「バカの壁(養老猛司著)」読了。
父親の本棚から拝借し読んでみた。私は流行モノの書はほとんど読まないが、父親は結構ミーハーで、すぐに買って読みたくなるらしい。本作品もかなり話題になったベストセラーである。
読んでみると、なるほど元東大教授の書きそうな独善的とも取りかねられない文章である。著者の主観がたっぷり入っているため、当然鵜呑みにするのは危険ではあるが、私が個人的に興味をもった記述を取り上げてみたい。批判が多い点、ご容赦願いたい。

・「バカの壁」とは何か。本当は分かってないのに、安易に「分かっている」と思い込んでしまうこと。
→本書のタイトルであるが、過激で人の目を惹きそうなキャッチコピーである。しかしこの内容を「バカ」とはいかがなものか。父は昨年、講演会で養老氏の話を聞いたことがあり、話も分かりやすく好印象だったらしい。このタイトルも、ベストセラー本でよくある、出版社が商業的につけたものなのだろうか。

・脳の中の係数は、脳への入力をx、脳からの出力をyとすると、y=axという一次方程式となる。何らかの入力情報xに、脳の中でaという係数をかけて出て来た結果、反応がyというモデル。世の中で求められている人間の社会性は、出来るだけ多くの刺激に対して適切なaの係数を持っていること。
→なるほど。

・「個性」、「自己」、「独創性」を重宝する物言いが増えたが、「共通了解」を追求することが文明の自然な流れだとするとおかしな話であり、明らかに矛盾している。「個性を伸ばせ」という欺瞞である。多くの人にとって共通の了解事項を広げていくことによって文明が発展してきたはずなのに、もう片方では急に「個性」が大切だとか何とか言ってくるのは話がおかしい。
→教育やビジネスの世界では昨今「独創性」重視であるが、この流れに対し単に屁理屈を言っているに過ぎないと感じた。

・「万物流転、情報不変」。昨日寝る前の「私」と起きた後の「私」は明らかに別人、去年の「私」と今年の「私」も別人。流転しないものは「情報」。
→これは極論というより、唯物論の概念で言えば誤りである。去年の私も、昨日の私も、今日の私も、肉体的・精神的な生成・発展・消滅はあるにせよ同一人である。

・近代の戦争は欲望が暴走した状態。戦争というのは自分は一切、相手が死ぬのを見ないで殺すことが出来るという方法をどんどん作っていく方向で進化している。ミサイルはその典型的。破壊された状況をわざわざ見に行くミサイルの射手はいない。死体を見なくてよい。原爆に至ってはその典型。結果に直面することを恐れるから、どんどん兵器が間接化する。
→これには納得。ナイフでの殺し合いであれば、目の前の敵を倒せば感触は手に伝わり、血しぶきがかかり、敵は目の前で倒れていくため、まともな人間ならば躊躇するため抑止力が働く。しかし核兵器の場合、ボタンひとつで発射、攻撃し、相手の痛みを感じることはない。つまり相手の痛みを間近に感じることがなくなっていくことで戦争の悲惨さを目にすることができなくなり、非常に危険である。
バカの壁 (新潮新書)バカの壁 (新潮新書)
著者:養老 孟司
販売元:新潮社
発売日:2003-04-10
おすすめ度:3.0
クチコミを見る


ランチは家族5人で外食@「えちぜん」。運良く座敷が取れてよかった。娘も動き回れるだろう、と思いきや到着後熟睡。まあお陰で妻も私もゆっくり食事が出来た。私は天麩羅蕎麦&ネギトロ丼を注文。暑くて食欲がないのでさっぱりしたものを食べたかったのだ。まあ信州蕎麦を知る私としては、蕎麦については及第点であるが、全体的に美味しかったから良しとしよう。
a8058636.jpg