回避型は野良猫です。
こういう俯瞰性や真理を経験できるのは、
■野良猫にとって望むことは赦される。
本人が都合がいい時には甘えてくる、
心地よい距離感の時、側にいる。
■野良猫にとって望まないことは許されない。
爪切る(=責任、約束、深いコミット)
自分の領域を脅かすものだと去る、全力拒否する。
■受け入れられてない気配にも敏感
飲み込まれる距離、余所余所しくされる事、他を可愛がる事、自分の殻を破られそうになる等、
そうなるとそっぽ向かれる。
あなたのそばに、その野良猫が居ないのは、
あなたのせいではない。
相手が野良猫だからだ。
エゴや思考やコレまでの経験から、
野良猫になってしまっている。
だからあなたの愛が必要なんです。
とか思わない方がいい。
それは共依存に、はまり込む。
あなたのそばじゃない世界がいいのなら、
野良猫で居させたら良いと思う。
■一人彷徨う間に何かを学ぶかもしれないし、学ばないかもしれない。
そしてそれは、あなたが手出しできる領域ではない。
あなたは徐々に、野良猫への支配もコントロールも期待も手放しつつあると思う。
だから、そのまま自分の人生を生きると良い。
あなたは誰にも縛られていない。
自由なのだ。
誰かを真に助けることなんてできない。
結局最後は自分で乗り越えるしかない。
自分の取り扱いと愛を知っていないと、
相手に寄りかかって、相手から貰おうとしてしまう。
大切なのは自分に集中する事。
そうすると、
『あ〜自分も回避型かも』って思う様になる。
変化が怖い、
愛が怖い、
愛されるのも怖い、
未知のものが怖い、
未来が怖い、
異性が怖い、
自分の内側の野良猫を受け入れた時、
相手が逃げても、
『あ〜分かるわ、怖いよね、逃げなね。』って野良猫を追わなくなる。
こういう俯瞰性や真理を経験できるのは、
目の前の野良猫のおかげだ。
そしてあなたはまた楽になる。
変化の怖さ、
愛の怖さ、
愛される怖さ、
未知のものの怖さ、
未来の怖さ、
異性の怖さ、
それらが自分にある事を赦せる。
人との関係は、
どこまでいっても自己対峙でしかない。
理性、知性が深まると、生きるエネルギーが高まる。
野良猫を脇において、自分を眺めてよう。
そうしてると関係が、
きっと前より楽に感じられるようになる。
『あはは、にげたー。さぁケーキでも食べよう💞』って感じで、
相手の課題と、自分のご機嫌の境界線が引けるようになる。
相手をどう変えるかではない
あなたがどう生きるかだ。
相手が自由に生きていて、心ざわめくなら
あなたは抑圧してる自分を揺さぶられている。
あなたは自由だ。
この世界はあなたの映し出しだ。