にそのようなケースは一度も無かったですね。」

「どんな相手?」


「そうですね。 対光学兵器対策されている戦艦には使われます。 私は古い機種なので逆にそういう時には私に勝算は無いでしょう。」


「ねえサファイア、 こんなに大きな船だったら中を歩くのも大変ね。 通路ってどうなってるのかしら?」

舞は心配そうな顔をする。


「以前は輸送用の鉄道が有ったのですが現在は多くが故障中です。 老朽化も進んでいて修理も諦めています・・・恐れ入りますが今日は船内は歩いてください。 中央にお大きな通路があります。」

「なあ、俺達って何処まで入れるの。 見ちゃいけないものとか。」


「お二人は危険な反陽子リアクターの近辺や大気与圧の無い場所、 あと私の頭脳エリアには入れませんが、ほとんどの場所に入る事が出来ますよ。」

「カギとかあるの?」
「いえ、船は私そのものです。 お二人の移動は全て私が監視する事になりますから隔壁やドアは私が操作します。 開かないところは立ち入り禁止と考えてください。」

「俺たち監視されてるとか。」


「はい。 監視ではありませんが船内は16万以上の監視モニターカメラが有りますので随時チェックしています。 あなた達の行動はいつもで見えています。」

「いつも見られていたらプライバシーはないね。」 タカは頭を掻いた。


「覗き行為はしませんよ。 舞とキスはいつでもOKです。」サファイアは笑いながらベルトを締める

「通信カードの位置もモニターしていますから迷子になっても迎えには行けますから安心してください。」


「間もなく着艦します。ベルトを締めてください。 ブースター減圧開始。」ジェニファーは全員に伝えた。

静かに垂直降下すると発着ベースに乗り、エレベーターで船内に下がってゆく。 正面のスクリーンからは何も見えなくなった。


「はい、お待たせしました。 私へようこそ・・・今プラットフォームの与圧を上げているので扉の向うが大気圧になるまでお待ち下さい。」


扉が開いたときには広いスペースが広がっていた。
二人は高い天井を見る。 広い体育館のような巨大なエアロックを見渡していた。

「おおきいね・・・ジェニファーが何機も駐機できそうだな・・・プラットフォームもポートに2つあるんだ。」
「いいえ、ポートが大きくてもエレベーターに直結出来るのは1機までです。 左舷のエレベーターは故障中でして。」

「そうなのよ。 サファイアのクラスは小型輸送機が2機までの規則ね。 まあ、私1機あれば余裕だけど。」ジェニファーは自分の本体を撫でながら天井を見る。「大型輸送機は武装を持った小型輸送機の保管を原則に禁じているからね。」


「へえ、 こんなにデカイ輸送機でも制限があるんだ。」


先頭になったサファイアはジェニファーのエアロックハンガーを先に降りて皆の前で頭下げた。

「通信カードを落とさないように。位置がわからなくなることが有るので。」
サファイアは皆を案内する。


「さーて 給油しなくちゃ!」
ジェニファーは両手を広げて楽しそうにハンガーを駆け下りていった。


「明るくて変なロボットだね・・・とっても人間臭いよ」 

タカが笑うと舞も笑った。「そうね~でも可愛いじゃない。」

「あの子には困った性格の部分も多いのです。 手を焼くこともしばしば有って困っています。」

サファイアは両手をあげて言った。「自分勝手でお手上げって言うべきでしょうね。」

 


全員歩いて船内を移動する。 この日はサファイアの中を見学する一日となった。

船内はサファイアのコクピットルームや医療設備、冷凍保管室、居住区など大きな施設が多岐に渡って存在する。 全ては都市空間になっていた。 最後に訪れたのは広大な人口コロニー(自然空間)だった。


隔壁を越えるとそこは球体構造で草原や森林になっている。 鳥が飛び、人口太陽が見える大きなドーム状の世界だった。

「中央通路から4番と6番隔壁を通過してコロニーに入ることが出来ます。」

「すごいなー・・・まるで草原だ。」タカは走って中央のウッドデッキに登った。「ここでバーベキュー出来るかな。」


「ここがコロニーです。 直径は約300m少し有ります。 以前は牛と山羊が居ましたが今は小動物だけです。 あとは野鳥と家禽類も居ますね・・・この球体の下半分は湖と海です。」


「舞、太陽があるよ。 でも草ボーボーだね・・・サファイア、整備すればここで暮らせるかな。」

「はい。 今は手を入れていないので荒れてしまいました。 麦や稲も野生化してしまったのでここですぐに農業を始めるのは困難ですし私は7年間のミッションを終えれば解体処分ですから整備するだけ手間の無駄です。」

「もったいないのね・・・少し荒れているけどきれいだと思うの。 もしサファイアが長く生きられる事になったらここを整備して農園にしたいな。 私、農業技術専攻だから。」


舞は土を見て土壌の表面を少し掘った。「だって地質は悪くなさそうだよ。」

「舞は農業専攻なんだ。 サファイア、今度ここでキャンプとかしていいの?」


「はい。 訓練期間や7年間のミッション中で時間が空いていればご自由にここで遊んでください。 食料庫に買い置きの食材もあるのでキャンプとか出来ると思います。」

「俺の楽器とか持ち込んでいい?」


「コテージに倉庫や居住スペースもあります。 どうぞご自由に使ってください。」

コロニーの中央にはコテージがあり、屋根のあるウッドデッキにテーブルが置かれていた。

 

「ここでお昼にしようね。」

舞はバッグを開く。 食べ物を見た小鳥達が集まって来た。


「ここの動物は慣れているんだね、 アヒルも来たよ。」

タカの足元には何羽かの鴨が集まっている。


「家禽も野生化しましたが、危険を知らないので人を恐れません。」

サードの手のひらにスズメが留まった。


「蜂もいるんだね。」


「はい。 虫媒花があるので意図的に繁殖させました。 でも増えてしまい、今では多すぎますね。 刺されないように気をつけて下さい。」

「蟻の巣もあるんだね。」
「コロニーの生物バランスには一定の管理が必用です。 ここは小さな地球として考えてください。」

「じゃあ俺たちがここにいれば地球だね。」
「はい・・・では少し説明がありますので昼食を早めに終わらせてください。 帰りの便は月と地球の位置関係で遅くなりますので。」


季節は地球の北半球に合わせてあったため初夏の気温になっている。 少し暑さが気になったが明るい人工太陽に違和感は無かった。 その様な中でで二人は食事をする。


「本当に自由に使って良いの? ここでビールとか飲んでも?」


「もー、タカったら。 まだ未成年でしょ!」 舞はタカの頭を叩いた。

「いつもお父さんと飲むんだから。」

「地上ではそうですね。 確か未成年では飲酒が違法だったのでは?」


「ここは地球じゃないからいいんだ。 宇宙には未成年の禁酒なんて規則ないし。」

「適度に飲むなら禁止しません。 ただ、今から説明したいと思っていたのですがお二人に私達からお願いしたいことがあります。」


「お酒の話?」


サファイアとサードは横に並んで二人を見据える。 僅かだったが緊張が走った。


「いえ、ある手術を受けて欲しいのです。 今日では有りません。 強制しませんが考えておいてください。」


「手術って?」

「お二人は今後、宇宙空間などの過酷な環境でも仕事をしていただく可能性があります。 手術と言っても遺伝子に情報を書き込むだけです。 日本語で言うと”損傷修復化”という言葉が近いですね。」


「痛いの?」

舞は心配そうに訪ねた。


「開腹手術ではなく体内に遺伝子情報を書き込むだけですから入院も必要有りません。 また、体内に小形チップを転送します。排泄系にいれますから、早い話が私の本船から160万キロ以内に居るときにはトイレは行かなくて済みます。 宇宙服での作業を効率化する処置です。」


「その手術するとどうなっちゃうの?」 タカの表情は厳しくなる。


「再生限界点を越えない範囲なら多少の怪我をしてもすぐに再生します。 問題点として髪を切っても同じ長さにすぐ戻ってしまいます。 良い点としては病気や虫歯にもになりません。また、老化も抑制出来るので寿命が220歳程度まで拡大します。細胞の再生能力が今の3から5倍近くなります。 つまり長生きと同時に顔や体など外観は180歳くらいまでほとんど老化しません。」

「・・・嬉しい機能もあるけどさ、舞は女の子なんだ。 髪の長さを変えられないのはかわいそうかもしれない。」


「私は平気よ、 だって年取ってもきれいなままなら良いじゃない。・・・長生き出来るって言うし。 トイレ行かなくても良いし。」

「舞、あなたは220歳まで若い姿で生きられても子供を産める時期は限られますからそれは認識してくださいね。」


「まだ子供の事とかは・・・ねえ。」


「損傷修復化は私が地球を去っても継続します。 ただ、手術はあなた方二人だけというのが条件です。 もしお二人に子供が出来ても子孫にこの処置は与えられません。 ですからお二人のお子様が先に死ぬのを見ることになります。 それでもよろしいでしょうか?」

「考えさせて欲しいな。 俺は舞と結婚するかもわからないんだ。 強制はしないんだろう?」


「はい、あくまでも必要な人材を守るための対処です。 チップ転送は作業性のことですので必ずやって欲しいですが。」


<サファイア、 帰投までそろそろ時間です。 私はブースター加圧と給油完了点検があるので先にポートへ行っています。>


ジェニファーはコロニーから走って行った。



帰りの船内ではタカと舞が座席の後方で話し合っていた。


<サファイア、二人は少し悩んでいますね。> サードは計画に障害が出ることを恐れていた。

<納得してもらえると嬉しいのですが。>


<必要な条件です。 可能な限り了承してもらいたいですね、そうしないと効率的に計画が進められません。>

<舞は15歳ですよ、まだ子供です。 判断力に若干問題が有るのでは?>


<悪い条件では有りません。 ただ不安要素もあるのだと思います。 あの年齢で自分を改造する決意をするのは容易なことではないでしょう。>

<二人の心を解析しましょうか?> ジェニファーはサファイアに提案する。 その能力は装備していた。


<やめなさい、自分達で結論を出すでしょうからそれまで待ちましょう。>


「現在時刻18:52、目的地上空まであと18分です。 エアロック最終解除、船内与圧を大気圧に合わせます。」


ジェニファーが所要時間を話したときタカはサファイアに近づいた。

「俺達は手術を受ける。 条件は先に俺。 舞は俺のあとからでいい?」

「決心しましたか?」


「うん。 俺が先にやって快適だったら舞もあとからする。 それでいい?」

「はい。 一日に二人同時は出来ませんから舞は後日の都合の良いときにしましょう。」

「来月末から夏休みなんだ。 寮には外出届けを出して君の本船に何日か泊まりたいからその時する。 舞は君たちの存在が公開されてから・・・もしくは年齢がもう少し経ってからさせようと思うんだ。 まだ7年あるんだろ?」

「訓練もありますし時間が経過するとお二人の年齢が離れる場合が有ります。 ですからなるべく早目が良いのですが、特にあわてる必要も無いですね。 それで良いことにしましょう。」

 


サファイアが答えるとタカは握手をした。
「じゃあよろしく。 ずっと未来にも君と一緒だといいけどね。」


「はい・・・ご協力ありがとうございます。 私もですよ。」
タカは再びサファイアとしっかり握手をした。



「舞の自宅上空200mで静止します。 降下用意して下さい。 本日はお疲れ様・・・お二人ともそれではまたね!」

 ジェニファーは操縦席から手を振る。


二人はサードとサファイアに掴まって降下を開始した。