「菜の花の沖 第2巻(司馬遼太郎著)」読了。
実に面白い。過去読んだ司馬遼太郎作品においてこんなにワクワクしながら読んだ小説はあっただろうか。
いちおう、高田屋嘉兵衛という1人の男の半生を追った伝記であり、随所に史観を盛り込んでいるため歴史小説とも言えるのだろうが、私には冒険小説だと感じた。出自に恵まれない男が数々のチャンスを物にして、だんだんのし上がっていく様は実に愉快であるし、彼が航海する描写が緻密であるため自分もまるで航海の旅に出ているようだ。
明らかに他の司馬遼太郎作品とは違う。「翔ぶが如く」「坂の上の雲」などの大作は非常に骨の折れる作品だったが、本作品は実に軽快。本作品は司馬遼太郎の作家生活における後期に描かれているため、作風が変わって来て丸くなったのだろうか。(これはあくまで推測に過ぎないが)

本巻はあとがきを含めて430ページというボリュームのあるにもかかわらず、読めば読むほどどんどん引き込まれていき、ほぼ一日で読了。

高田屋嘉兵衛を取り巻くメンバーも兄弟3人を中心にして固まってきたし、後援者たる松右衛門や北風荘右衛門もイイ味を出している。今後、秋田は土崎の与茂平に船を造らせるというから出世したものである。後半において、生まれ故郷の淡路島に凱旋して親族などのお世話になった人たちに挨拶する様子は読書としても嬉しかった。
しかし…。駆け落ち同様で一緒になった妻、おふさはほとんど登場せず、高田屋嘉兵衛が海に出ている間、ずっと縁もゆかりも無い兵庫で一人留守を守っている。しかも、1巻の終わりくらいに妊娠したって描いてなかったっけ。今後二人の成り行きは…。

以下、興味深かった点。

「私には船を作る資金がございませぬ」
「ないないと言うのがお前の念仏か。先に一度聞いた。一度ならず二度も言うとは馬鹿か。そんな資金ぐらい自分で工夫せい。海から湧いてくるものを取れば良いのじゃ。わしは風からとったわい」
高田屋嘉兵衛と帆布を発明した松右衛門との会話。

この時代の日本社会の上下を貫いている精神は、意地悪というものだった。上の者が下の者を陰湿に虐めるという抜きがたい文化は、人種的に似た民族である中国にはあまりやく、「意地悪、虐める、いびる」といった漢字や漢語も存在しないようだ。
→子供の虐め問題がニュースその他で取り沙汰されるが、民族的な問題なのである。上司が部下をいびり、大企業が下請けの中小零細企業を絞るというのも虐めであり、大人の世界でも普通に蔓延していることであるので、子供の世界だけが理想郷ということはあり得ない。虐め問題の解決は、そんな根本的なものなのだ。

菜の花の沖〈2〉 (文春文庫)
司馬 遼太郎
文藝春秋
2000-09



本日のランチは、久しぶりにスガキヤで取ることに。東海地方のソウルフードである。
レギュラーを食べても仕方がない気がして、「坦々麺」を注文。お味は…。
420円という値段相応、というところかな(笑)決して気合いを入れて食べるものではない。