モラトリアム人間 | Thinking and Sinking

モラトリアム人間

どうしても開かなければいけないカードが目の前にあって

この場合開くことが絶対に正義であり

だけどどうしてもその正義を行いたくない場合

人はうだうだとその決断から逃げる。

モラトリアムに、甘えてしまう。




「いつかはやらなきゃいけないの分かってるんでしょ?」

「だったらできるだけ早く動いたほうがいいじゃない!!」



と、その理論は心底正論で、心底共感できる。

だけど、その正論に共感しながらも、それでも「なにもしない」というラクな選択肢には、共感も正論もねじまげてしまう強力な魅力がある。




友達の彼氏が浮気しているようで、だけど友達はそれを確かめるのが怖いと言う。

彼の家にメイク落としみたいなものがあったけど、怖くて確かめられなかった。

彼の家に女とのプリクラみたいなものがあったけど、怖くて確かめられなかった。

と、言う。

そんなの確かめなきゃいつまでもじわじわ不安で苦しむことになるよ、つらくても今はっきりさせなきゃだめだって。

と、私は行動を促す。

でも彼女は動かないのだ。

もう、何年も。

信じられないと思う。




だけど、私はまったく同じことを、人生においてしている。

恋愛においてモラトリアムな彼女と、人生においてモラトリアムな私。

実に似ている。





動かなきゃいけないことは分かっていて、だけど「なにもしない」ほうに逃げ続けて、ズルズル先延ばしして甘え続けて、今じゃ頭に霞がかかったみたいに、なにもしたいと思えないし何をしていても楽しめない。

「どうしたらいいのか分からない」という言葉はとっても卑怯だ。

答えが出るか出ないかは問題じゃない、出なくても「分からない」と投げ出さないで考え続けるしかない。

だけどもう長いこと無気力の中から立ち上がれない。

この無気力には正体があるんだろうか?

それとも、私が作り出した勝手な幻影だろうか?





開かなくてはいけないカードを開くことを、心と頭と体が全力で拒否する。

共感できて励まされる自己啓発の本にいくら涙しても、占い師の前で心情を吐露していくら涙しても、仲のいい友達に慰められても、そういった刺激で心は何回も何回も生まれ変わるけど、結局行動に、結びつかない。

磁石が反発するように。

最近流行のプチウツとやらのせいにするのは馬鹿馬鹿しいと思う。

私はストイックな人間ではない。

甘えと言い訳と性格。

それが今の私のすべて。







では、これからどうしよう。

自分に定めたタイムリミットが迫っている。

今度こそ、守れるだろうか?

0が1になるだろうか?