「破軍の星(北方謙三著)」読了。

先日、「私本太平記(吉川英治著)」を全8巻読了したところだが、足利尊氏とは敵対し、一度は打ち負かした北畠顕家に興味があり読んでみることにした。

この時代、あまり私は明るくないし、興味もないが、歴史好きを名乗るためにはここらへんも是非詳しくなりたいところである。

北方謙三の作品は「水滸伝」「三国志」と読んできたが、好きか嫌いかと言えば嫌いなタイプの作者である。史実よりも、より男らしさや人情を重視するタイプであり、どうも薄ら寒い感じが否めないのである。よって、司馬遼太郎や吉川英治などと比べると、どうも薄っぺらい気がする。まあ好きな人はとことん好きなのであるが、どうも私はどの作品を読んでも受け入れられない。

本作品も例に漏れない。
主人公の北畠顕家を非の打ち所が無いヒーローに仕立て、華々しく戦い、そしてロマンチックに散っていくさまを描いている。吉川英治の私本太平記とはまったく違う。

本作品を読み進める中で、北方謙三らしい・・・と感じたのが以下の点。
・食事にウサギを焼いて食べる点。これは水滸伝には頻出だった。水滸伝には獲物の上手い獲り方も紹介してあったほど。これは北方謙三の趣味か?美味しいとは思えないのだが。
・「大塔宮と足利尊氏の政争は、出るものを全部出してしまったほうがいいのかもしれない」という書き方。水滸伝や三国志でこのくだりは何度目にしただろう。くちゃくちゃした両者のうみを全て出し切ったほうがいいというニュアンスか。
・「親房は顕家を、名で呼んだり陸奥守と読んだりする。気まぐれでなく、はっきりと使い分けているのだとも感じられる」という書き方。「親子でも他人行儀にしなければならない時があるんだぜ」という北方謙三独特の趣味が出ているだけ。司馬遼太郎などの巨匠はいちいちこんな断りは文章に入れない。
・足利直義が中先代の乱で北条時行に負けたのはわざとだという解釈。敢えて負けることにより、兄の足利尊氏を京都や後醍醐天皇から遠ざけて鎌倉に呼ぶために負けたと解釈している。これも北方謙三独特であるが、どうも違和感がある。

改めて思うのは、私がアンチ北方謙三であるということ。これだけは趣味の問題だから仕方がない。でも、まだ何冊か読みたい氏の作品があるのだ。実に不思議なことである。
破軍の星 (集英社文庫)破軍の星 (集英社文庫) [文庫]
著者:北方 謙三
出版:集英社
(1993-11-19)


本日は先輩のCercaさんと春日井市に出張。
大雨で大変だったが何とか任務終了。
ランチは、サガミにて親子丼。中々美味しい。が、卵、何個使ってるんだろ。コレステロールが上がる…(笑)
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