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郡山コミュニティFM【俺のお好み焼き】
-材料-
・山芋
・キャベツ
・白ネギ
・冷凍ミックスシーフード
・大豆ミート(スライスタイプ)
・ほんだし
・紅生姜
・顆粒昆布だし
・オリゴ糖
・中濃ソース
・ハバネロパウダー
①鍋に水入れて、顆粒昆布だしを小さじ1くらい入れて大豆ミートをぶち込む。
大豆ミートがふやけたらしっかり水気を搾る。
②粗微塵切りにしたキャベツと小口切りにした白ネギ、紅生姜、解凍した冷凍シーフードと先ほどの大豆ミートをボウルにぶち込む。
③山芋をすって②のボウルにぶち込む。ほんだしを小さじ2くらいぶち込んで混ぜる。とりま種完成。
④中濃ソースにほんだしを溶かした水とオリゴ糖大さじ1を入れ薄める。少し火にかけて水分を飛ばしとく。ここでお好みでハバネロパウダー入れる。
⑤③で出来た種を焼いて、④のソースを塗って完成。鰹節とか青のりとかかけて食う。
【俺のマヨネーズ】
-材料-
・絹ごし豆腐一丁
・レモン果汁100%
・オリゴ糖
・粒マスタード
・イエローマスタード
・粗塩
・チューブにんにく
①絹ごし豆腐一丁をキッチンペーパーで包んで、重しを乗せて一晩しっかり水抜きしておく。
②水抜きした豆腐をマッシャーで潰す。そこにレモン果汁大さじ2、チューブニンニク2cm、粒マスタード大さじ1、イエローマスタード小さじ1、オリゴ糖小さじ2、粗塩小さじ1を加える。ボウルの中で泡立て器で撹拌。
③②で撹拌したやつをしっかり丁寧に裏ごしして、100均で買ったドレッシング容器に入れて完成。
後は食えばいい。
お好み焼きやらたこ焼きやら、とにかく粉物が好き。でも糖尿病発覚からは小麦粉を使わずに作ってきた。今回更にブラッシュアップ、肉も大豆ミートにする事で動物性脂肪を無くす。揚げ玉も入れずに油分も極力減らした。
食物繊維の塊みてぇなお好み焼き。ポイントは大豆ミートを戻す時に昆布だしを入れる事で肉にも含まれる旨味成分のグルタミン酸を差し込める。種でほんだし、鰹節かけるからイノシン酸も合わせられるから薄味でも旨味成分の相乗効果で満足度高い。
更にシーフードミックスから海老だのあさりだのイカだの海鮮の旨味が出るからソースを薄味にしても食べ応えバツグン。
とりわけ今回試しに作って成功だったのが『俺のマヨネーズ』。
数年前の顔面麻痺で味覚障害になってからと言うもの、マヨネーズがとにかく不味く感じるようになって食べられなくなってた。まあ糖尿病にも良くないしね。
でもなんか色んなおつまみレシピ動画観るとマヨネーズ使ったレシピばっかで。こりゃマヨネーズ代わりになるもの開発しねぇとなって事で作ってみた。
酸味はレモンと粒マスタード。イエローマスタードはあくまで黄色を足すだけの存在。ほとんどが豆腐だし、油を一切足してないから罪悪感ゼロ。
味覚障害後のマヨネーズの不味さは、後に残る油感のベタつきが嫌だったからこれも解消。ほんのりの甘みはオリゴ糖でカバー。
凄く美味いお好み焼き出来た。これをおかずにもち麦ごはんを小茶碗一杯食ったら大成功。
タンパク質と食物繊維だらけ。塩分控えめ、カロリー激減。
ごちそうさまでした。
俺の病気は糖尿病、そして目が見えなくなるのはそれの合併症の『糖尿性網膜症』それが更に進んだ『糖尿性黄斑浮腫』。
今思うと初めて糖尿病と診断された時、自己流で血糖対策を『しすぎた』のが良くなかったっぽい。
今から20年くらい前か、身体の発疹が見つかった。当時の仕事の取引先のおばちゃんに、
「帯状疱疹かもしんないよ!体一周したら死んじゃうんだからね!病院行っといで!」
と言われ、慌てて近所のクリニックに行ったら糖尿病だった。発疹はただのかぶれだった。
太田西◯内病院の糖尿科を紹介された。思えばこれがまずかった。
血液検査を終え、診察室に入るとそこには若い男の医者がいた。カルテが映る画面を見ながらこちらを一切振り向かない。無言。ずっと無言。やっと口を開いたと思ったら、
「なにこれ。」
だけだった。俺が「はい?」と聞くと、また、
「だからぁ、なにこれ?」
としか言わない。意味が分からずだまっていると、
「だから、何だこの数値って言ってんの。なにこれ。」
「あのー、それを知りたくてここに・・」
「なんなのってこの数値。」
「・・それが分かればここになんて来てねぇだろこの野郎っっ!!!!」
気がついたら椅子を投げ飛ばし、医者の顔面ゼロ距離に詰め寄っていた。看護師さんに抑えられ、振り解き、診察半ばでそのまま事務局にカチコミに行ってた。
翌週日を改めて診察に行くと、違う医師に代わっていた。その場で伝えられたのは、
「即入院、これは。いつ失明したり、糖尿性昏睡ってって意識無くなってもおかしくない状態だよ。」
だった。しかし俺は翌週から旅行企画で沖縄行きの予定が決まっていたので、
「やだ。」
と答えた。すると今回の医者も、
「自分でやんの?w入院した方が楽だと思うんだけどねぇwじゃあインスリンの打ち方とか、食事制限とかの知識、今日で全部覚えてもらうけどできんの?w」
と鼻で笑って言ってきた。今回の医者は前回とは違い、目をそらさず、終始上から目線の視線で半笑いだった。喧嘩を売ってくるやつの顔は分かる。
「出来るよ。来月まで待ってろ。」
そう言うと俺はインスリンの打ち方を習い、栄養士の説明を受け、帰宅した。
思えばこの時、血液検査と尿検査だけで眼科検診はしなかった。
翌日から俺の生活は一変した。
往復7kmの出勤は全て徒歩。休みの外出も全て徒歩。ドカ食いもやめ、炭水化物を控えに控え、もともと甘いものを食わなかったが更に徹底的にお菓子類を避けた。
一ヶ月後、当時99.8kgあった体重が68kgまで落ち、血糖値も正常値まで下がった。
再診の日、今度の医者は触れたら絶命しそうなほどの老医師に代わっていた。しかも噺家ばりに陽気な口調の。これでは手が出せない、病院側の対策だろうか。待合室には、
『院内での暴力行為は犯罪です。』
とデカいポスターが足されていた。
「すごいね!どうやったの!この数字!大したもんだねぇ、ここまでやれる患者さんはそうはいないよぉ。これじゃあれだね、インスリン注射は必要ないね!明日っから飲み薬だけで十分だよ。」
これで満足してしまった。俺はこの日以来病院に行くのをやめた。
思えばこの頃から左目の視界の真ん中が見えにくい事があったが、10代の頃ケンカで左目を一回潰しているのでそのせいだと思っていた。当時の眼科医にも、「飛蚊症みたいのは年取ったら出るから。」と言われていたし。
でも違った。糖尿性網膜症は、『短期間に極端に血糖値が下がると反比例的に悪化する』んだそうだ。
でもこの時の俺はそれを知らない。食事制限をして、しっかり運動していれば糖尿病と付き合えると疑ってなかった。
健康診断でも毎回数値の以上は見られなかった。
そして20年以上経って今回言われたのが、
「病気が独り歩きしている。」
食事制限や運動量は今のままでいいらしい。少し工夫は必要になるが。
糖尿病自体はそれで安定する。
しかし目は手遅れだった。全ての診断結果と経緯を細かにAIに叩き込み、人工知能的判断を求めたら、
「20.年前の初診の段階で網膜症は発症していた可能性がある。過去の過剰な糖尿病対策の裏で網膜症は進行していた可能性も否定出来ない。むしろ20年続けてきた糖尿病対策のおかげで今日まで失明を先延ばしに出来たとも捉えられる。」
と答えられた。
結局やる事は大幅に変わらない。ただタイムリミットがある事を知ったから、出来る事を出来るうちにやるだけだ。
レーザー治療をして以来、そのせいなのかドライアイなのか白が強く感じる症状に悩まされてる。
何気に2個しか持ってないサングラス。一個はCAZALの955。
※写真撮り直すの面倒だったからネットから拾ったやつ
CAZAL丸出しみたいなデザインだから毎日かけるのどうかとおもうし、度が入ってない頃に買ったやつだからそもそもかけても周りが全然見えない。
もう一つは木彫浪漫の8-なら。
12年くらい前にこのフレームに度を入れて濃いめのカラーレンズでサングラス化させたやつ。
さすがにもう度数は合ってないけど、毎日かけるにはこれでいいやと歩行訓練用に愛用中。
したら、こんな事言われた。
©️鳥山明大先生
このやり取り双方闘病中とは思えねえな。
このサングラスでなんとか過ごしてたけど、ただでさえ右目の残った視界に頼ってるのに、度数が合ってないとなかなか大変。
例えば乗りたい路線バスの行先なんか目の前に来ても見えないし、夕方暗くなると蓋がない側溝の境目も見えない。
思い切って安めのお店でサングラスを新調した。
先日のブログでも書いたけど、本当に作るの大変だった。視界欠損だから視力測定の機械じゃ分かんないんだよね。
なんとか手探りで何度もレンズを一個一個試してもらって発注。セルフ視力測定器まで導入してるのに昔ながらのアナログな方法までしてもらって、コスパ悪い客だったろうな。スタッフさんごめんなさい、そしてありがとう。
今日完成したって連絡来たから歩いて撮りに行った。
流石に家から歩いて行ったら凄い歩行距離になった。流石に帰りはバスで。
今回も形はウェリントン、クリアフレームにしてみた。
いやあ思い切って買って良かった。右目だけとは言え遠くが見えるって全然違う。
近付いてくる人影も輪郭が早めに分かるからギリギリで避ける事が無くなるし、早めに段差とか障害物が見えるからいちいち立ち止まって道を確認する回数が減る。だか歩いててものすごくストレスが減った。
これでもっとスムーズに歩行訓練が出来るはず。
ただ、帰宅して改めて画像で自分の姿確認したら、亀仙人感は継続してるな。
先日失敗に気付いたクラフト。直後から仕切り直しているが、今日になってまたつまづいた。
一昨日まで見えていた視界が、また減った。カッティングするデザインナイフの刃先が見えない。
左目の不調に気がついたのはせんげつの3日だった。4日の診察の時点では、右目はしっかり見えていた。
「滝が落ちるように悪化する。」
お医者に言われた通りだ。
7月10日に入院さた時点では、
「なんとかこのまま右目の視力は残ってほしい。」
って気持ちで入院したんだ。5日後の外出許可で外に出たら、右目の視界にも見えない所がある事に気付いた。25日の退院で外に出たら目が眩んだ。左目の見えない範囲は明らかに二週間で拡大してた。
早い。猛スピードで視界が減っていく。
作りたいものが山程思いつくんだ。せめて今思いついたもなが出来るまで見えててくれ。
それとも目標なんかもう諦めた方がいいのか?母ちゃんやダンプちゃんの顔を見てる時間を限界まで増やした方がいいのか?
どっちがいいのかわからない。
そもそものんびりできない性格。せっかちの部類に入るんだろう。やりたい事ややらなきゃいけない事を思いついたら、早くやらないと気が済まない。
特に今の状況だとその性格に拍車がかかる。NG-HEADのリリックにもあったな。『マイペースがハイペース』。
Teiさんがコメントくださったお言葉、『出来る無理はする、出来ない無理はしない。』今まで『出来ない無理は無い』と思ってた。でも今は違う、身体的にも物理的にも出来ない事が山ほど見つかる。
そらでも頭の中でロードマップを作るクセが止まらない。家の事、病気の事、事務的な段取り、創作活動。ロードマップを想像して、スマホのメモに書いて、とにかくスケジュールを埋めるクセが抜けない。よくもまあ15日も入院出来てたもんだ。
今からやらないといけない事をここにもまとめておこう。おっさんになりすぎて忘れちまうかましらないから。
【最終目標】
・完全失明する前に一人で旅行。
↑・その為に街中での歩行訓練。
・旅費を稼ぐ
↑・今の状態での働き口を探す。
・職探しの間も販売出来るアイテムをコツコツ作る。
↑・この活動がやりつづけられるように治療を続ける。
↑・治療費がべらぼうに高いので、それも就職&創作活動で稼ぐ。↑
【ショートゴール】
・まずは地元以外の街にも行けるようにする。
・都内に一人で行く。
・目標は錦糸町、浅草、中野、吉祥寺。
↑・記憶を頼りに脳内で街歩きをシミュレーション。
・移動費や宿泊費の見積もり。
【ショートゴールを達成する為の行動】
・新商品のデザインを完成させる。
↑・商品の選定。
・製作会社との相談。
・デザインの確認。(幼馴染のグループLINEで協力してもらう。)
・発送準備のシミュレーション。
↑・宛名書きなど困難だから母ちゃんに手伝ってもらう。
・御購入者様の情報リスト作成のフォーマット作り。
・同時進行でカッティングを用いたハンドクラフトアイテム(自分よう)の製作。
・ハンドクラフトアイテムのブランド化準備。
【上記の為の日常努力】
・毎日3食食べる。
・毎食後の運動。
・目の治療継続。
・身体の痛みの原因究明と治療。
・職探しの為のソーシャルワーカーさんへの相談。
・自立支援制度の確認と相談。
これらを目がまだ見えてる内にやらなきゃなんない。
そして達成できないままに失明したとしたら、その時また考えよう。また新たな目標を見つけるか、全てを諦めて笑って終わるか。
やれるとこまでやってやる。