2ndシーズン第20話「アニュー・リターン」にて、恋人アニューがイノベイターを名乗る者の一員である事を明確に突きつけられたライル・ディランディ。以前から様子がおかしい事は気付いていた。アニューの意識が茫然自失状態となり、その目が異様に光を放った後は、必ず敵からの攻撃があることも気付いていた。アニューに過去のことや家族の事を聞いても何も答えられないことも知っていた。それでも、何かの間違いであって欲しかったし、例えアニューが何者であったとしても、敵を倒して戦いを終わらせてしまいさえすれば、全てはどうでも良い事になると思っていた。他の誰にも気付かれることなく、自分の胸の内に封じておけば、どうにかなると信じたかった。


しかし、その思いはあえなく潰えてしまう。捕虜としてリヴァイヴというイノベイドを艦内に連れて来た事で、全てを穏便に済ますことは無理となった。リヴァイヴの脳量子波によるシグナルを受けて、封印されていたアニュー本来の記憶や人格が覚醒させられたのだ。アニュー自身が自ら「だって私は、イノベイターなんだから」と名乗ってしまった以上、もう誰も誤魔化しようがない。何事も起きない事を祈ってはいられなくなったわけだ。


アニューがCBを裏切って逃走する。自分のもとから離れていって、自分と敵対することになる。アニューに心からの愛情を感じていたライルにとっては、これは身を引き裂かれるようなことである。実はこの時点で、ライルにとって一番大切なモノはアニューであったに違いない。ライルにはもう愛すべき家族はいない。最後まで生き残っていた兄でさえも既にこの世にはいない。ライルは元々カタロン所属であり、カタロンの仲間には強い愛着も友情も信頼も感じてはいたけれど、それでも我が身の全てを捧げるほどの肩入れではなかった気がする。CBのメンバー達にも次第に仲間意識は芽生えて来たし、戦友としての信頼感も強まってはいた。しかし、本来カタロン構成員ジーン1として、CBを利用する為に潜入したのが始まりだ。まだ、CBを自分の一生を過ごす場として感じるほどでもなかった気がする。


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アロウズの奴らをぶっ潰す事よりも、地球連邦の悪政から世界を解き放ち平和にすることよりも、ライル個人にとっては、アニューとの恋愛の方が本音では大事だったような気がする。ライルは元々、正義の味方として我が身を戦いに捧げるほどのつもりはなかったと思う。自分が連邦やアロウズと戦うのも、そこまでのご大層な思いじゃないと自分でも思っていたはずだ。CBの戦争根絶の理念とか、兄の遺志を継ぐとかも本当はどうでもいい。勿論、出来る事なら世界は平和であって欲しいし、無慈悲な弾圧等で亡くなる人々が出ない世の中にしたいとは本気で願っている。でもライルは、自分は刹那やティエリアのようにはなれないし、別になりたくもないと思っていた気がする。カタロンのジーン1として活動する自分も嘘ではない。ケルディムのガンダムマイスターとして戦う自分も嘘じゃない。でも、ただの一人の男である自分の幸せも要らなくはない。ライルはアニューの裏切りが明確になった時点で、自分の身の振り方を内心では迷っていたような気がしている。


出来れば自分は誰も裏切りたくはない。出来れば世界平和の為に戦う自分の覚悟を守りたい。でも、自分自身の正直な気持ちも捨て切れない。何よりも最愛のアニューを失いたくはない。それが例え自分の敵となる相手だとしても。


アニューはミレイナを人質に取り、ダブルオーガンダムを奪って逃げようとしている。あの取り澄ましたイケ好かないリヴァイヴとかいう野郎と一緒に。ライルはそんなことは絶対にやめさせたかったに違いない。特に、女の子を人質に取るなんて、アニューらしくもないし良くないぞと。とりあえずどうにかしてミレイナを助けたいという気持ちは本気だったと思う。ミレイナに銃を突きつけるアニューに対して、「やめとけよ!アニュー」と語りかける。「俺を置いて行っちまう気か?」とも。


ライルはアニューの中に、自分がどれだけの存在感を今でも残しているかを知りたかっただろう。今までのアニューは全て嘘だったのか?これまで交わした言葉や思い出の記憶は全て消え失せてしまったのかと。しかしアニューが「私と一緒に来る?世界の変革が見られるわよ?」と答えるのを聞いて、少なくともこれまでの記憶は消え失せてない事は確認出来た。そして、一緒に来る?という言葉から、他のメンバーよりは自分を少しは特別扱いしてくれてることも。

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「私と一緒に来る?」という、アニューからの冗談半分にも聞こえる軽口の誘いに対して、ライルはそこに半分以上は本気が含まれていることを察していた気がする。ただ、だからといって、ミレイナを人質にしたままというのはいただけない。それに、世界の歪みの根源である、自称イノベイター達にすぐに乗り換えるような自分でもないという自負もあっただろう。ここでライルはひとつの掛けに出る。敢えてアニューの誘いに乗った形で、「オーライ、乗ったぜその話。おまけにケルディムもつけてやるよ」と、ライルらしい軽妙軽薄な言葉を投げてみる。「そういうわけだ刹那、今まで世話になったな」と刹那に目配せして。恋人アニューの誘いに乗って、CBを裏切ると言うライル…これが、ライルならやりかねない?という雰囲気を醸し出せる点が、ライルらしさという気もするのだが。

小説版によると、この時ライルの心の中では、二つの選択肢が平行して存在していたようだ。刹那がライルの目配せの意味を理解して、ミレイナ救出の為に演技に乗ってくれればCBに残る。もしも刹那が何も察知せず、ライルを信じてアクションを起こしてくれなかったら、そのまま本当にアニューと共に去ってしまうと。つまり、ライルにとっては、どちらも捨て難い選択肢だったという事だと思う。自分の決意として最初から揺るがぬのではなく、どちらに転ぶかの決定をギャンブルに委ねた。これはどちらでも良いという軽さの意味ではなく、ライルにとってはどちらも苦渋の選択だったような気もする。瞬時に決断しなければならない状況だが、瞬時に決められるほど簡単じゃない。だから、瞬時の掛けに命運を委ねた気がする。本当は、アニューと共にCBに残って、これまで通り戦うというのがライルにとっての最良の選択だったのだが。


結果的には、刹那はライルは裏切らないと信じたし、ライルの目配せをミレイナ救出のシグナルだと察知した。刹那の誘いでマイスターとなる道を選んだライルは、この時も刹那に自分の進む道を賭けて委ねたとも言える。自分の私欲と使命のどちらを選ぶか?ライルは一応使命の方を選ぶ事となった。自分には敵と戦う覚悟があるはずだと言い聞かせて。