寂しくて寂しくて。
小さい頃は言いたくなかった言葉。
卒業式でも言えなくて。
じゃあね、とだけ交わして会っていない同級生たち。
でも祖父が亡くなったとき、初めて人の死に立ち会ったその時に思った。言わなければならないと。
なぜだろう。
幼すぎた自分には分からなかったが、ある程度齢を重ねた今になって、少し分かる気がする。
さよなら。その言葉は相手にいいながら、実は自分に向けた言葉。
もう会えないこと。それを受け入れるべく、納得するべく、気持ちの区切りをつける言葉。私はそう理解している。
多くの思い出があればあるほど、受け入れがたい現実を飲み込むための、いわば儀式なのかもしれない。
あ!
街で偶然声をかけられたかつての同級生。わずか数日の東京滞在で、針の先のような点の時間と場所で会った君は言う。
「今度来たとき、呑みにいこう」
あの時あの場所を共有していたあの笑顔と、全く変わらない君はそう言う。
「もちろん」
私はそう言って軽く手を振る。そしてあの頃のように、またこう言うのだ。
「じゃあな」
歳をとるのも悪くないかもしれないな。
なーんてな。