「ゲイシャ・ガール、リングに上がる(鈴木浩子著)」読了。
新日本、WJ、WWE、ハッスルなどの団体を経てきたプロレスラー:鈴木健想の妻によるWWE挑戦ルポである。私はプロレスファンとして健想をまったく評価していない。技が雑であり、受け身は拙く、いわゆる試合がしょっぱいからである。原因は明らか。新日本プロレスにて十分な教育をしてこなかったためである。元ラグビー日本代表という大看板を引っ提げて新日本入りしたものの、格闘技経験はアマレスはおろか柔道さえも未経験。体が大きいだけのズブの素人なのだが、基礎を学ぶ時間が不十分なままデビューをしてしまったのだ。入団直後に異例のカナダ・カルガリーでの修行、デビュー戦の相手は当時第三世代の筆頭格とされた中西学、デビュー4か月で第8回ヤングライオン杯で優勝と猛烈なプッシュを受け続けたものの、パッとしなかった。健想に限らず、北尾光司、小川直也と大きなポテンシャルを持った逸材を、新日本は活かし切れていない。恐らく、周囲の人間が「大物新人」のレッテルを貼り、基礎練習を怠り、先輩レスラーの付き人や掃除、選択、炊事番などの下積みを経験してこなかったことが原因であろう。新日本のみならず、プロレス界で活躍しているのは、単調な基礎練習を続けるのと同時に下積みにより人間的にも鍛えられた人間だけである。新たなスター選手の促成栽培を焦った新日本の功罪である。プロレス界にとって、このような人的損失は大きい。元横綱の北尾が早々とプロレス界を去り、バルセロナ五輪銀メダリストの小川が大した活躍が出来ないでいるのも同じ原因である。
さて、その健想がWWEに挑戦。WWEを愛する私としては、日本人ヘヴィー級レスラーの新たな活躍には淡い期待を寄せると同時に、あんなしょっぱい試合をするレスラーなどすぐに消えてしまうだろうという冷めた目で見ていたが、私の予想は見事に当たった。WWEでの試合を見ても新日本当時とほとんど変わっていなかったのだ。大型日本人の嫌米スタイル、オバカなキャラ、おしどり夫婦である妻:浩子のゲイシャガールとしての悪徳マネージャーというギミックのみが面白がられた感であった。こうしたキャラクターは飽きられやすく、使い捨てに遭うのがオチであるが、健想も例外ではなかった。WWEを観てきて久しいが、このような使い捨てキャラクターは掃いて捨てるほどいた。WWEで活躍し続けられるのは、やはり本業であるレスリングがしっかり出来る者である。ともすればギミックやマイクパフォーマンスのみにスポットが当てられがちなWWEであるが、レスリング技術が高い者しか残れない。健想や浩子はそれが分からなかったのだろうか。それとも一時的にWWEに籍を置ければ満足だったのだろうか。本書を読む限りではそうではないようだ。
このおしどり夫婦の決意は甘すぎる。本書を読み、健想のダメ男、ダメ夫ぶりが余計にクローズアップされていた。それを許し、放置してきた妻:浩子にももちろん責任はある。数年前にメキシコで活躍していたという報を聞いて以来、最近は音沙汰無いが、あのしょっぱいレスリングのままでは大した活躍は期待出来ないだろう。
これに学んだことは、最初が肝心ということだ。育児も同じ。過度に甘やかせた子供時代を過ごしてしまうと、その後の人格形成に悪影響を及ぼす。娘をしっかりと教育していかなければ!

ゲイシャ・ガール、リングに上がるゲイシャ・ガール、リングに上がる
著者:鈴木 浩子
販売元:集英社インターナショナル
発売日:2006-02
おすすめ度:4.5
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