ネットに繋げなかった間のことを書きます。

6月21日。

ウズベキスタンホテル泊

ベランダに繋がるドアが壊れていることに気づく。

外に出ようとしなければ問題無いので、スルー。

JICAウズベキスタンスタッフのオディールさんに、ош хона(食堂? カフェ?)連れて行ってもらう。

美味しそうなので、ラグモン(スープ麺)やら、肉類やら食べまくる。

夜、ロシア料理屋に同期みんなで行ってみる。

ロシア語しか分からない女の子の店員を困らせていると、英語が分かる店員が出てきてくれる。ぐんちょ、英語全く分からず、戦力外。食べる専門。

ペリメニ(ロシア風餃子)が気に入る。

6月22日。

UJC(ウズ日本センター)を案内してもらう。

ここで、1か月ウズベク語を習う予定。

が、案内の途中で、何の前触れもなく体調悪化。

暑さにやられたのか、疲れが出たのか、ич кетал(下痢)状態に。

できればずっとトイレにいたい・・・と思う。

夕食は自重し、パン一個。

6月23日。

前日まで、パソコンの充電が上手くできず、Kちゃんに違うプラグを借りて、やっとfull充電できる。

が、早起きしてホテルのロビーにて、無線LANに繋げようとしたが、まったく繋がらず・朝食までの1時間粘るが、諦める。

オリエンテーションは午前で終了。

昼食後、14:30より、私・Aちゃん・R君・U兄さんの地方隊員組の、タシケントでのホームステイ先に移動。

それぞれ別のホームステイ先に送られる。

私が1番センターから近いので、1番目に放り出される。

5歳と3歳の子どもがいる家庭。

お母さんは私の一つ年下。

めちゃくちゃ広い部屋を私の部屋として、提供される。

荷物を置いて、食堂に行くと、置いてあるスイカを「олинг Олинг!(おりん! おりん!)」とすすめられる。

「生の果物・野菜はまだ怖いんだよな~」と思うが、断れず。

1つ食べ終わったところで、また「олинг! Олинг!」と言われ、計4切れ食べる。とても甘い。

18時ごろ、父さん帰宅。

食事後、外から用水路で冷やしていたと思われる1/2スイカを持ってきて切る。

8切れぐらいずつ2皿に盛りつけ、1つの皿を私の前に置き「олинг! Олинг!」。「муздек!

一切れ食べて、「кориним тук!」と私が言うと、目を見開いて驚くお父さん。

5分後、さっきの会話は無かったことになったのか、また「олинг! Олинг!」。

断れず、さらに2切れ食べたところで、「сизга бердим」と私の前の皿を指して言うお父さん。

どうやら、1皿全て、私の為に切ってくれた様子。

やけになって残りの5皿一気食い。満足げなお父さん。

夜、全くお腹痛くならず、ぐっすり眠る。

食事の後は、子どもたちが私の部屋になだれ込み、そこらじゅうを物色。

好きなようにしてもらう。

が、パソコンと三線と文房具関係には鍵をかけておく必要あり。

壊されそうなもの、無くされたら困るものは、スーツケースに入れて鍵をかける。

絵本やら、保育雑誌など多少どうなってもいい物を、あえて見えるところに置いておく。