人生いつまでも若葉マーク

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ここでは、日常思ったことを綴っています。過去のことも含まれるので、若干見苦しいかとは思いますが、発信することが私には大切だと感じたので。

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今も昔も「最近の若い者は」

さて、またしばらく空いてしまった。こちらのブログには慣れていないので、住み分けに苦慮致します。

他のSNSではかけない内容だと判断致しまして、こちらに書きます。


比較的お若い方の印象を強く感じるが、礼節に関して何を感じて言動されているのかに悩むことがある。
別に、精神根性論を振りかざすつもりはない。それは過去の遺産だと思う。
現在で解釈するところの忍耐であろうか。

しかし、精神性に関しては重要であると思う。
様々な人がいて、価値基準も異なる。何に重きをおくかも十人十色だ。当然である。
しかし、礼節はどうであろうか?

知り合いになり、顔見知りになり、プライベートでも行き来する間柄になると、お互いの培ってきた様々なものをシェアすることが出来る。
そんな中で、例えば誰かを紹介する、何か頼みごとをする等の場合に、メールやSNSを使用するのだ。

もちろんケースバイケースではあるものの、基本的には人に物をお願いするときは、最低でも電話をするのが筋ではなかろうか?
そして、どういう形でもそれらが終わった後にはお礼をすることが必要だと思う。

私は頭が硬いのだろうか?
昭和的な考え方なのであろうか?

「最近の若い者は」と最初に言われたのは平安時代での文献であると習った。察するに、いつの時代も、そのような思いをする方々がおられたのであろう。

便利さゆえの弊害であろうか?インターネットにはたくさんの情報が日々更新されている。
それらは、知識であって知恵ではないと考える。叡智には程遠い。

書籍に至っても危惧があったようであるが、本を書く作業には時間を費やし、何度も書き直し出来上がる(昨今の事情は分からないが)
しかし、インターネットによる文章には、どこか作為的な部分を感じたり、利害が合ったり、誰かの引用が存在しているような気がしてやまない。

それを鵜呑みにして「知った気分」になっている人達が多いように感じる。
体験するのと知識で得たものでは、次元が異なる。まぁ時代背景もあるので、一概には言えないが、私の周りにはこと多い。

義理人情はやはり大切な気がする。一見面倒なようではあるが…(地域性や個々人の境遇も大きく左右するが)

ともあれ、私の悩みのタネなのである。