ヤッホー あうりんだよぉ



羽がついてるんだよぉ



フワフワだよぉ



あうりんだよぉ




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大丈夫だ企画に飽きてる訳ではない寧ろノリノリだ!!





ということで、おはスタ幼少期あーりんの天使ぶりに現を抜かすことなく、今回も引き続きます。
おはスタ幼少期あーりんの天使ぶり現在のあーりんの大天使ぶりの詳細については各々でご確認下さい。ご確認してニヤニヤして下さい。変な意味ではなく。

そして勿論あうりんに羽はついておりません。





あうりんについているのは羽ではなく内臓脂肪だ!!





ビシッとまとまったところで、続きいきますよ。
お気づきの方はいらっしゃらないと思いますが、あうとは昨日殆ど寝ていない上にアルコールが入っているので、テンションが相当ヤバイです。
このテンションで今、拳王と対峙したら、あの得意技が出ちゃうかもです。





いやぁ~っ!!テンション百裂拳!!



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すいませんこーゆーの書きたいテンションなんです。くだらないとお思いでしょうが下がっていて下さい。下がって見ていて下さい。



下がっていろケンシロウ、見る事もまた闘いだ。



ということで今回はテンションのせいで若干、今までとテイストが違いますが予めご了承下さい。





【あうと、小橋引退を語る④】

第8節 あうと、林屋の紀ちゃんになる

三沢さんのおかげで、再びプロレスへの情熱を完全に取り戻したあうと。
相変わらずNOAH中継を視聴する術は持たないものの、素敵で親切な周りの方々に支えられ、全盛期に回数は及ばないながらも試合観戦も再開。
徐々に本来の姿を取り戻していきます。

しかし、試合を観れば観るほど小橋のコンディションの悪さが気になりだすあうと。
過去に小橋がいないプロレスに情熱を失った事実がありながら、癌から復帰した時と同じように、またもやリングに立つ小橋を素直に応援できないメンタルに陥ってしまうのです。

そこには三沢さんの事故のことも多大に影響していました。
勿論、万全な小橋の試合を見られないという辛さもあったのですが、三沢さんの時のような悲しい思いはもう2度としたくないという気持ちの方が強かったかもしれません。
今の身体の状態で試合を続けていたら、いずれまたあのような悲しい事故が起きてしまうのではないか?という何とも言えない不安な気持ち。
純粋に小橋建太というプロレスラーが、小橋建太という人間が好きだからこそ、これ以上リングに上がって欲しくないという複雑なメンタルです。
それほどまでに、この頃の小橋は「見ているのが辛い」状況にありました。
それはまさしくボクシングに命を懸ける矢吹丈を心配する林屋の紀ちゃんの気持ち…



あうと「小橋君食べない?サンドイッチ差し入れに作ったの。右の列が全部トマトよ。小橋君トマト挟んだの好きだものね」

小橋「……うん、旨えや」

あうと「小橋君…もうプロレス辞めたら?」

小橋「こっちの列の玉子も食っていいかな?」

あうと「…どうぞ…小橋君ってば…」

小橋「おぉ、旨えよあうちゃん、玉子のほうも…」

あうと「…聞いてるの?プロレス辞めたらって…」

小橋「…なんで?」

あうと「だってこの頃の小橋君を見てると…怖いの…もしこのまま小橋君がプロレスを続けていったら…いつかきっと悲しい目に遭いそうで…だから…だから私…」

小橋「……」



決してふざけている訳ではありません…
あ、いや、現在、絶賛到来中のもう何度目かわからないあうとの「あしたのジョー2ブーム」にかこつけて、ふざけてはいるんですけど本当に近いものがあったんです。



あうちゃんは本気で小橋君にプロレスを辞めて欲しかったんです。





第9節 あうと、今度はうどん野郎になる

2010年1月、小橋は肘部管症候群でまたもや長期欠場となります。そこにはやはり安堵するあうとの姿があるのですが、それでもスポーツ新聞に出てくるのは小橋の復帰する気満々のコメント記事ばかり。



「まだやる気なのかよ…もういいよ…」



小橋ファンの皆様なら、小橋の復帰を心底望まないこの頃のあうとの気持ち、わかってもらえますよね?わかってもらえていると信じてまた少しふざけますね。え?



それはまさしくリング上で力石徹を殺す原因となったテンプルへのパンチをトラウマから打てなってしまった矢吹丈を危惧するうどん野郎の気持ち。



あうと「おっちゃん…どうにもワイ、この頃の小橋、見てられへん。ボーッと何か考えとるか、取り憑かれたみたいにサンドバッグを叩いとるかのどっちかやさかい…」

段平「絶望ってのはなぁあうと、それを一旦謙虚に認めねぇ限り、次への新しい希望ってやつにはなかなか結びつかねぇもんさ。ところがそれをあの野郎、わかってながら絶対に認めようとしねぇんだ…」



まぁ小橋はチョップを胸に打ったところでキラキラしたものを吐いてしまう訳ではありませんが、自分の身体の状態を謙虚に認めないという点では矢吹丈と同じ…否、身体の状態だけで見たら小橋のほうが上かもしれません。

ボロボロの身体で、まだリングに上がろうとしている小橋に、あうとは完全にうどん野郎の心が芽生えてしまうのです。





ということで、今回はここまで。
小橋の話なのに、ももクロちゃんネタに始まり、北斗の拳ネタを挟み、あしたのジョーネタを主体にするという暴挙を、明日目覚めたあうとが体育座りで猛省することは目に見えていますが、今のあうとは精一杯やった充実感で満ち満ちております。きっと凛々しいお顔で眠りにつけるでしょう。





調子に乗るんじゃねぇこの…うどん野郎~っ!!



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鼻からうどんを出しつつ次回へ続く。



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続きそっちのけで、小橋の引退試合出場タイムをストップウォッチ片手に計っていたバカのことは内緒にして下さい。



39分59秒の試合タイムのうち、22分35秒も出場(正確には試合の権利があった時間)していたことは絶対に秘密です!!



試合の権利がない時間を含めると、もっと多いことは誰にも言えません!!



つか、いくら引退試合っつったって出過ぎでしょコレどう考えても!!



いいんです。あの日ばかりはそれでいいんです。それが小橋の望んだことであり、小橋ファンが希望していたことなのです。



さて、続きいきます。
もはや観戦記まで辿り着けるのかすら怪しくなってきましたが、この今のあうとの熱いバーニングスピリッツがヒエッヒエになるまでは何が何でも続けてやりますよ。
そこに迷いはありません。
試合タイムを計っていたのはただのネタ作りです。



気づいたら試合に夢中になっちゃって3回も計り直してなんかいないんだからねっ!!




【あうと、小橋引退を語る③】

第6節 あうと、プロレスを離れる

いつの間にか、小橋に親心が芽生えてしまったあうと。
右手と両肘の怪我による長期欠場にほっと胸を撫で下ろすも、今度は徐々に小橋のいないNOAHリングに魅力を感じなくなってきてしまいます。



地上波のNOAH中継は欠かさず視聴するものの、やはり小橋のいないプロレスはどこか面白みに欠け、徐々に徐々に熱が冷めてきてしまうのです。



「小橋にはもうプロレスをしてもらいたくない」



と、親心を剥き出しにしてきたあうとですが、やはりあうとにとってプロレスとは小橋建太であり、小橋建太こそがプロレスだったんですね。
いかに自分にとって小橋建太というレスラーがプロレスというスポーツを見る上で、大切な存在であったかというのをここで再認識することになるのです。



おっせーよ!!おっせーくらいだよバカ!!



そして2009年3月、日本武道館で井上雅央との試合で復帰。
会場に久しぶりに足を運んだあうとは、プロレス熱を取り戻すべく必死に声援を送り



「よし、これからまたプロレスをちゃんと観よう」



と決意します。小橋が帰ってきたのなら、あうとも帰らなきゃと、誠に勝手ながら思ったのです。



しかし、あうとの気持ちとは裏腹に今度はNOAH中継の地上波放送打ち切り。
他にNOAH中継を視聴する手段を持っていなかったあうとは完全に孤立。
小橋の復帰で1度は上がったプロレスへのテンションはまたもや急降下。
プロレスを見たくても見られない状況に今度は心が折れてしまったのです。





第7節 あうと、三沢光晴に呼び戻される

プロレスへの心がポッキリ折れてしまったあうとは、中学生の頃から買い集めていた週プロも買わなくなり、プロレス離れが深刻化。
たまにプロレス界の状況はチェックするものの以前ほどの熱量はなく、あくまでも小橋の現状が心配になり確認する程度。
落ちるとこまで落ちてしまったんですね。
そんな中、2009年6月14日にプロレス界を襲った突然の悲劇。



三沢光晴急逝



衝撃なんてもんじゃないですその時の心境は。パニックですよ錯乱状態です。もしかしたらあの日が人生で1番泣いた日かもしれません。
そして、またここで後悔するんです。



「何でプロレスを離れてしまったんだ…」



「何でこんな大事な時にプロレスを好きでいなかったんだ…」



後ろめたい気持ちと情けない気持ちが交差する中、三沢さんがまたプロレスを見るきっかけをくれたような気がしたあうとは、またまたプロレス熱を上昇させます。
三沢光晴という偉大なプロレスラーを失ったプロレスの灯を消さないことが、長年プロレスを見続けてきた自分の責務と勝手に解釈し再びプロレスを好きになっていくのです。



当時やっていたブログ(ここは2代目)に連日のようにプロレス関係のネタを書き、中継を見られない自分のプロレス魂を鼓舞し続けるという新たな手法を見出します。
途絶えていた週プロも再び買い始めます。



あうとここに完全復活です!!





ということで今回はここまで。
つか、自分で書いてみて改めて気づいたけど、事ある毎にプロレスから離れたり戻ったりしてるのね…
こんな奴がプロレスファンを名乗っていいのか些か不安ではありますが、問答無用で次回へ続けます。
今回、書ききれなかった三沢さんへの想いは「偉大なる緑の日(後編)」で。



あーあ、とうとう宣言しちゃったね!!



これで「偉大なる緑の日(後編)」を書かない訳にはいかなくなったぞ!!



やべぇ、自分で言っておきながら、プレッシャーがパナイ…
大方の予想を裏切り続きましたよ残念ながら。
立て続けの更新のため、前置きが全然思いつかないため、サクッと独りよがりの本題へ行っちゃいます。
こんなパターン珍しいけど、そこにあうとの真剣モードを感じて頂ければ幸いです。
そして、前回の前貼りのくだりを全て水に流して頂ければ更に幸いです。



まぁ言わなきゃいい話なんだけどね!!





【あうと、小橋引退を語る②】

第3節 あうと、熱狂的な小橋ファンになる

超世代の呪縛からようやく解放され、身も心も小橋ファンとなったあうとは、2000年にプロレスリングNOAHが旗揚げされてからもその立場は変わることなく、それどころかその熱はますます加速。とどまることを知りません。
膝の怪我からの復帰し、GHCヘビー級王座獲得。絶対王者時代になると、防衛戦は地方の大会以外、殆ど観戦。
家では毎日必ず何かしらの小橋の試合のビデオを視聴。
酒の席でも話題の中心は小橋です。挙げ句の果てには



「小橋はヤイコと結婚すればいいんだ」



という独自の理論を展開し、周りを混乱の渦に巻き込みます。
もう小橋建太無しにはいられない身体になってしまったんです。病気ですよ完全に鉄人病ですありがとうございました。



まぁ、これは絶対王者時代に限ったことではないんですが、小橋の相手選手の良さを最大限に引き出す能力っていうのは、やっぱり鶴田や三沢と通じるものがありますよね。
決して鶴田や三沢みたいに試合運びが上手いタイプではないのですが、真正面から相手の技を受け、良さを引き出す不器用ならではの試合スタイルがあったからこそ、我々は小橋建太に熱くなり、小橋建太に魅了されたのではないでしょうか。



って急にどした?つかやっと心境語り出したな!!





第4節 あうと、癌を心底憎む

小橋の腎臓癌が発覚した際にはこれでもかというくらいに泣きましたね。電車内、会社内、家…まさに所構わずってやつです。
神様はどれだけ小橋に試練を与えるのかと。嘆きましたね本当に悲しみました。
膝の怪我を乗り越え、ようやく大好きなプロレスを心から満喫できている最中、突如小橋の前に現れた人類最大の敵。
何で小橋からプロレスを取り上げようとするんだと、本気で癌を憎みました。ふざけんなと。

それでも流石は絶対王者。
人類最大の敵なんぞ、絶対王者の前にはザコ同然です。
2007年12月の日本武道館での復帰戦は、メインに登場した選手の中で誰よりもいい身体してましたからね。
本当に小橋建太恐るべしです。

でも、この頃のあうとは、復帰を素直に喜べない複雑な心境でいました。
小橋のプロレスをずっと見ていたいけど、それよりも命を大事にしてもらいたい…そんな気持ちが、徐々に大きくなってきていたのです。

というのも、あうとは箇所は違えど2004年に親父をガンで亡くしました。親父も最初にガンが見つかり入院した時は驚異の回復力を見せ、全摘術後1ヶ月で退院。
僅か数ヶ月後に違う箇所に癌が転移していることをわかりながら、仕事を優先しなかなか病院に行こうとしない親父。必死に説得し、やっと病院に連れていった時にはもう手遅れの状態でした。
もっと早く、首に縄を付けてでも病院に連れていってたら、助かった可能性もあったのではないかと、後で死ぬほど後悔しました。

腎臓癌の再発率がいくら低かろうが、そんな親父の姿を見ているからこそ、小橋の復帰が決まった時は手放しに喜ぶことはできないでいたのです。





第5節 あうと、年上の小橋に親心が芽生える

癌から復帰後、最初はスポットで試合に出場していましたが徐々に出場試合数を増やしていく小橋。もうこの頃には



「どうやったら小橋は引退を考えてくれるのか?嘆願書とか集めたら効き目あるのか?」



そんなことを考えながら観戦していたとを覚えています。



「引退が無理ならば、身体の負担の少ない晩年の馬場さんの位置で、永源、百田と楽しいプロレスに徹して欲しい」



友達とよくそんな話もしていました。



「頑張って下さい。早くベルトを巻いた小橋選手が見たいです」そんな言葉を簡単に投げかけるファンに、本気でムカついていた時期もありました。

勿論、リングに上がった小橋を見れば全力で応援する気持ちに変わりはなかったのですが、やはり身体の心配が先にきてしまい純粋な気持ちで応援することができなくなっていたんですね。もう親心です完全に。

そして小橋は、2008年9月に右手と両肘の怪我でまたもや長期欠場。この時は正直ほっとしました。



「あぁ、これでまた少しの間、小橋の身体を休ませることができる」



はたから見ればファンなのかどうなのかわからない状況ですよねこの親心ったら。





ということで、その②はここで終了です。
何か幼稚な文章になってしまい申し訳ありません。
でもこれがあうとの精一杯なんです幼稚なんです己の文章力の乏しさに幻滅です。
まぁ今考えると後半、シリアスな展開になってしまうことは最初からわかっていたので、小橋とヤイコのくだりは入れなきゃ良かったかな…と。
でも最初から最後までシリアスっていうのも何かアレですもんね。これで良かったのかしら…



誰か肯定してお願い!!



そして、また次回に続くのかしら。