「君たちに明日はない(垣根涼介著)」読了。
今年1月にNHK土曜ドラマ枠で全6回放映されていた作品の原作である。坂口憲二が主人公でクビ切り会社社員の村上真介を演じていた。ドラマは全て見逃さず観ていたが、昨今の労働市場を如実に描いており中々興味深かったため、原作にも手を伸ばしたのだ。
小説の描写スタイルとしては、主人公の村上の主観から描く章と、それ以外(恋人の芹沢陽子など)の人物の主観から描く章と交互に展開しており、立体的に感じられてシーンをイメージし易い。
本書では主人公が私とほぼ同年代ということもあり、ためになるフレーズが盛りだくさんである。一部をここに挙げてみたい。

・リストラ最有力候補になる社員に限って、仕事と作業との区分けが明確に出来ていない。つまり、自分の存在が会社にとってどれだけ利益をもたらしているのか、例えば営業マンなら担当商品の売値と仕入れ値の差額粗利から自らの給料、厚生年金への掛け金、一人割のフロア維持費、接待費、営業車代、交通費など差し引いた純益として考えたことなど夢にもない。会社が営利追求団体である以上、そこに思い至らない者はこの不景気の時代、最終的に淘汰されて行ってしまうのは当然のことだ。
→主人公のぼやきである。手取り給料の少なさを自嘲して仕事のモチベーションの低さの言い訳にするビジネスパーソンは多いが、そうした人は上記のように自分の存在と利益との相関関係を意識していないことが多い。私もかつてはそうだったが、3年ほど前に読了した「辞めるなんてもったいない(大和賢一郎著)」により、上記の意識をするよう気付かされた。それ以降、手取り給料の少なさに不満を持つことを止めた。手取り給料の多寡だけで自分の価値を判断し、モチベーションをも下げてしまうことは馬鹿げている。もし興味があるならば、「辞めるなんてもったいない」を一読いただくことをお薦めする。私もまた再読し、REVIEWにでも書きたいところである。

・「ある人間についてAという情報を知ったとき、そのAから派生してくる興味っているのが当然あると思うんですけど、それに関して心に蓋をしない。これくらい調べれば十分だろうと思わない。そうすればそのAからまた新しくBという情報が出てくる。もっと立体的にその人間が浮かび上がる。話がこじれそうになったとき、相手を説得する材料が増える。その分、時間と手間がかかりますけど」
→社長から「仕事に対する自分なりの秘訣でも芽生えたか?」との質問に主人公の村上が回答した内容である。村上はもとは広告代理店のダメ営業マンであり、現在の社長のクビ切り面接を受けた揚句拾ってもらったというオチなのだが、このクビ切りの仕事には迷いや葛藤もありながら自分なりに工夫して取り組んでいる。仕事を自らのやり方で自信を持って出来るようになるためには、仕事に対する意識の持ち方が最重要なのである。この点、対人という村上の仕事において、上記の意識は素晴らしいと思う。私も見習わねば。

・「失礼ですが、誰も一般論など聞いてはいませんよ」「そんな考えは個人として大事な判断をする局面では何も役立たないでしょう。私が聞いているのは、世間がどうかではなく、池田さん、あなた自身が自分の現状についてどう思われているかということです。問題をすり替えるのは、やめにしませんか」
→被面接者に対する主人公:村上の返し言葉である。特に冒頭の言葉は私の仕事でも保険の関係で揉めた時などに使えそうである。「一般論など聞いていない」→「問題をすり替えるな」のコースは話を本論に戻す時に有効である。

その他
本作品におけるディティールのこだわりだが、クビ切り面接において一貫しているのは、主人公の村上がクビ切り面接をする際に女性アシスタント:川田美代子を同席させていること。一通りの挨拶の後、川田は必ず被面接者に「コーヒーか何かお飲みになられますか」と聞く。これは単に被面接者をリラックスさせるための手法ではない。2008年09月09日に読了した「サラリーマンと呼ばないで」の書評でも紹介したが、「社員を解雇する時は必ず女性人事担当者を同席させる。男性社員の場合、女性が目の前に居ると、みっともないから泣いたり怒ったりして取り乱せない。女性の場合も同性の前では涙を見せたがらない。」ということなのだ。本書には特にその理由までは触れられていないが、もはやクビ切りというシチュエーションにはお決まりの手法なのだろう。
君たちに明日はない君たちに明日はない
著者:垣根 涼介
販売元:新潮社
発売日:2005-04-01
おすすめ度:3.5
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