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ピピピピ……。
遠くの方でアラームの音が聞こえる。
『…櫻井さん』
あれ…?松本くんが枕元に立っている。
やっぱりソファだと眠れなかったのかな?
『リビング少し寒くて…。ベッドで一緒に寝てもいいですか?』
ん?
ベッドで?
一緒に?
えええっ!?
と思った時には、松本くんはすでにベッドの中に潜り込んでいて。
松本くんは俺を後ろから抱きしめた。
『櫻井さん…。あったかい…』
吐息が耳朶を掠める。
「うわぁっ!!」
飛び起きた場所はベッドの上。
もちろん俺1人。
「ゆ、夢か…」
壁一枚隔てて、松本くんが寝ている。
そんな状況なだけで、なんて夢見てんだ、俺。
時計を見ると6時半。
松本くんはもう起きてるだろうか?
寝室からリビングへ向かうと、まだ灯りはついていなかった。
松本くんは携帯を握りしめたまま眠っている。
おそらく、鳴ったアラームを止めてまた寝てしまったんだろう。
「…綺麗な顔だな」
ソファの上で、少し丸くなって毛布にくるまってるその寝顔は、起きている時と変わらず美しい。
何時に起きるつもりだったんだろう?聞いとけばよかったな。
松本くんの家がここからどのくらい離れてるのか…。
キッチンでグラスに水を汲んで、松本くんの寝顔を見つめながら飲んだ。
それから7時になっても、7時半になっても、松本くんは起きない。
え…。そろそろ起こした方がいいのかな。
松本くんの家がどこにあるにしろ、一旦帰ってシャワーを浴びて身支度するには、どう急いでも30分くらいはかかる。
嵐青社はここから電車で30分くらいの距離だから、ここから直接行くならもう少し寝られるけど…。
いや、嵐青社って9時始業だっけ?
出版社の始業時間ってもっと早いのか?逆に遅いのか?
いろいろ考えている間に8時近くなって来た。
もう起きないとさすがにマズイだろう。
「松本くん、松本くん?もうすぐ8時だけど、大丈夫?」
肩をゆさゆさと揺さぶると、んん…と眉根を寄せて目を開けた。
「…あ、櫻井さん…」
「時間大丈夫?もう8時になるけど」
「───えっ!?」
ガバッと身を起こした松本くんは、携帯を見てガックリと肩を落とした。
「アラーム止めて寝てた…」
でしょうね。
「すみません、顔洗ってこのまま出社します。洗面所お借りできますか?」
「ああ、こっち。タオル、これ使って」
「ありがとうございます」
松本くんは洗面所から出てくると、昨日着ていたスーツに着替え始め、ネクタイを締めようとしたとき、その手が止まった。
「あの…、櫻井さん」
「ん?」
「ネクタイ、お借りできませんか?昨日と全く同じ服で出勤するとその…、あらぬ誤解を受けそうで」
「あ、ああ、いいよ」
誤解って…?
昨日と同じ恰好だとバレるとマズイ相手が社内にいるってことか?
あ、もしかして彼女!?
いささか動揺しながら、寝室のクロゼットにあるネクタイハンガーを松本くんに丸ごと渡した。
「たくさんありますね」
「まあ、サラリーマンだったから」
「じゃあ、この赤のネクタイをお借りします」
おお、さすが元ファッション誌の編集者。
俺が持ってるネクタイの中で一番高いのを選んだな。
「クリーニングしてお返ししますので」
「いいよ別にそんな」
「いえいえ。それでは長々とお邪魔してすみませんでした。失礼します!」
鞄を抱えると、バタバタと俺の部屋を出て行った。
「……」
松本くんの出て行った玄関のドアを見つめた。
───そうか、彼女か。
そりゃいるよな。
大手出版社の社員で、あれだけ男前で気配りができて。
フリーライターの俺より余程ハイスペックだ。
彼女の5人や10人くらい、いてもおかしくない。
いや、待てよ。
ファッション誌の編集者だったんだから、モデルと付き合ってるって可能性も…
「……はあ」
なんだかひどく残念な気持ちになって、溜息が漏れた。