1週間が終わりました・・・。

今週はリズムで奮闘した1週間でしたねぇ。


嬉しい姿をみることができたり
悲しい現場を見てしまったり
苛立ちが諦めに変わりそうになったり
結局苛立ちをぶちまけてしまったり

色々起こっていますが、
なんだか自分から少し動き始められた気がして、
だからこそ、ついてくる
様々な出来事やら問題やら感情やら、に
ちょっと充実感を味わっているのも、間違いありません。

いや、色々起こっていると思っているのは、
私だけなのかもしれませんけどね~。
毎度のことですが。

いいんです。それで。

ウズ風に流されることもなく、
日本風を押し付けるわけでもなく、
そういう風にやっていこう、
というのが、やっと実感で学べた頃なんです。

しかし・・・・
今週は暑かったなぁ・・・・。

リズムで体を動かすから、余計に。

当たり前なんですが、
冷房とか扇風機とか無いので、
自然の風だけが頼りなんですけどね、

その自然の風を取り入れる、大事な窓が
音楽室の窓が・・・壊れてしまった。

誰だ~壊したのーーー??!
もしや・・・・私??

今日、開けようとしたら、
窓のガラスを挟んでいる2枚の木枠が下半分分裂!!
木片がぱらぱらと降ってくる・・・。

完全に分裂する前に、あわてて閉じましたよ。

前から、下の方分裂してるなぁ、とは思っていたんだけど、
開けられなくなるまで、来てしまっていたなんて・・・。

あれ、やっぱり、音楽室の窓のとどめをさしたのは、私??


どうやって、直そうか、ドキドキしています・・・。
釘打ち込んだらいけるかなぁ・・・。


嬉しい報告もありました。

数週間前から、クラス担任の変更が会議で伝えられていて、
長らく一緒に組んできたクジーから、
私のなんとな~く苦手なグルチェフラおばちゃんに変わる、
とのことで、
またスタイルに慣れるのに時間かかるなぁ・・・
と、暗くなっていたのですが・・・。

月曜日!!
クジーから!!
「クラス変更の話無くなった~」
「一緒にまた1年働けるわよ~」
「嬉しい! あなたも嬉しいでしょ?」
と、報告がありました!!

担任みんなが、
「今のクラスがいい!」と駄々をこね、
日本では考えられないことに、
それに園長が折れたらしく、
クラス担任は、全部そのまま変わらないそうです。

園運営としては、
クラスの受け持ちが何年も固定されるのは、どうなんだろう??
とも思いますが、
まことに自分勝手ながら、
私がこれから活動していく上では、非常にありがたい。

残り1年しかない活動期間を、より有効に使えます。

本音:
ミヤスがいなくなった上に、
クジーまでいなくなったんじゃあ、
私が1年コツコツ積み上げてきたものは、
なんだったんだ~~!!


来週から休みをとって、またもやタシケントに上がります。
今度は私用ではなく、オフィシャルで。
ビザとアクレジカードの更新に行ってきます。

この話をすると、みなさん
「ウズにきてから1年たったのねぇ」
「あと1年後には帰るのよね」
という話になります。

8月1日で、園に来てからも1年が経ちます。

園長からも
「もうすぐ1年がたつのね」
「ものすごく早い1年だったわね」
「あなたにとってはどうだった??」
と聞かれました。

正直言葉に詰まりました。

「もう1年かぁ」とは思うのですが、
「あっという間に過ぎてしまった!!」とは
とうてい感じられないんです。

私にとっては、
長い長~い1年でした。

指折り日本に帰る日を数えたこともあったし、
私のここでの意味って?? と嘆くこともあったし。

嬉しい出会いや発見も沢山あったけれど、
悩みや苦悩も尽きない1年でした。


日本を経った2012年のお正月から
「5年日記」なるものをつけていて、
今までは、
「去年の今頃、日本でこうしてたなぁ」
「あ~、日本の職場では・・」
なんて、はかなく思い出してみたりしたんですが、

今年の6月20日からは違います。
毎日、日記を書くたびに、
「あ、もう来年の今は日本にいるんだ」
と。

来年の今頃、私は何を考えているんでしょう?

一応現職なので、元の職場で働いてはいると想像するのですが、
どこにいたとしても、
きっと、ここウズベキスタンで経験したことが、
職場でも普段の生活でも、絶対役に立てられていると思うんですよね。

必ず、ウズベキスタンから持ち帰った経験から
私は自分の中に、良い変化をみつけられると思う。

そう考えると、
私がもらってばかりでいいのか? と。
ここの同僚たちに、何か残していける、
良い変化はないのか?? と。
焦りだしてくるんです。

私は、ここで2年の~ん気に優しくしてもらって、
あ~だこ~だ、巻き込んでいって、
自己満足だけで帰ってしまうのか? と。


苦悩も一方通行の感情にモヤモヤしたりもするけれど、
できる限りのことはやって、日本に帰りたい。
そう、思っている今日この頃です。