小説 小はん殺し結城純一郎の演説 (24)
竹中平蔵は革のカバンからA四ペーパーを取り出した。そして読み出した。空いた時間
は、思考するか何かを読んでいるのが竹中平蔵の習性だった。
【映像と表層・最後の人間 世界同時基調色の現在と今後の予測】
【世界同時基調色の現在と今後の予測】
アメリカ新大統領に当選したクリントン戦略のキーワード色は青系統の色であった。そ
れは彼らの勝利宣言集会をおもいだせばよい。クリントン氏・ゴア氏両人とも、いずれも
濃紺のコスチュームであり、弁護士のヒスラー夫人にいたっては、鮮やかなコバルト・ブ
ルーだったのである。日本においても現在、青系統の印刷インクが大量に使用されている。
工場の生産が追いつかないそうである。
注目すべきは、ゴア氏夫人のコスチュームであった。その色は明るいピンク色であり、
世界同時基調色の現在と今後の予測を妄想するキーワードになった。さらに注目すべき色
が、その勝利宣言集会では表出していた。選挙参謀ジエームズ・カービルは明るいグリー
ンのジャンパーを着ていた。
世界同時的表層空間の基調色は青緑色であり、それはおそらく一九九五年まで続くであ
ろう。一九九五年以降は赤を基調とした赤茶系統の色になるはずである。現在アメリカン
哲学はヘーゲルをよびだしマルクスさえもよびだそうとしているらしい。人類の階級と階
層は固定化され、世界資本主義の構造的矛盾は、有限的な地球資源の限界と、産業革命以
降のエネルギー消費の爆発とその展開に規定されて、人間の場所は喪失し荒廃しつつある。
遠藤彰子展のエピローグに表出されていたのは、燃える居住空間であった。われわれは今、
凶暴的でむきだしの空間へと向かっている。
このような対決構造による世界はただ、テキスト存在しか生き残れない。マルクスのテ
キストは再度、アメリカから復活するだろう。八十年代黒の基調色は、とうに過ぎ去って
いるのである。ゴア夫人のコスチュームである赤系統色は、コバルト・ブルーと濃紺の全
面的展開の後に流行色となるはずである。それは一九九五年以降の空間を予測する。
もはや世界同時的空間の色彩はこの一九九二年八月において、動的中心はダイナミック
に移動してしまったのだ。色彩と人間、その関係性とは何か? 女の動物的本能はある時
代を飛び越すことがある。それは女の身体官能構造が宇宙と連結・連動しているからだろ
う。男の動物的本能を鍛えるためには、おのれの地獄と孤独・創造的破壊の性的人間とし
て、現代の恐るべき表層空間と格闘するしかない。社会関係性にしか存立できない男はだ
だ社会によってしか訓練されないからである。
「青緑色から赤茶色へ」これが一九九五年以降のキーワードであった。しかしその色の形
態は自然色ではない。古代以来、人間が扱ってきた色彩は第2自然としての加工物質であ
った。鉱物から金属を抽出し、銅・鉄を加工してきた人間は、植物のエキスを抽出し色彩
も加工してきたのである。また粘土をこねくりまわし、それを高温で焼くことによって器
を加工してきたのである。
第一自然の源態から第二自然へと加工し変貌させる者、それが人間である。色彩と人間
の関係とは、物質と人間の関係のことに他ならない。小学生の頃、源頼朝がたちよった
という、故郷の神社で、夏休みよく遊んだ。本堂の建物の壁には地獄絵が一面に描かれて
いた。それは北関東の荒々しい風土とよく合っていた。子どもは、恐れながらそれを「こ
れは鬼だんべえ。人間が食われていらあ。それにしても、おっかねえなあ」それはガキ愚
連隊にとって、理解不能の他者存在であった。古い木造建築の威厳がある壁。そこにかす
れながら描かれていた赤茶色の火。死そのものの畏怖。やがてガキ愚連隊はその神社で
「鬼ごっこ」して遊ぶのである。畏怖の場所でいつもガキ愚連隊は遊んでいた。物質と人
間の関係をこどもは遊びの冒険の過程で身体訓練していく。
その地獄絵はおそらく鎌倉時代に描かれたものであろか?鎌倉時代は京都というそれま
での日本の政治・経済・文化に対して、創造的破壊を試みた特異な空間であったと思う。
京都の貴族政治はつねに高度戦略を発動しながら、鎌倉という場所を潰そうとしていたの
である。鎌倉はつねにゆらぎのまっただなかにあった。こうした二重権力の裂け目から、
鎌倉仏教に集約される民衆思想と民衆美術は誕生する。鈴木大拙「日本的霊精」によれば、
平家と源氏による徹底した内戦が、民衆にはじめて内省と省察をもたらし、鎌倉仏教を表
出したと説明されている。
「ゆらぎ」そのものは、民衆の試行と芸術を表出する。日本が誕生した七世紀の東アジア
もダイナミックにゆらいでいたが、鎌倉時代もユーラシア大陸ではチンギス・ハーンによ
って統一されたモンゴル騎馬軍団が、ヨーロッパ・ロシア・インドイスラム・アラブに
「すべての都市文明を草原にもどしてやる」と襲いかかり、世界帝国のエネルギー生成過
程にあった。この時代の世界同時的基調色と動的中心は東アジア・モンゴル草原にあった。
この時代ヨーロッパは四人に一人は死んだという「死の舞踏」としてあるペスト地獄絵
に突入しつつあった。場所と場所の連結・連動として生成する人類史は同時性がある。鎌
倉時代の地獄絵はまたヨーロッパ民衆の空間でもあったのである。やがてキリスト教・ヨ
ーロッパはペストとの死闘に打ち勝ち、イタリア・ルネサンスを表出していく。こうして
ヨーロッパ絵画の源態は平面知覚から空間知覚へと飛躍していくのである。おのれの世界
が滅亡してしまうかもしれない地獄の試練は、古代ギリシア哲学・美術の再発見に向かい、
テキスト存在との対話は、おのれが立つ空間を見据えるという他者存在を前提とする人間
の誕生でもある。
人間の精神その基底には、ある色彩トーンが存在している。日本的精神の基底にある色
彩トーンは木工としての茶色系統であろう。ヨーロッパ精神の基底のある色彩トーンは石
工としてある白灰系統ではないかと思える。われわれの日常をとりまく色彩は、通貨のよ
うに生活に一体化しているが、色彩は通貨が誕生する前に存在していた。おそらく人類は
色彩知覚を、第一自然を加工し第二自然を創造する過程において、言語とともに生成させ
ていったのであろう。
色彩とは物質と人間の関係であり、おのれの世界が滅びてしまうかもしれないという地
獄絵を表出した鎌倉時代、それに場所として世界同時的に、連結連動していた。ヨーロッ
パ・ペストの死闘の時代。しかしその後の展開は、いかにその地獄絵をある共同体の人間
がくぐり抜けたのかで決定される。
やがて大航海時代によって新大陸を発見し、世界の円環を形成させた西ヨーロッパ遺伝
子のパワーは、まちがいなくペストとの死闘によって源態から飛躍を遂げた。それまでヨ
ーロッパは世界の周辺であり、文化形態も遅れた貧困な地域であった。古代ギリシア文明
とローマ帝国の遺産を引き継いだのは、ローマ帝国の雇兵としての部族であり、その内部
でエネルギーを蓄積し、やがて西ローマ帝国を滅ぼしたヨーロッパ。その遺産を引き継い
だのはユダヤ民族であり、イスラム帝国であった。ヨーロッパが引き継いだのはキリスト
教であった。そのシンボルとして十字架は、部族戦争と体力のみで生き抜いてきた彼らの
パワーの象徴。
その十字架に吊るされた処刑されているキリスト像は、ヨーロッパ部族精神の戦闘的精
神としての基層を、ある意味で隠ぺいするために、西ローマ帝国を滅亡させた後に制度化
された。ヨーロッパが今日の世界史を制覇するまで、どれほどの固有の文明を滅ぼしてき
たかを思い出せば、彼らの戦闘精神のパワーに驚嘆してしまう。
まず西ローマ帝国を滅亡させた彼らは新た成る敵を発見するまで、停滞している。7世
紀のイスラムパワーの登場まで、彼らは貧困な土地を改良していた。この時期はまさに飢
えとの闘争であり、おのれの遺伝子を絶やさぬ為、人肉さえも喰っていた。彼らの貧困な
土地に比べれば「島」としての日本は森林と豊富な水量に恵まれた豊かな土地だ。それゆ
えに弥生人とよばれるユーラシア大陸の騎馬民族は移住してきた。
彼らヨーロッパ戦闘精神は強大な敵を発見したときに、エネルギーは根源から呼び起こ
される。十字軍を遠征させた、長期に渡るイスラムとの戦争は、彼らにギリシア文明の発
見をうながした。他者との闘争をとうし他者から学ぶことこそ彼らの主体形成。H・R・
ギーガーの「ネクロノミコン」は、こうしたヨーロッパ精神の遺伝子、根源としての基層
をテキスト存在として表出した。それは未来を暗示させる空間であると同時に、ヨーロッ
パを誕生させた古代へと帰還する。
おそらくイタリア・ルネサンスはイスラムという他者が存在せねば表出しなかったし、
モンゴル騎馬軍団の地中海遠征を挫折させたのはイスラム軍であった。イスラム軍が東ア
ジア騎馬軍団によって壊滅させられていたのなら、ヨーロッパは、ロシアのごとくモンゴ
ルの頚木を打たれていた。
は、思考するか何かを読んでいるのが竹中平蔵の習性だった。
【映像と表層・最後の人間 世界同時基調色の現在と今後の予測】
【世界同時基調色の現在と今後の予測】
アメリカ新大統領に当選したクリントン戦略のキーワード色は青系統の色であった。そ
れは彼らの勝利宣言集会をおもいだせばよい。クリントン氏・ゴア氏両人とも、いずれも
濃紺のコスチュームであり、弁護士のヒスラー夫人にいたっては、鮮やかなコバルト・ブ
ルーだったのである。日本においても現在、青系統の印刷インクが大量に使用されている。
工場の生産が追いつかないそうである。
注目すべきは、ゴア氏夫人のコスチュームであった。その色は明るいピンク色であり、
世界同時基調色の現在と今後の予測を妄想するキーワードになった。さらに注目すべき色
が、その勝利宣言集会では表出していた。選挙参謀ジエームズ・カービルは明るいグリー
ンのジャンパーを着ていた。
世界同時的表層空間の基調色は青緑色であり、それはおそらく一九九五年まで続くであ
ろう。一九九五年以降は赤を基調とした赤茶系統の色になるはずである。現在アメリカン
哲学はヘーゲルをよびだしマルクスさえもよびだそうとしているらしい。人類の階級と階
層は固定化され、世界資本主義の構造的矛盾は、有限的な地球資源の限界と、産業革命以
降のエネルギー消費の爆発とその展開に規定されて、人間の場所は喪失し荒廃しつつある。
遠藤彰子展のエピローグに表出されていたのは、燃える居住空間であった。われわれは今、
凶暴的でむきだしの空間へと向かっている。
このような対決構造による世界はただ、テキスト存在しか生き残れない。マルクスのテ
キストは再度、アメリカから復活するだろう。八十年代黒の基調色は、とうに過ぎ去って
いるのである。ゴア夫人のコスチュームである赤系統色は、コバルト・ブルーと濃紺の全
面的展開の後に流行色となるはずである。それは一九九五年以降の空間を予測する。
もはや世界同時的空間の色彩はこの一九九二年八月において、動的中心はダイナミック
に移動してしまったのだ。色彩と人間、その関係性とは何か? 女の動物的本能はある時
代を飛び越すことがある。それは女の身体官能構造が宇宙と連結・連動しているからだろ
う。男の動物的本能を鍛えるためには、おのれの地獄と孤独・創造的破壊の性的人間とし
て、現代の恐るべき表層空間と格闘するしかない。社会関係性にしか存立できない男はだ
だ社会によってしか訓練されないからである。
「青緑色から赤茶色へ」これが一九九五年以降のキーワードであった。しかしその色の形
態は自然色ではない。古代以来、人間が扱ってきた色彩は第2自然としての加工物質であ
った。鉱物から金属を抽出し、銅・鉄を加工してきた人間は、植物のエキスを抽出し色彩
も加工してきたのである。また粘土をこねくりまわし、それを高温で焼くことによって器
を加工してきたのである。
第一自然の源態から第二自然へと加工し変貌させる者、それが人間である。色彩と人間
の関係とは、物質と人間の関係のことに他ならない。小学生の頃、源頼朝がたちよった
という、故郷の神社で、夏休みよく遊んだ。本堂の建物の壁には地獄絵が一面に描かれて
いた。それは北関東の荒々しい風土とよく合っていた。子どもは、恐れながらそれを「こ
れは鬼だんべえ。人間が食われていらあ。それにしても、おっかねえなあ」それはガキ愚
連隊にとって、理解不能の他者存在であった。古い木造建築の威厳がある壁。そこにかす
れながら描かれていた赤茶色の火。死そのものの畏怖。やがてガキ愚連隊はその神社で
「鬼ごっこ」して遊ぶのである。畏怖の場所でいつもガキ愚連隊は遊んでいた。物質と人
間の関係をこどもは遊びの冒険の過程で身体訓練していく。
その地獄絵はおそらく鎌倉時代に描かれたものであろか?鎌倉時代は京都というそれま
での日本の政治・経済・文化に対して、創造的破壊を試みた特異な空間であったと思う。
京都の貴族政治はつねに高度戦略を発動しながら、鎌倉という場所を潰そうとしていたの
である。鎌倉はつねにゆらぎのまっただなかにあった。こうした二重権力の裂け目から、
鎌倉仏教に集約される民衆思想と民衆美術は誕生する。鈴木大拙「日本的霊精」によれば、
平家と源氏による徹底した内戦が、民衆にはじめて内省と省察をもたらし、鎌倉仏教を表
出したと説明されている。
「ゆらぎ」そのものは、民衆の試行と芸術を表出する。日本が誕生した七世紀の東アジア
もダイナミックにゆらいでいたが、鎌倉時代もユーラシア大陸ではチンギス・ハーンによ
って統一されたモンゴル騎馬軍団が、ヨーロッパ・ロシア・インドイスラム・アラブに
「すべての都市文明を草原にもどしてやる」と襲いかかり、世界帝国のエネルギー生成過
程にあった。この時代の世界同時的基調色と動的中心は東アジア・モンゴル草原にあった。
この時代ヨーロッパは四人に一人は死んだという「死の舞踏」としてあるペスト地獄絵
に突入しつつあった。場所と場所の連結・連動として生成する人類史は同時性がある。鎌
倉時代の地獄絵はまたヨーロッパ民衆の空間でもあったのである。やがてキリスト教・ヨ
ーロッパはペストとの死闘に打ち勝ち、イタリア・ルネサンスを表出していく。こうして
ヨーロッパ絵画の源態は平面知覚から空間知覚へと飛躍していくのである。おのれの世界
が滅亡してしまうかもしれない地獄の試練は、古代ギリシア哲学・美術の再発見に向かい、
テキスト存在との対話は、おのれが立つ空間を見据えるという他者存在を前提とする人間
の誕生でもある。
人間の精神その基底には、ある色彩トーンが存在している。日本的精神の基底にある色
彩トーンは木工としての茶色系統であろう。ヨーロッパ精神の基底のある色彩トーンは石
工としてある白灰系統ではないかと思える。われわれの日常をとりまく色彩は、通貨のよ
うに生活に一体化しているが、色彩は通貨が誕生する前に存在していた。おそらく人類は
色彩知覚を、第一自然を加工し第二自然を創造する過程において、言語とともに生成させ
ていったのであろう。
色彩とは物質と人間の関係であり、おのれの世界が滅びてしまうかもしれないという地
獄絵を表出した鎌倉時代、それに場所として世界同時的に、連結連動していた。ヨーロッ
パ・ペストの死闘の時代。しかしその後の展開は、いかにその地獄絵をある共同体の人間
がくぐり抜けたのかで決定される。
やがて大航海時代によって新大陸を発見し、世界の円環を形成させた西ヨーロッパ遺伝
子のパワーは、まちがいなくペストとの死闘によって源態から飛躍を遂げた。それまでヨ
ーロッパは世界の周辺であり、文化形態も遅れた貧困な地域であった。古代ギリシア文明
とローマ帝国の遺産を引き継いだのは、ローマ帝国の雇兵としての部族であり、その内部
でエネルギーを蓄積し、やがて西ローマ帝国を滅ぼしたヨーロッパ。その遺産を引き継い
だのはユダヤ民族であり、イスラム帝国であった。ヨーロッパが引き継いだのはキリスト
教であった。そのシンボルとして十字架は、部族戦争と体力のみで生き抜いてきた彼らの
パワーの象徴。
その十字架に吊るされた処刑されているキリスト像は、ヨーロッパ部族精神の戦闘的精
神としての基層を、ある意味で隠ぺいするために、西ローマ帝国を滅亡させた後に制度化
された。ヨーロッパが今日の世界史を制覇するまで、どれほどの固有の文明を滅ぼしてき
たかを思い出せば、彼らの戦闘精神のパワーに驚嘆してしまう。
まず西ローマ帝国を滅亡させた彼らは新た成る敵を発見するまで、停滞している。7世
紀のイスラムパワーの登場まで、彼らは貧困な土地を改良していた。この時期はまさに飢
えとの闘争であり、おのれの遺伝子を絶やさぬ為、人肉さえも喰っていた。彼らの貧困な
土地に比べれば「島」としての日本は森林と豊富な水量に恵まれた豊かな土地だ。それゆ
えに弥生人とよばれるユーラシア大陸の騎馬民族は移住してきた。
彼らヨーロッパ戦闘精神は強大な敵を発見したときに、エネルギーは根源から呼び起こ
される。十字軍を遠征させた、長期に渡るイスラムとの戦争は、彼らにギリシア文明の発
見をうながした。他者との闘争をとうし他者から学ぶことこそ彼らの主体形成。H・R・
ギーガーの「ネクロノミコン」は、こうしたヨーロッパ精神の遺伝子、根源としての基層
をテキスト存在として表出した。それは未来を暗示させる空間であると同時に、ヨーロッ
パを誕生させた古代へと帰還する。
おそらくイタリア・ルネサンスはイスラムという他者が存在せねば表出しなかったし、
モンゴル騎馬軍団の地中海遠征を挫折させたのはイスラム軍であった。イスラム軍が東ア
ジア騎馬軍団によって壊滅させられていたのなら、ヨーロッパは、ロシアのごとくモンゴ
ルの頚木を打たれていた。