「竜馬がゆく 第四巻(司馬遼太郎著)」読了。
本巻では、龍馬は水を得た魚のように、海軍塾設立に向けて溌剌と動く。以下に、興味深かった話を引用したい。
・龍馬にも清河八郎に対する批評が雲の湧くほどある。例えば、奇策を用い過ぎた。龍馬の考えでは、奇策とは百に一つも用うべきでない。九十九まで正攻法で押し、あとの一つで奇策を用いれば、見事に効く。奇策とはそういう種類のものである。真の奇策縦横の士とは、そういう男を言うのだ。それと、人を引きずっていく時に、人の心理を掴んでいない。だから事成るという寸前に同志からほっぽり出され、常に失敗してきている。
→私個人的にはトリッキーな人が好きなのだが、やはり物事を成し遂げるためには奇策のみではダメで、正攻法の中にほんの一部紛れ込ませる程度が良いのだ。
・走狗、とは龍馬は言わなかった。相手を説得する場合、激しい言葉を使ってはならぬ、と龍馬は思っている。清河八郎なら、そういう言葉を使う。結局は恨まれるだけで物事が成就出来ない。
→龍馬が藤堂平助に新撰組から足を洗うよう諭すシーン。龍馬は、当時新撰組を揶揄した「幕府の走狗」という言葉は使わず、「実際は尊皇攘夷じゃない、尊皇攘夷の士を斬るための機関だ。つまり幕府の権力を守るためのものじゃないか」と論理を以て諭す。ここで「走狗」などという言葉を使えば、藤堂は最初から聞く耳を持たなかっただろう。結局、藤堂は伊東甲子太郎とともに新撰組から離脱して御陵衛士の一員となるのだが、油小路事件で新撰組に討たれることとなる。もし、このときに龍馬の助言を聞いていたら…。
・勝海舟が龍馬と長崎に赴いたものの、長州を攻撃する外国軍艦は集まっておらず、長崎奉行の「下僚を走らせて見に行かせましょう」という気遣いに、「私が見に行きます」。勝の流儀は万事こうだ。自分の眼で確かめぬと済まぬたちである。耳を信ぜず、眼で見てそのうえで物事を考える男だった。即物的思考法というべきだろうか。この点で龍馬の思考法とそっくりだった。足を使い、眼を使ってじかに物に触れないと、物を考えた気がしない。観念論者の多かった幕末の日本人の中では、二人とも珍種に属するだろう。結局、多くの代官、与力などの部下が、勝の威儀をつけるためにぞろぞろついて来たのを見て、勝は龍馬に囁く。「龍馬、これだ。これで日本は滅びるさ。アメリカの高官は、用があればさっさと一人で見に行く。幕府というのは諸事、この調子で事を運んでいるから、さっぱり能率が上がらない。」
→百聞は一見に如かずを地で行く行動である。私も見習おう。
竜馬がゆく〈4〉 (文春文庫)
著者:司馬 遼太郎
文藝春秋(1998-09-10)
おすすめ度:
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る
現在、1歳1ヶ月の娘は、今まで全く歩くそぶりを見せなかった。
今年春先にはいはいを覚えて以来、ひとりたっちはするものの、移動手段はずっとはいはいだった。妻が娘の両手を取って一緒に歩くよう誘導しても、すぐに座り込んでしまい、「この子、歩く気ないなぁ」と思っていた。
ところが、本日仕事から帰って遊んでいると、2、3歩だけだが前に進んだのだ。行き先はもちろん妻。立ったまま、母親のところへ行きたくて、自然に足が進んだのだろうか。こうしたActionはきっかけが肝心であり、身体がそのActionに慣れてしまえば、あとは加速度的に歩数が進む。楽しみだ。
本巻では、龍馬は水を得た魚のように、海軍塾設立に向けて溌剌と動く。以下に、興味深かった話を引用したい。
・龍馬にも清河八郎に対する批評が雲の湧くほどある。例えば、奇策を用い過ぎた。龍馬の考えでは、奇策とは百に一つも用うべきでない。九十九まで正攻法で押し、あとの一つで奇策を用いれば、見事に効く。奇策とはそういう種類のものである。真の奇策縦横の士とは、そういう男を言うのだ。それと、人を引きずっていく時に、人の心理を掴んでいない。だから事成るという寸前に同志からほっぽり出され、常に失敗してきている。
→私個人的にはトリッキーな人が好きなのだが、やはり物事を成し遂げるためには奇策のみではダメで、正攻法の中にほんの一部紛れ込ませる程度が良いのだ。
・走狗、とは龍馬は言わなかった。相手を説得する場合、激しい言葉を使ってはならぬ、と龍馬は思っている。清河八郎なら、そういう言葉を使う。結局は恨まれるだけで物事が成就出来ない。
→龍馬が藤堂平助に新撰組から足を洗うよう諭すシーン。龍馬は、当時新撰組を揶揄した「幕府の走狗」という言葉は使わず、「実際は尊皇攘夷じゃない、尊皇攘夷の士を斬るための機関だ。つまり幕府の権力を守るためのものじゃないか」と論理を以て諭す。ここで「走狗」などという言葉を使えば、藤堂は最初から聞く耳を持たなかっただろう。結局、藤堂は伊東甲子太郎とともに新撰組から離脱して御陵衛士の一員となるのだが、油小路事件で新撰組に討たれることとなる。もし、このときに龍馬の助言を聞いていたら…。
・勝海舟が龍馬と長崎に赴いたものの、長州を攻撃する外国軍艦は集まっておらず、長崎奉行の「下僚を走らせて見に行かせましょう」という気遣いに、「私が見に行きます」。勝の流儀は万事こうだ。自分の眼で確かめぬと済まぬたちである。耳を信ぜず、眼で見てそのうえで物事を考える男だった。即物的思考法というべきだろうか。この点で龍馬の思考法とそっくりだった。足を使い、眼を使ってじかに物に触れないと、物を考えた気がしない。観念論者の多かった幕末の日本人の中では、二人とも珍種に属するだろう。結局、多くの代官、与力などの部下が、勝の威儀をつけるためにぞろぞろついて来たのを見て、勝は龍馬に囁く。「龍馬、これだ。これで日本は滅びるさ。アメリカの高官は、用があればさっさと一人で見に行く。幕府というのは諸事、この調子で事を運んでいるから、さっぱり能率が上がらない。」
→百聞は一見に如かずを地で行く行動である。私も見習おう。
竜馬がゆく〈4〉 (文春文庫)著者:司馬 遼太郎
文藝春秋(1998-09-10)
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現在、1歳1ヶ月の娘は、今まで全く歩くそぶりを見せなかった。
今年春先にはいはいを覚えて以来、ひとりたっちはするものの、移動手段はずっとはいはいだった。妻が娘の両手を取って一緒に歩くよう誘導しても、すぐに座り込んでしまい、「この子、歩く気ないなぁ」と思っていた。
ところが、本日仕事から帰って遊んでいると、2、3歩だけだが前に進んだのだ。行き先はもちろん妻。立ったまま、母親のところへ行きたくて、自然に足が進んだのだろうか。こうしたActionはきっかけが肝心であり、身体がそのActionに慣れてしまえば、あとは加速度的に歩数が進む。楽しみだ。