パリは燃えているか

パリは燃えているか

日々、自分の思ったことをそこはかとなく書くブログです。
コメントは頂いたら全て読ませていただきますが、コメ返しは出来ないと思うのであしからず。

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さっき書いた記事は我ながらネガティブ過ぎた(笑)


自分でも読み返したくないし誰も読みたくないような記事を書いてしまった・・・。


反省。

人間は競争(欲望)と共存という相反するものを抱えているがどうやら競争(欲望)の方が強いらしい。



資本主義(競争)と共産主義(共存)

資本主義はいろいろな矛盾を抱えながらもなんとか成り立つが共産主義は崩壊する。

共産主義国も結局一部の権力者の欲望によって独裁国家の様になってしまう。

また、共存心の無い人が集まって共産主義をやろうとするとみんな働かなくなってしまう。


生存競争

競争心がないと子孫を残せない。



家庭

これは共存の方がいいと思う。競争からは精神的な安定は得られない。家庭には笑顔以外の感情はあまりいらないと思う。

子供を躾けたかったら態度で見本を示すか、言葉で諭せばいいのだから。「こうしなさい!」と躾けても自分の頭で考えられる子にならない気がする。



国際政治

まさに自国の利益を第一に考えないと成り立たない。共存なんて考えている国は一国もない。



学校

競争8割、共存2割くらい?



仕事

正に競争。資本主義だからしょうがない。



友達

競争と共存をバランスよくって感じだろうか・・・。


なんか最近、完全に個人的な日記になってるなw


ぼくは自分の幼稚な考えを他人に読んで欲しいとは思わない。

個人的な日記としてアメブロの機能などが便利だから使っている。

でも読んでくださる方には本当に感謝してます。

少し古い話題だが前回書いたことを松本復興大臣の問題発言に当てはめて見たい。



僕の妄想では松本大臣を「青年期」の人物、村井知事を「壮年期」の人物ととらえる。

もちろん両者を深く知っているわけではないのであくまでも妄想の域を出ない。

あと村井知事の多少自信のなさそうなしゃべりかた、目線、姿勢などからまだ「壮年期」とは言えない気もする。



・松本大臣の相手を叱責するような態度

→相手をパニックに落としいれ、冷静な議論ではなく、感情、権力によって優位を取ろうという気持ちの表れ。

正に松本大臣のコンプレックスが大きいことを表している。自分からにじみ出る人間性からでは相手に勝てない、けど勝ちたい。と思っている。



・松本大臣の謝罪会見。「B型、九州の人間」発言。

→おどおどとした態度で感情に訴えかける。

この点でも「青年期」の人の不安定さを表していると思う。また破滅とまでは行かないかもしれないが自分の欲望によって大きく評価を落とした。




松本大臣の家は金持ちらしい。

僕は最近、金持ちも貧乏も同じくらい不幸なことだと思うようになった。どちらもお金にかなり縛られなくてはいけない。例えば「自分は金をたくさん持っているから人より優れている」などという考えは経済的な観点から言えば正解かもしれないが、心理的にはコンプレックスを持っている状態と脳の働きはほとんど同じだと思う。


まあ心理学や脳神経について少し調べたくらいで妄想しているので本当に妄想の域を出ないが、なんとなく調べればもっとこの考えが肯定されるのではないかと言う漠然とした自信はある。



実際、ある心理学者の調査では、食べる物に困らない人は貧乏でも金持ちでも自分が幸せだと思っている人の割合は変わらなかったらしい。


なんか最近仏教徒みたいなことばっか言っている気がするなあ・・・。

仏教のことは難しそうでほとんど知らないがそろそろ出家でもした方がいいのかな・・・。



最近、よく妙なことを考えるように成ってきた。



人間の精神というものにも段階の様なものがあるのではないか。

まあほとんどの人は経験からなんとなく理解していると思う。



僕の妄想では、「少年期」「青年期」「壮年期」「無」の様なものだ。



「少年期」・・・まだ自我が弱く、従順。


「青年期」・・・競争心が強く、欲望、怒り、緊張、愛などの感情をコントロールすることができない。



世の中を見渡すと「少年期」と「青年期」で生涯を終える人が多いように思える。資本主義と言う矛盾した競争社会においてはその方が都合がいいからだと思う。



特に企業の社長や政治家、小説家などに「青年期」のまま大人になっている人が多いように思う。きっと人を動かすときに自分という人間性や言葉によって動かすより、怒り、不安、欲望などによって動かす方が簡単だからだ。



「壮年期」・・・自分の感情をコントロールできる。局面に合わせて緊張や悲しみ、怒りなど出したい時に出したい感情を出せる。人を動かすときには相手に自分で決断したと錯覚させることが出来る。

物欲、性欲などいろいろな欲望に縛られていない。突き詰めればどんどん普通の人に近づく。この段階で幸せな家庭が築ける。



「無」・・・最終的に全ての感情が無くなり。死を受け入れる



僕は今までアメリカ型のマッチョイズムが大好きだった。

だからいろいろな欲望に依って勉強したり、仕事をしたり、大型バイクの免許を取ったり、ギャンブルに狂ったり、酒を飲んで騒いだりしてきた



今までの僕はまさに自分の感情をコントロールできない子供だった。



最近、簡単な方法で感情をコントロールできることに気づいた。



突き詰めれば「呼吸」だ。



人は緊張している時は全ての人は呼吸が早く不規則になっている。



だから緊張したくなければ肩の力を抜いてゆっくり呼吸すればいい。



他にもいろいろあるが要は昔からよく言われていたなんでも無い事にたくさんの真理があるように思える。



最後に自分がギャンブル依存症になった経験から聞いた、あるエピソードが印象に残ったので書いておこうと思う。


・・・・・・ギャンブル依存症のAはタクシーの運転手をしていた。


そのタクシー会社は1台のタクシーを二人の運転手によって24時間回す。という運営をしていた。


Aの相方はBだった。


Aは長年のギャンブル依存などから独身だったが、Bはギャンブルなど手を出したこともなく家庭を持っていて、絵に描いたような真面目な男だった。



Aに一つのかなりいやらしい、屈折した感情が沸いた。



「この男にギャンブルを教えたらどうなるのだろうか?」



Bはギャンブルを覚え、どんどんのめりこみ、酒や借金に溺れた。



最終的にBは自殺した・・・。

最近ビデオカメラを購入したので友達とふざけて自分たちの飲んでいる場面を録画して見た。



次の日に映っている自分を見て僕は愕然とした。



なんて自分の思っていた自分と、モニターの中の自分に違いが有るものかと思った。

その時初めて自分を客観的に見ることが出来た。



よく、テープレコーダーで自分の声や歌っているところを録音するとがっかりするという話を聞くがビデオカメラだとなおさらだと思う。



自分では自然だと思っていた声のトーンや話のテンポ、目線の移り方、姿勢や動き、どれもモニターの中の自分は不自然に思った。




次の日から徹底的に自分の理想の自分に成るように気を付けた。

目線や姿勢、呼吸の速度、目元の筋肉の動きによって人にどういう印象を与えるかまで研究した。

それはそんなに難しいことでは無かった。すぐに直った。「僕はこう有りたい!」という意思が強いんだと思う。



そうしたら今までの漠然とした不安感、コンプレックスなどがほとんど吹っ飛んでしまった。



僕には今まで一人でいる時に急に絶望感がこみ上げてきて「俺はバカだ!」と家族や他人にギリギリ聞こえないくらいに叫んでしまう音声チックhttp://health.yahoo.co.jp/katei/detail/?sc=ST110310&dn=2&t=key

があったがそれもほぼ完全に治った。



やっと自分の求めていた物が見つかった気がした。



今まで漠然とした自信の無さから本当にいろいろな事をしてきた。


酔いつぶれるまで毎日酒を飲んだり。ギャンブル依存症になったり。がむしゃらに勉強してトップ校に合格したり。そこを中退したり。苦手な職業にチャレンジしたり。人に感情をぶつけたり、卑屈な態度をとったり。



コンプレックスをバネにしていろいろ頑張ったり、失敗したりしていたが今までの自分がどこか他人のような気がしてきた。



これからは不安定からではなく安定から自分を向上させていけたらいいなあと思う。




誰だか忘れたが有名な哲学者の言葉で「成長とはまず自分を見つけ、次に相手を見つけ、さらに相手の目で自分を見ることだ。」という言葉が有ったがその意味が今なら解るような気がする。



でもなんとなく僕の成長はここで止まるのかもしれないという不安感もある・・・。



もっと書きたいことはあるが長いのでまた今度書こうかな・・・。

最近、よくネットやテレビで従軍慰安婦はなかったとか南京大虐殺はなかったとか、そういう情報を見る。



今の日本の歴史観は敗戦国だからぼろくそに言われているってのはあると思う。


さらに欧米にとっては日本はアジアの脅威だ。最近中国がかなり台頭してきたが日本は未だに全世界でナンバー3のGDPを誇っている。さらに4位はドイツだ。ヨーロッパの国々はドイツ以外日本の半分のGDPもない。


だから欧米は日本をアジアの中で孤立させたほうがいいと思っている。


日本人が世界の歴史観に異をとなえるのは当然のことだと思う。




でも僕は、歴史というものは勝者の歴史であり、それはどうしようもないことだと思う。




日本が中国と手を組むことは無いだろうが、他のアジアの資本主義国と密接な関係を築き大東亜共栄圏を平和的にやられたら世界の中での発言権が大きくなり欧米にとってまたやっかいな問題が一つ増えてしまう。



だからこの点で中国、韓国、欧米の歴史認識の利害は共通している。




日本人としてそれに反発して、自国に誇りを持つことはもちろん大切だと思う。




でも最近のネット右翼や一部のテレビではただ右翼的に事実を再度捻じ曲げて短絡的な発想をしてるように思う。





テレビに出ている有識者の右派の方々は多分、今までのやや左派一辺倒の歴史史観に対して異を唱えるためにかなり右よりの発言を行い、ある意味プロパガンダをしてバランスをとろうとしているような気がする。三宅さんもたかじんのそこまで言って委員会でかなり右派的な発言をしているが「歴史は勝者の歴史だから変えなければいけない。」と言う趣旨と取れる発言も今まで何回かしている。(委員会では従軍慰安婦と南京大虐殺はなかったというような方向で番組が構成されている。というより無かったという意見の人が集まっている。)




でもテレビに出ている評論家などの考えはまだ納得できる部分も多いがネットで愛国心などをうたっているサイトを見るとかなりひどい内容の物が多い。



まるで左翼が右翼をおとしめるために作ったようなサイトに見えるがそれらのサイトに対する反響やコメント、掲示板などから判断するに一部の人達からは賞賛されているみたい・・・。




ちょっとそれてしまったが僕が言いたいのは、今の世界の中での日本の地位を変えないと歴史認識は絶対に変わらないと思う。



なぜ歴史認識でここまで日本がいじめられるかといったら世界の有力者にとってその方が都合がいいからだと思う。



そりゃあ、日本は戦時中ひどい事はたくさんやった。でもそのころ欧米はアジアを植民地にしていて植民地じゃない国は日本とタイしかなかったし欧米のアジアに対する支配は日本よりひどい部分もたくさんあった。



それに従軍慰安婦はあったかとか南京大虐殺はあったかとか今となってはわからない。




世の中には数年前の事件や史実ですら冤罪や疑惑の事件がたくさんある。




イラク戦争も正義か悪かわからない。




だから歴史認識というものは残念だが強いものに都合のいい歴史認識が正解なんだと思う。





今のところ日本国民は自国に誇りを持つために自虐史観は辞めるべきだと思うが世界的に見れば日本は悪だということを甘んじて受け入れるしかないと思う。





僕はこれから日本という国を誇り高い国にするためにはアジアの資本主義国と仲良くしていくことが大切だと思う。


アジアの国々は今後そこそこ広いの国土面積と人口からアメリカに切迫する国力を築く見通しがたってるから。



(この記事は今後修正したりするかもしれません。まだ自分の中で意見がまとまってないので。