さて、せっかく名古屋市守山区まで来たので、竜泉寺城だけでは足らず、幾つか周辺の城跡を探訪することに。
まずは小幡城。
小幡城は、尾張守護代織田信安に属した岡田重篤が1522年に築城したとのこと。
その後、徳川家康の祖父、松平清康が尾張侵攻の際にこの城に入り、ここを拠点として同じ守山区内の守山城を守る織田信秀の弟、織田信光を攻めた際に、謀反を起こした家臣に殺害されたと。
徳川家康にとってはそんないわくつきの小幡城なのだが、小牧長久手の戦いの際には竜泉寺城に陣を敷いた豊臣秀吉に対し、徳川家康はこの城を修築して入城したらしい。自身の領地である三河との連絡を保つため、というのがその選定理由。
いやぁ、守山区、熱いぜ~。本当、この地域って史跡があちこちに点在していて萌える。
で、小幡城。
竜泉寺城から南西方面に下り、住宅街の中にポツンと。

石垣も石碑もなく、看板のみ。

目の前には大きな介護施設。
しかし、竜泉寺城と同じくかなりの高台にあり、陣を敷いて周囲を監視するにはぴったりの立地。高台の下にある小学校の3階とほぼ同じ高さ。

やはり、選ばれるべき地だったのだ。
小牧長久手の戦いを題材にした歴史小説は幾つか読んだが、こうして現地を訪れた上で読んでみると、またひとしおなのだろう。
まずは小幡城。
小幡城は、尾張守護代織田信安に属した岡田重篤が1522年に築城したとのこと。
その後、徳川家康の祖父、松平清康が尾張侵攻の際にこの城に入り、ここを拠点として同じ守山区内の守山城を守る織田信秀の弟、織田信光を攻めた際に、謀反を起こした家臣に殺害されたと。
徳川家康にとってはそんないわくつきの小幡城なのだが、小牧長久手の戦いの際には竜泉寺城に陣を敷いた豊臣秀吉に対し、徳川家康はこの城を修築して入城したらしい。自身の領地である三河との連絡を保つため、というのがその選定理由。
いやぁ、守山区、熱いぜ~。本当、この地域って史跡があちこちに点在していて萌える。
で、小幡城。
竜泉寺城から南西方面に下り、住宅街の中にポツンと。

石垣も石碑もなく、看板のみ。

目の前には大きな介護施設。
しかし、竜泉寺城と同じくかなりの高台にあり、陣を敷いて周囲を監視するにはぴったりの立地。高台の下にある小学校の3階とほぼ同じ高さ。

やはり、選ばれるべき地だったのだ。
小牧長久手の戦いを題材にした歴史小説は幾つか読んだが、こうして現地を訪れた上で読んでみると、またひとしおなのだろう。