おーるさんを弔いながら、応募投稿 | 高原山

おーるさんを弔いながら、応募投稿

郵便局の窓口に出してきた。
新潮新人賞応募投稿。
まだ校正と推敲が完全ではなかったが
今日出さないと、機会を逃してしまうと思った。
214枚。
どっと疲れがきた。
郵便局に行く、裏道は河べりで桜並木があった。
枝に花があった。夜桜の路地。
満開は4月に入ってからだろう。

夜桜を見ながら、おーるさんのことを考えた。
おーるさんはぎりぎりのところで表現をしてきた。
インターネットを表現母体とした
サイバーアーティスト、そしてサイバージャーナリストの死だった。
そしておーるさんはインターネットという街頭の詩人だった。
たたかいながら死んだおーるさんは伝説となるだろう。

サイバー村人はおーる神社を建設するだろう。
インターネットにおける、おーる神社である。


小説らしきものは未完成として70年代の末から書いてきた。
書いておいてよかったと思う。
そこでのコンセプトを今、まとめているように思う。
とにかく3年間は応募投稿して行こうと思う。

賞金をめざして、金が入ることを夢みて
書くのだが、ほとんど病気である。
憑かれたように書けば、いつか賞を獲得できるだろう。
自分の小説はいつか本になるだろう。
それを信じて書くしかない。

今回はおーるさんを弔うための応募投稿となった。
次は6/30締め切りの文学界新人賞の応募投稿をめざそうと思う。
100枚以内。
とにかく書いていくことが
おーるさんの弔い合戦だと思う。
生活と表現でたたかうことが、おーるさんの表現に応える道だと思う。

わたしたちはインターネット表現者だと思う。
おーるさんは最後まで表現しながら死んでいった。

ブログで書いて表現していく民衆の声が聞こえる。

インターネットサイバーおーる神社が出来たら
その境内から「新じねん」の神輿が出発する。
神輿が民衆によって担がれ、山車が街頭を練り歩く。
「ワッショイ、ワッショイ」
街頭こそインターネットでありブログだ。
その街頭は世界に接続している。

おーるさんはインターネット表現の可能性を刻印してきた。
権力者どもに負けてはならない。