『良い耳』というのは、
単に音の高さやリズムを聴きわけるだけでなく、 
音の微妙な表情を聴き取ることができるということでもあります。

これは言語にも共通することですね。

例えばお母さんが赤ちゃんの泣き声で、
お腹がすいたのか、オムツを替えて欲しいのかを聞き分けたり、
ご家族の「ただいま」の声の調子で、
何かいいことがあったのか、その反対なのかを聞き分けたりと、
具体的に示してみると、私たちが日常意識せずにやっていることです。

そのことを意識して改めて音楽を聴いてみると、
いつも聞いている音楽も、また違った聴き方ができるし、
それまで敬遠していたジャンルも、
少し距離が縮まるかもしれません。

 

そして『良い耳』を育てるには、

たくさんの音楽を聴くということはもちろんですが、
幼少期の経験や環境、訓練も大きく関わってくるといわれています。

7歳までにピアノを初めた人と、7歳以降に初めた人とでは、
前者の方が聴覚野の神経細胞の数が多いことが知られています。

そしてもう1つ、良い耳を育むためには、
実際に自分の身体で楽器を演奏することにあります。

自分で演奏するということは、
自分で出した音を自分の耳で確かめるということです。

ピアノを習っている人で「耳が良い」と言われる人は、
単に音の高低やリズムを聴くだけでなく、
聴いた音の微妙なニュアンスを自分の指でタッチをコントロールしながら、
また、その響きを再現できているかどうか、自分の耳で確かめることができる

ということになります。

いわゆる耳コピーですね。

 


耳が良い人は、語学の習得にも活かせます。


 

 英語が素晴らしく堪能なミユキちゃんです。

 

 

 

「なんか、あ!!私上手くなったー♪ って気がします(*ノ▽ノ)」

って、最近毎回レッスンのたびに嬉しそう。

未経験からの1年半にして、
素晴らしい演奏力と表現力でもって、只今ブルグミュラーを猛進中です。

それもそのはず。
英会話で鍛え上げられた耳をお持ちなのですから。

ぐりさんが「こういう解釈で弾くと…」と弾いてみせると、
「え?同じピアノ弾いてるのに全然違うなぁ」なんて言いながらも、
細かい表情までよく聴き取って再現なさります。

お見事!!始められて1年半ですよね⁈

 

演奏技術が上がってくると、音楽の解釈も深まり、
ついつい欲が出てしまい、もっと高いことを求めてしまいます・・

ぐりさんの悪い癖凝視

素直さと理解力、器用さを持ち合わせた人は、どんどん吸収しますね。
そして、何よりも『ひととしての経験と人柄』が音になって表れます。

ぐりさんは、ミユキちゃんの感性を本当に素晴らしいと感じます。

 

ピアノを弾く時の複雑に絡み合う複数の動作によって、
脳の機能する部分も異なります。

ぐりさんは教え方次第で、

いろんな機能を鍛えていくことが可能になると考えています。
これは知れば知るほど興味深いです。

科学者であれば、きちんとデータにのって説明なさるのでしょうが、
ぐりさんは街のピアノのせんせいなのでねUMAくん
困難を抱える生徒さんたちとの多くの取り組みによる経験則です。

実際、ぐりさんもピアノのレッスンを集中して行った後、また自分が受けた後、
集中して耳コピーをした後に誰かと喋ると、超カミカミになります。
そしてランナーズハイにも似た、なんだか妙な高揚感もあります。

それで、言語を司る脳の部分とカブッているのだろうなぁと体感するのです。
 

先日のレッスンで、その状態にハマっていらしたミユキちゃん。

「あ・・なんかハイで心地いいけど、口がもつれる感じ笑」

目の前で生徒さんが音楽で満たされている様子に感無量です。
ありがとうございます。

言葉では説明できない 音楽を介しての充足感。

お互いの人となりを感じあうことができます。

たまらん♪

 

  福岡ぐりむ療育とピアノと学習の教室です。別ブログやXの過去記事にコメントを加筆して書いていっています。

 

2013年の記事です。

 

ぐりさんの教室にいらした社会人の生徒さん方には

「やってみたい」と思ったら、まず動いてみる を

選択なさることの大切さを学びました。

 

自分の感情、ひらめいたことに従うって

時間に追われてしまうと後回しにしがちですね。自戒タラー

 

感性が豊かになるって、

文字にするのは難しいというか、おこがましいというか・・

そんなところがありますが、

 

見えなかったものが見える

聞こえなかったものが聞こえる

感じとれなかったものが感じとれる

理解できなかったことが理解できる

 

それはもう、異世界でしかありません。

 

たしかに!!

 

思ってもみなかった生活はあります。