ゼロ地点。目黒。 | Thinking and Sinking

ゼロ地点。目黒。

目黒の商店街の、なんでもない看板を見て、そのユーモラスな風合いを伝える相手が隣にいないことに、すごくさみしくなって、そしてようやく気づいた。

思いを伝える相手が隣にいてくれることだけが、一番の願いだったのだなぁ。

それ以外の「ああしてほしい」「こうしてほしい」「なんでこうしてくれないの」は、すべて余計な願いだった。


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昨日、久しぶりに彼と大喧嘩をした。

今日は携帯を持たずに会社へ出かけ、2~3の用を済ませた後、目黒の庭園美術館に行った。

企画展示である「北欧のスタイリッシュデザイン展」を見たあと外に出ると、夕方の曇天。


うすら生暖かい風に吹かれて、庭園内の大木群がその巨体を繊細に揺らしていた。

灰色と、濃い緑の対照に、私は胸がざわざわして、落ち着かない気分になった。


まっすぐ帰れずに、駅の反対側、目黒通りをぶらぶら。


そしてレトロな商店街の感傷に。そこの人の生活のにおいと、その中でまるで孤立している自分に。夕方という時間がゆえに目の前にかかる、灰色のフィルターに。目黒のいたるところの上空にぽっかり開く、都会とは思えない「だだっぴろい空白の空」に。誰ともその面白さを分かち合えない、一人で発見したユーモラスな看板に。



すべてに私はえもいわれず強い強い不安を感じた。

強い孤独を感じた。



こういう、えもいわれぬ不安は、それでいて実は浄化作用があるように思う。


火事のときに本当に必要なものだけ持って家を飛び出すように、

こういう不安のあるときには、シンプルに本当に自分の大事なものだけがきわだってくる。

そして、今まで絶対!と望んでいたものの多くは、余計なものだったと気づく。



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家に帰ると、置いていった携帯電話、彼からの着信があふれていた。


会って、お互い謝って。


そして、目黒の街中で今日見つけた看板のユーモラスな風合いを心置きなく彼に伝えた。





おそらく私はこれからも、大事なものは何かをたびたび忘れるだろう。


そうしたら、自分の心が欲と決め付けでうずまいたら、また曇りの日の夕方目黒に行こう。