諸君、ご壮健かな。
首里城。
ここは琉球王国の城の中で最も大規模な城。多くの王が政務に励んだ。その威風は、琉球の民の尊敬を集めたという。
築城から600年経ち当然のように。
首里城「跡」は世界遺産。
なぜ「跡」か。
第二次世界大戦時、この地下に陸軍の地下壕が作られた籠った。当然のように連合軍の砲火にさらされたが、陸軍は驚くほどの戦術で耐えた。
しかし陸軍は多くの死者を出し、残る海軍の援護のもと、南方へと転進していく。その時歩行不能の傷病兵5000人が、自決したという痛ましい事件も起きた。
こうして数々の遺構は破壊された。沖縄はどこに行っても沖縄戦の爪痕が残る。それだけ哀しい戦闘が繰り広げられたということだ。
戦後その跡地に、琉球大学が建てられた。ひらけた国有地はここしかなかったから?とは思いながら、なぜここに?そう安易な行政の思考にそう思わざるを得ない。
しかし民衆の敬慕の思いは残っていた。そのうねりは各遺構の債権はつながり、琉球大学の移設となった。
そうして再建された首里城。
今、また建造されている。
令和の大火災で失われた建物は、再建不可能と言われた声を吹き飛ばし再建され続ける。
沢山の災厄に遭ってきた沖縄。
それをくぐり抜けた民衆たちの熱情は、尽きることはないのだ。
展望台に登ってみる。
明るくのんびりした人たちの街。しかしそれは多くの哀しみを癒すための自己防衛なのかもしれない。
帰り道。
あ。
意図せず手に入れたマンホールカード。
ふとした幸運がまた嬉しい。