「平家慕情(中津文彦著)」読了。
2012年、大河ドラマ「平清盛」にハマった私。その関連で「新・平家物語(吉川英治著)」全16巻、「義経(司馬遼太郎著)」全2巻を読破。それらの知識を衰えさせまいと、手に取ってみたのが本作品。
2012年、大河ドラマ「平清盛」にハマった私。その関連で「新・平家物語(吉川英治著)」全16巻、「義経(司馬遼太郎著)」全2巻を読破。それらの知識を衰えさせまいと、手に取ってみたのが本作品。
保元の乱開戦から鎌倉幕府スタートまでという平安末期のメインイベントをほぼ網羅した内容である。時代背景や人間関係も比較的丁寧に述べられているので、この時代の頭の整理にも最適な書。
ところで本作品の主人公は…。題名から、平清盛かなと予想した。彼を抜きにはこの時代を語れないし、平家でもっとも重要な人物なのだから。
が、その予想はハズレで、主人公は平清盛の5男である平重衡。
うーん、そう来たか。重衡を通じて清盛の横暴を解釈したり、家の衰退を憂えたりということか。確かに、南都焼討を行って東大寺大仏や興福寺を焼亡させた主犯とされており、ドラマにしやすい。さらに、墨俣川の戦いや水島の戦いで源氏に勝利して活躍するところも強い平家を描けるし、一ノ谷の戦いで捕虜になり鎌倉へ護送されるなどは、壇ノ浦の戦いで散りゆく一族とはまた一味違った悲哀がある。
以下、興味深かった点の引用。
・斬首が行われるのは、実に250年ぶりのことだったが、強硬にこの厳刑を主張したのは入道信西だった。
→保元の乱(1156年)の戦後処理で行われた斬首の刑、それほど長く平安の世にて行われていなかったとは驚き。
・源義朝だけでなく、清盛にも保元の乱での武士への恩賞が軽いことへの不満はあった。しかし、義朝と違ったのは、それならば権力者となった信西に食い込んで欲しいものは自分の手で奪い取ってやろうという気概を持っていたことだ。信西を憎んで鬱々と日を過ごすよりは、そのほうがはるかに現実的だと、清盛は考える性質だった。その清盛の考え方を信西も気に入った。お互いに利用価値があると認め合ったのである。
→保元の乱でお互いに勝者側にいながら、その後勝ち組と負け組に分かれる清盛と義朝、物事の捉え方の違いにあったのだ。つまりマインドの相違。清盛を見習いたい。
・平治の乱で敗れ、清盛に六条河原で斬首された藤原信頼の兄:藤原基成は若くして陸奥国守として多賀城に赴任したがなぜか奥州を気に入り、任期後に一旦京に戻ったものの、再任を希望して下向し、そのまま住み着いてしまった。そして藤原秀衡に娘を嫁がせ、自分も舅として平泉の政治顧問のような立場にいた。
・藤原基成の父親は一条長成(源義朝の妾であった常盤御前の夫)と従兄弟同士であった。
→源義経が奥州藤原に受け入れてもらったのは、藤原基成の清盛への恨みが背景にあるという。なるほど、それならば納得がいく。1993年の大河ドラマ「炎立つ」においては藤原基成は林隆三が演じていたのを覚えているが、信頼の兄にあたるとは知らなかった。また、長成と近い親族であったとはこれも驚き。ま、藤原氏は皆どこかで繋がっているのだろうが。
・平重衡が1172年に就いた中宮亮(中務省に属して后妃に関わる事務などを扱う役所)は従五位下に相当する官職で、重衡の位階からすれば下職となるのだが、できるだけ徳子の身近に居たいと願った重衡が自ら望んで任官したものだった。
→本作品のサブストーリーラインに、重衡の、姉:徳子に対する愛というものがある。史実かどうかは想像の域を出ないが、こうした官職歴に兄弟の愛を絡める著者のテクニックはお見事!
DVDにて映画「スタンド・バイ・ミー」鑑賞。
以下、興味深かった点の引用。
・斬首が行われるのは、実に250年ぶりのことだったが、強硬にこの厳刑を主張したのは入道信西だった。
→保元の乱(1156年)の戦後処理で行われた斬首の刑、それほど長く平安の世にて行われていなかったとは驚き。
・源義朝だけでなく、清盛にも保元の乱での武士への恩賞が軽いことへの不満はあった。しかし、義朝と違ったのは、それならば権力者となった信西に食い込んで欲しいものは自分の手で奪い取ってやろうという気概を持っていたことだ。信西を憎んで鬱々と日を過ごすよりは、そのほうがはるかに現実的だと、清盛は考える性質だった。その清盛の考え方を信西も気に入った。お互いに利用価値があると認め合ったのである。
→保元の乱でお互いに勝者側にいながら、その後勝ち組と負け組に分かれる清盛と義朝、物事の捉え方の違いにあったのだ。つまりマインドの相違。清盛を見習いたい。
・平治の乱で敗れ、清盛に六条河原で斬首された藤原信頼の兄:藤原基成は若くして陸奥国守として多賀城に赴任したがなぜか奥州を気に入り、任期後に一旦京に戻ったものの、再任を希望して下向し、そのまま住み着いてしまった。そして藤原秀衡に娘を嫁がせ、自分も舅として平泉の政治顧問のような立場にいた。
・藤原基成の父親は一条長成(源義朝の妾であった常盤御前の夫)と従兄弟同士であった。
→源義経が奥州藤原に受け入れてもらったのは、藤原基成の清盛への恨みが背景にあるという。なるほど、それならば納得がいく。1993年の大河ドラマ「炎立つ」においては藤原基成は林隆三が演じていたのを覚えているが、信頼の兄にあたるとは知らなかった。また、長成と近い親族であったとはこれも驚き。ま、藤原氏は皆どこかで繋がっているのだろうが。
・平重衡が1172年に就いた中宮亮(中務省に属して后妃に関わる事務などを扱う役所)は従五位下に相当する官職で、重衡の位階からすれば下職となるのだが、できるだけ徳子の身近に居たいと願った重衡が自ら望んで任官したものだった。
→本作品のサブストーリーラインに、重衡の、姉:徳子に対する愛というものがある。史実かどうかは想像の域を出ないが、こうした官職歴に兄弟の愛を絡める著者のテクニックはお見事!
DVDにて映画「スタンド・バイ・ミー」鑑賞。
今年6作品目の映画。
日本での公開は1987年であり、中学生だった私は近くに映画館もなかったことから「観たい」と思いつつも今に至ってしまったものである。CMなどでベンEキングの主題歌はよく耳にしても、映画をレンタルして観てみようということはしなかったが、あまりにメジャーなこの映画、一度は観てみようかと手に取ってみた。
ストーリーは単純で面白い。線路を歩く少年4人はまさに青春(笑)。ま、たまにはこんなのも良いかな。

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