電気刺激

 誤報であっても、電気刺激によって色盲を治そうと努力した人々のあることは事実である。 先に述べた「サンビスタ」がそうである。
 ニュートンが、その著『光学』の中でプリズムを使って太陽光が七色の色光になり、光の拡散や屈折などについて発表すると、ワイマール市長となっていたゲーテが大著『色彩学のために』
(ZurFarbenlehre.1810)の中で、多くの実験を示しながら「ニュートン光学理論を暴く」
(Enthullung der Newtonischen Theorie)と題して強烈な批判を行った。 その要点は、ニュートンは光の性質についてのみ研究しているが、その性質を導き出すために使用した用具の性質を無視しているのは納得できない」というものであった。

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 色盲について言えば、色光の研究と色覚の研究との両面の研究が必要だというのに等しい。 色光という物理的な存在と、生きている眼球との関係の中に研究課題があるというわけである。
 こめかみに電極を当てて通電すれば色盲が治るかもしれない、という考えが有望なものとされるまでには、そういう期待が生まれるような電気生理学的実験が行われている。
 電気生理学の確立に最も貢献のあったのはシェリントン卿(Sir Charles Scott Sherrin-
gton 1861~1952)とイギリスの王室科学研究所長エイドリアン(Edgar Douglas Ist Baron Adrian.1889~)で、ノーベル医学賞の受賞によっても明らかである。

 生理学研究においてベル音と食事を組み合わせて条件反射を形成するパブロフの条件反射学のように外界からの刺激が内界に与える影響の研究が一般的な気運となっていた当時、感電死や落雷氏による死亡事故が多く、また重罪犯の逃走を防ぐためや、秘密物件の盗難予防のために高圧電流を流すサクなどを設けるように、電気と人間の関係において、人体への有害な面を医学の領域で研究する必要に迫られていた。 筋肉に通電して、その収縮や士官が電気の強弱に関係あることを発見したり、感電して意識を失うことを応用して精神病者を感電失神させ、意識が戻るときに精神病が治るかもしれないという試みが、世界中の精神科医によって日常的に繰り返された。

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 エイドリアンは上図のように、光と視覚の電気生理的関係を実験によって明らかにした。
 暗室の中で光を断続的に見せると、視覚野のある後頭部の皮膚の上から脳波記録が得られる。
その記録と光の刺激が同じリズムとなることをエイドリアンは確認することに成功した。 
 このことは、光を受け取った視覚が大脳後頭部の視覚野に電気信号を送ったことになる。 これは眼球・視神経・視放繊、視覚野を結び付けている神経が電線に似た役割を負っていて、そこを微弱な電流が流れるということを意味している。 物理化学的に言い換えれば、光電変換が行われているということである。
 エイドリアンの研究から導き出されるアイデアは、当然のことながら、色光に対してどんな脳波が得られるだろうかということであろう。 1950年、チャングは色光を見せて、その反応を知ろうとした。 だが、色の光の刺激は、あまりにも微弱で、後頭部に脳波として記録できなかった。

 大脳を保護するために、皮膚は厚く、頭蓋が覆い、膜に包まれた、その内側に視覚野がある。
そこに起こる極微弱な静電気を記録するためには、もっと直接的な方法が必要とされることが判明した。 このような諸家の実験に、かねてから強い関心を持っていたのが、東北大学医学部教授で後に学長となった本川弘一博士である。 本川教授の考え方は、エイドリアンが光が受容されて電気を記録するのであれば、これを逆にして、眼球を電気で刺激したならば、どんなことになるだろうか、極めて微弱な3ボルトの電流をマブタの横から流す。 そして周波数を変えてみたらどんな結果が得られるのだろうか!?

 この実験に必要とされる器機は、低電流を使うということ、ダイヤルで周波数を変えることができるものであること、の2つの条件が必要とされた。
 実験の結果、人間の色覚を微弱電流の周波数を変えることによって、色を知覚させることができるものだという結果を得ることとなった。 この研究によって色覚研究は点火され、本書94ページにある発言のように、どこの医大眼科教室でも本川氏の実験をまねることが一気に広まり、色覚研究の一夜漬けが眼科学会にあふれ、また、3年もたたぬうちに再び上げ潮のこない干潮のように、「色覚研究をやっております」と言う者は消え去ってしまった。

 この本川教授の実験用具で色を感じさせることができるのであるから、この原理を利用したならば、色弱も色盲も治すことができるかもしれない。 どうなるか、やってみよう!!
 本書95ページのTV記録に出ていることを再録すると・・・・高橋博士は次のように言っている。

高橋 「それはですね、今のもの、サンビスタと称する器機はですね、それを逆に使えば色盲が治るんじゃないかという考えで今村という先生がそれをやられました。 しかし今はどうも、たぶん、関教授ですね、自治医科大ですか、そこの教授であられる関教授が追試されているかも知れませんが、今の時点では効果は、公式には否定されております」
 すると本川教授の実験用具とサンビスタとは同一設計か、類似のもので、原理も形態も本川教授の仕事を今村博士が使ったもので、今村博士の業績だとは言いがたい。

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前ページに、視覚系に関する図を掲げた。 上から順に「眼球縦断面図、左眼眼筋図、視神経束と視覚野、眼球と交叉と視放繊、を示す頭部横断図」である。 これ等の図は解剖学の挿絵であるから、この外側は頭蓋骨と頭皮に包まれており、耳介が省略されている。 色盲を治すために種々な方法があり、それらの方法の中で、どんな方法が、これらの図に照らして合理的であろうか、その判断のために、欠くことのできない視覚機構なのである。

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 本川・今村両博士の用具は全く同一の原理と方法であるから、図のようにこめかみに両極を当てて、通電するものである。 この治療器機の商品名は「サンビスタ」と言う。 レシーバー状の両極を左右のこめかみに当て、箱形についているダイヤルを回して、自分で適切だと思う位置を探すというわけである。 後述するが、この器機は全国の医科大学の推薦が取り消され、おそらく数万台の売れ残り商品となってしまったものと推測される。 すべての色覚異常者が一台ずつ買ってくれるだろうと見込んだが、倉庫入りとなったに違いない。 製造会社存亡の大損失である。

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 では、色覚研究で著名な2博士の予想したような好結果が得られなかったのは、なぜなのだろうか。 「治るかもしれない」と考えて発売した側と「治ってほしいものだ」と希望した買主(色覚異常者側)の需要と供給が成立したということである。 だが考えてみると不思議な商取引である。 売り手は「治った前例がありませんが夢があります」という商品であり、買い手は欠陥商品であってもヒョッとして治るかもしれないという期待を買っている。
  こめかみから電流はどう流れるだろうか。 眼球は眼筋によって眼窩内に宙吊りとなっている。 だから眼球まで到達するには骨を通過し、眼筋を伝わって流れなければならない。
ばからしい!! 巡航ミサイルのように方向と高低を変えながら前進して求める地点で爆発できる装置をセットされているなら、皮膚上からの通電で色盲の原因となっている網膜の視細胞や顆粒に到達できよう。 だが、事実は導体を伝わるが宙吊りの眼球の内部に選択的に影響することは3ボルト程度の弱い電流では不可能である。 解剖学上、人眼の眼窩と眼筋の構造は側面からの衝撃に強い保護機構を示している。


神秘的な針・・・・・・・・・・に続く


(ドールトンの目 家庭で直せる色盲色弱  浅利 篤著   竹井出版より)