今日は短めの内容でお送りする予定ですプロレスネタです。
まずは、この写真をご覧下さい。



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三沢光晴の「投げ捨てジャーマン」3連発。
1993年7月29日「三沢光晴 vs 川田利明」三冠戦の一幕です。



試合後、勝ち名乗りを受ける三沢の何ともいえない表情が印象的な試合でしたね。



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…まぁ、このシーンを知らないようではね。



「プロレスファン失格の烙印」



を押されますよ。



「プロレスファン失格の仔牛の焼き印押し」



を押されますよ。



つまり…



「プロレスファン失格のカーフブランディング」



をやられますよということですよ。



はいでは問題カーフブランディングの使い手といえば?



「ディック・マードック」



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「天山広吉」



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否っ!!!



俺の中では



「スティーブ・ウイリアムス」



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では何でウイリアムスの写真だけカーフブランディングをかけてる写真じゃないのか?それは…



「ウイリアムスのカーフブランディングはなかなか決まらないからっ!!!」



つまり写真が無いってこった!!!
決まったとこ見た記憶ねーもんっ!!!(汗)



でもなかなか決まらないからこそ印象深いウイリアムスのカーフブランディングなのでした。



…ってあれ!?

いつの間にか投げ捨てジャーマンの話がカーフブランディングの話になっちゃってるしかも短めと言いながらこの流れは長期戦の様相っ!!(汗)



若林「馬場さん、文字数が1000を超え、長期戦となってきましたが…」

馬場「1000文字は長期戦とは言えませんよ」

若林「そうだっ!!1000文字は長期戦ではないっ!!まだまだこれからだっ!!」







つか無駄な話が多すぎるよっ!!(汗)







三沢の投げ捨てジャーマンの話していっすか?(汗)



前出の投げ捨てジャーマン。
確かこの試合が、初披露だと記憶しています。

三沢が何故この試合で投げ捨てジャーマンを出したか?

…いや、正確に言うと「出さざるを得なかった」のか。





その原因は、この武道館前日の横浜文体大会



「超世代軍 vs 聖鬼軍 サバイバルタッグマッチ」



にあります。



ここで三沢は、田上の執拗な右腕攻めに遭うんですね。



それはそれは執拗な



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これでもかこれでもかと



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徹底的に右腕を攻められるのです。



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そして、その右腕攻めが原因で、三沢は次の日のこの試合で、ジャーマンを最後までフックすることが出来なくなり「投げ捨て」にせざるを得なくなった…という訳なのですっ!!!



知ってた?サバイバルタッグマッチはNOTVだったので知ってる人少ないんじゃないですか?(ニヤリ)



まぁ、田上からすればこのサバイバルタッグを勝ちに行くことは勿論、次の日にパートナーの川田が三冠挑戦するということで、少しでも三沢にダメージを与えようと必死ですから…
田上が悪い訳ではないのです田上は悪くない(汗)



でも、川田にとって良かったのか悪かったのか(汗)



そしてこの試合を機に、全日本プロレスは「投げ捨て技のデフレ」が、進んでいくことになります…



いや、何度も繰り返すけど「投げ捨て技のデフレは田上の右腕攻めが起因」って言ってる訳ぢゃねーよ(汗)



「何故、三沢はあの試合で、いきなり投げ捨てジャーマンを使いだしたのか?」



という誰しもが抱く素朴な疑問に答えただけなので。



くれぐれもお間違いのないようにっ!!!





以上、知識のひけらかし記事でした、おしまい(汗)





しかし、短めにする予定がここまで長い記事になっちゃうとはね…
やっぱり昔の全日本プロレスを語ると熱くなっちゃうよね。
語りだしたら止まらなくなっちゃうよね。





だったら、初めから「短めの内容」って書くなっつー話だけどね(汗)