※セリフは本編のとおりではありません。
1979年 監督 今村昌平
榎津巌 緒方拳
榎津鎮雄 三國連太郎
榎津かよ ミヤコ蝶々
榎津加津子 倍賞美津子
浅野ハル 小川真由美
浅野ひさ乃 清川虹子
ほか
映画の冒頭で印象的なシーンがある。
時は戦時中。
長崎の五島で漁師をしていた榎津一家。
軍は敬虔なクリスチャンである集落からのみ、船をむしり取るように徴用しようというのだ。
不公平を訴え軍と交渉していた鎮雄を遠目に見ていた巌は、棒切れを拾い上げると子供だてらに軍人に殴りかかった。
でたらめな生き方しかできない男は、何かに扮する能力に人一倍長けていた。
愛嬌のある笑顔、人たらしのする会話で人を騙し金を盗る。
すっと他人の気持ちの隙に入り込み、巌に魅入られた人間は突然殴られ、刺され、断末魔の苦しみに遭遇し、初めて今まで話していた相手が悪魔だったことに気付く。
2人殺害の容疑で手配された巌は浜松に逃げ、そこで京都大学の教授と名乗って売春宿に寝泊まりする。およそミスマッチな取り合わせだけど周囲の者はころりと騙される。
売春宿を切り盛りする浅野ハルは愛人稼業の女で北村和夫演じる旦那がいた。
同居の母は殺人で服役した過去があり、夜な夜な客の夜伽を盗み見するという悪癖があった。
そこに逃げ込んだ巌はハルと懇ろになり、やがて自分が殺人の指名手配犯であることがばれてしまう。
競艇狂いのひさ乃を競艇場に誘い出し掛け金を奢ってやる巌。
いつも負けばかりのひさ乃が珍しく6万勝って、その金を巌に渡し・・・
「この金をくれてやるから、どっかへ逃げてくれ」
そう言うが、巌は金を受け取らない。
競艇場からの帰り道、後ろからひさ乃の首を絞めようと近寄ると、ひさ乃もそれに気づく。
「あんた、人を殺して、そのあと気持ちはスッとしたかい?」
ひさ乃が尋ねると巌は答えた
「いや、スッとしたことは一度もねえな」
「あんた、そりゃ、本気で殺したいと思った人間を殺してないからだね。」
ひさ乃が言うのだった。
旦那に折檻されて辱められるハル。
「お母さん助けて」と請われても生きるために辛抱させるひさ乃。
「あんたの子供を産みたい」そう言ったハル。
巌が殺人犯であると知っても、ハルは巌が自分を幸せにしてくれると思っていた。
台所で白菜の漬物を漬け込んでいる最中の出来事だった。
「四日もすればおいしく食べれる」そう言ってビールを飲んでいたハルを巌は絞殺した。
ハルの哀れな死体を押し入れに隠し、留守宅で起こったことを露程も察することのなかったひさ乃も手にかける。
散々世話になった親子の持ち物一切合切を質屋に売り払う・・・
悲惨極まりない物語。
映画の終盤、巌と父のこんなやり取りがあった
巌
「あんたは俺を許さんか知らんが、俺もあんたを許さん。どうせ殺すならあんたを殺しゃあよかった。」
父
「お前に俺は殺せない。お前は親殺しのできる男じゃない。」
巌
「それほどの男じゃぁないってことかっ!!」
父
「恨みも無い人しか殺せん人間なんだ お前は!!」
巌
「ちきしょう!!あんたを殺したい!」
このセリフこそが、榎津巌が殺人鬼となった理由なんだと思う。
キャストを見てもらうとわかるが、巌の母役はミヤコ蝶々が演じている。
あのエネルギッシュな稀代の人物が、自身の病気がちな体を憎み、夫が嫁と寝るんじゃないかと恐れている妻という役どころ。
思うにそれだけ情念が強い女性像を描きたかったのではないだろうか・・・あくまでも私の勝手な推測
父は倍賞美津子演じる嫁の加津子が、自分に思いを寄せていることを知っている。
嫁の美貌におののき、嫁に手を出さぬよう冷たい井戸水を浴びて耐えている。
神様に背かぬよう、お天道様をまっすぐに拝めるよう、必死に踏みとどまる。
その強さを称えるべきなんだろうけど、どうしてか父を清らかな人間とは思えない。
周囲を散々苦悩させ、苦しめておきながら、自分だけはご正道を歩いている。
巌は父のその在り様が許せなかったのかもしれない。
許せない父に終生どうしても勝てなかった。
ブログの冒頭に紹介したシーンは、父が巌の子ども時代を刑事に説明するために回想したシーンだった。
『本当に殺したい相手を殺していない』巌が、唯一、本当に殴りたい相手を殴ったできごとだった。
殴る行為はいけないが、お前の気持ちはわかるし、お前をあんな気持ちにさせてすまなかった・・・
もし、あの時、巌少年にそう父親が話していたら、巌の人生は違ったろうか?
凄い俳優陣に圧倒された。
緒方拳も三國連太郎も小川真由美も・・・すごい。