はめはずし日和

はめはずし日和

SSW vocal pf こっそりinstructor
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Twitter sakyomegumi

「そんなに進むと思ってなかったもん」

と言われたのは面白い思い出、

エマジェン2025年度大阪ファイナリストの!!(笑)さきょです!


絶賛今年も開催中のエマジェン2026。

あの日の応援に改めてありがとうと思いました。1年たっても言うぞ。

逆に1年たったから。来年は、言わんかも。言うかも?


今年は予選最終日、準決勝初日とみにいって、

決勝もなんもない限りは見届けに行こうと思います。(チケット押さえ済)

来年以降は知り合い出てるかどうかによるし予選からは追わないだろうなぁ。

OGヅラも2年続くともう、うん。ダメやと思う。


いい成績残してとっとと去る、

と某氏もおっしゃってたから、それはマジでそう思うので。

今年はちょとだけ浸ってええにしてますw


バトンは渡さないといけない。

年齢関係なく、経験したという意味で。


出て後悔はない。

出てよかったはたくさんある。


ただ、再挑戦する理由はとくにない。が本音。


面白いことを続けたい。

それでいいと思ってる。


続けるって、でもすごく難しいんだ。

お金がないと続けられないし

飽きるから同じレベルでは続けられない。

だから発展をしなきゃいけない。

エマジェン再挑戦、は、発展の中にないような気がしたということです、はい。

あ、わたしの中で、です。再挑戦に意味があるバンドもあるとおもいますよ。

大学行くか専門行くか就職するかに正解ないのとおなじです。はい。

なので2年連続とかまたいずれ、は特にないw

(無意味だったわけじゃないです、

 意味はすごくあった。とてもあった。でも再挑戦がちがうってだけです。

 2025だからよかったとおもう)



そんなことより今年の話だ。


去年の戦友、

The Neon 69's

Hercatoncheir sirters


そして京都時代の仲間のうちの一組

(出るの知っておどろいた)

Pod'z


この三組が決勝残ってくれました。


あのステージから見た景色は忘れられない、

とおもった予選、

それを上回る準決勝、

さらに意味わからん決勝(大阪の)


あの景色見れるんやなぁ。と思うと

少し羨ましいようで、

でもGWから6月末の2ヶ月弱、地獄だったなぁなんて。


去年の、

提灯と団扇がほんわりしたあの海は

みょんずのだけだから。

まぁ、すごいんですけどね。ここはね

一生の自慢の宝物にさせてください。


やれるだけやる。

やることやる。

ぜんぶする。


自分のためだからできたこと。

で、

でも、折角たくさん来て頂くのに

応援してもらうだけじゃつまんない、でしょ。

と思えたから。

来てくれる人に楽しんでもらわないと無意味とおもって。


やれるだけやる。

やることやる。

ぜんぶする。


が、できたっていう。

矢印って片方だけじゃないんだなと痛感したんですね。

たぶんこれが、エンタメなんだろうね。



賞レースの怖いところって、

その矢印が死ぬんだよなぁ。


あいつが憎い、とかではないんですが。

ライバルバンドのメンバーさんにはなぞにブロックされたし(意味不明)

いらん話入ってくるし(○○がみょんず八百長言ってたよってそんな権力あるかい!)

疑心暗鬼みたいになる事象起こるし(再三言うたし書かんけど)

その人達の音楽や言葉が素直に聴けなくなることはおこる。


ありがとう企画してだいぶ素直になれたところもある。

だから今年再挑戦の二組のことは気にかかるし、

初戦の仲間も気にかかる。

去年と同じく「もうみんなでドイツ行けばええやん」てなる(むり)


特にありがたいことに準決勝1位通過(これはやってきたこと間違ってなかった自信に今もなってる)はでかかったけど、

追われる恐怖、

変な天狗がナチュラルに出ること、

1位通過おめでとうが胃痛に繋がること(笑)、

そしてあかんかった人達に配慮できなくなること。

コレ全部克服してたらさぞ聖人君子だろうけど、

自分の醜さも脆さも通過したとて感じることで、

尚且つ見たくないものだって見えてしまう。


賞レースってそういうものやとおもうんですね。


だから

今年1位通過したネオンもすごくここからしんどいと思うし、

ヘカトンもPod'zも、まだここから沢山練るだろうけれど。

ドイツ行くぞって気概も、やってきた経験値も、お客さんの愛でさえ

へし折られたりするんよ、日本全国の選ばれし一組を除いて。

悔いはないって言えても、「ドイツ行ってや!」ってお客さんの言葉とか

落ちてった仲間とか

そういうの過って「ごめん」と悔しいしか出なくなる。


だからこそよ。

エマジェン出てるミュージシャンのファンの人達は、

みょんずの5/5もライブこなくていい!

決勝は仕事あるなら休め!!


ぜってー右手あげて、

なおかつタオルと包帯とビニール袋忍ばせて応援行け!!

とおもう。


通っても

落ちても

痛いんで、準決勝1位通過しても物理打ち身できるんですよ!!

大阪ファイナル通過してもゲロ絶対出るレベル!!


骨拾うも、まだ先が続くプレッシャー支えるも、

ミュージシャンじゃないんです、

ファンの力が必要やと思うんです。


わたしはミュージシャンです、

骨は拾えないし背中は押せないんです。


エマジェンに推しのミュージシャンが出てるなら、

エマジェンに限らず賞レースに出てるなら

5/5のSSW部門もやし、

大阪ファイナルも、

江戸ファイナルはネット投票やからちょっと頑張ってミューディア登録して、

支えてやってください。


あかんかったバンドは

できれば近々のライブ行ってやってください。


ミュージシャンやとあかんのです。

ファンやないとあかんのです。


甘やかしてやってください。


これは、そうしてくれたお客様たちがいたから言えること。

さきょのわがままですが、

どうか見届けてやってください。


大阪ファイナル、15分しかない。

花火です。

目一杯の15分です。


絶対一組しか選ばれないし、

キャパ的に入れ替えしか今年も無理だろうから

集客勝負感は否めない。


エマジェン勝つ秘訣ってなんですか?って言われたら

コレしか言えないんです。


らぶ。


みんなのらぶしかない。

んだよと。


やったから言う。

そして見たから言う。


「お客様のらぶしか勝たん」

のがエマジェンです。


推しが出てるなら

迷うな、行け。絶対。


推しに元気もらってきた!とか

あの子の歌は広まってほしいなぁ、とか


そうおもうなら

右手とD代握って現場行ってやれ。


来てくれた仲間やお客様には本当に頭が上がらん。

感謝しかないのだよ。


という。

エマジェン関連、最後のお願い。


なにより去年は沢山ありがとう。

今年もみんなが手に汗握るエマジェンとして終われますように。


さきょ

さきょだよ。

病むとツイートしがちあるあるですが

やはり言葉は選びたいので逆に長文書いてやろうのコーナー。

病んではないけどスケジュールわっしょいだったので疲れているのだよ。

メンタルというか物理体力やなぁ

(昨日久しぶりに身体張ったので。そんなショートが5月に上がりますはい)


まぁそんなこんな。

身体を張るのはなにも人間だけではなく…



去る3/31、松延慎吾ワンマンサポート。

出発前に大変風が吹いていまして。

我が愛機nordちゃんを玄関先に立てかけておいたら、

立てかけた先がいけなかった。

いや、むしろ「風がつよいがゆえ」nordちゃんを「ドアストッパーにした」のが悪かった。


ビュオォという風とともに倒れる愛機。

nordちゃん相方に直撃。

相方「イテテ」


それはそううちのこ18kg弱。


相方の心配をまずはする。

「ええぇんごめんね大丈夫?」

よかった相方は大丈夫でした。


ここまでノートラブルのnordちゃん。

心配はとくにしていなかった。



問題があったのは結局nordちゃんである。


現場に到着し鍵盤を出し、

さあリハーサルと思った時に


「どうしてソの音が凹んでいるのだろう」


そっと触れるも


「ガチッ☆」


あなたもっと跳ねっ返りの強い子じゃなかった?(語彙)


………


「すいませんチェンジで!!!鍵盤貸してください!!!!🥺」


まるで風俗嬢のチェンジばりのチェンジを扇町パラダイスに響かせた。


涙涙しているばやいではない。

本番はやってくる。


ドラム等サウンドチェック中に

我らが緑橋戦国大統領、楽器のブラックジャックこと刑六Ω電気氏に

「けいろくさん…nordが…!こわれた…!」

と授業中の女子高生のようにこそこそとラインを送り

「後日持っておいで」

との言葉に安堵するも


「nordちゃんほんとうにごめんね、どうして横向けにしてドアストッパーにしなかったんだ!

いやそもそもドアストッパーにしてごめん!!

母さんこんなんでごめん!!!」


という大発狂である。


しかしShow must go onである。

予備で作っていた音はKORGのシンセにある、大丈夫なんとかなる(する)


人生でここまでパヤパヤした日はあっただろうかというほどパヤパヤしていた

(なお、結構ある)


愛機が使えないショックはあれど

なんとかその日も楽しい気持ちでライブを終えたものの

帰ってnordちゃんを出してやるといたたまれない気持ちになり

なかなかのライブをしたのに風呂キャンセル界隈に入会してしまった。


翌日まずは風呂に入り実家に帰る算段であったが

布団から見上げるnordちゃん。(位置的にそうなるんだ)

ごめんよごめ……


「鍵盤の真下凹んでね?」


☆☆☆


「まぁこういうこともあるからサブ機は必要ですよ」


とキムラ亮に言われ、

まぁたしかにメンテナンスも出せないしなぁと

実家に帰るまでの道すがらひたすら


中古

10万円前後

ピアノの音がステキ

鍵盤タッチがしっかりめ

現場で使える

どうせなら軽いやつがイイナ!

(サブ機として仕事してくれるから)


というウフフなオーダーを心にしながら中古ショップをネットサーフィン。


が。


このご時世である。


ない。


そんなものはない。


悲しい気持ちになりながら探し続ける左京さん。


気になったハモンドのライブ仕様のやつ。

お、これピアノも鳴るやん(YouTube先生)

13万。


これは。

いける。

これなら。いける!!


翌日の夕方にこれは神戸まで行って現物を見てこよう。

よし、大丈夫、生誕も最悪これでいける。

ガワが赤いからnordちゃんのサブ機として見た目もイケている!すばらしい!


が。


ChatGPT「その機種鍵盤軽いで」


けいろくさん「それ軽い鍵盤のはずやで」


※ここでいう軽い、は楽器の話ではなく鍵盤タッチの話である。

※左京は重たいタッチの鍵盤が大好きというか軽いやつは手首を痛めがちである。


Noooooooooo!!!


いやしかしこんなに素敵な(見た目)の楽器…

そしてハモンドへのそこそこの憧れ(ハモンドにナイフをぶっ刺すELPというバンドが大好きなのである)

(そこそこなのは左京がオルガンを使いこなしていないからだよ)


これは!でも!見に行って!!きめるんだもん!!

だって!!楽器そのもの軽いし!!

ハモンドだもん!!!


とフゴフゴしながら母の誕生日を祝い、

家族で団らんし、


さぁいざ翌日である。


☆☆☆


左京は英語が苦手である。

しかしこの単語は知っている。


SOLD OUT


バンド名だと思いたかった。(大して聞いてない)


パヨエーーーーン


あと10日で39歳にもなろう女がアメ村の中心で連鎖を叫んだ。


どうしてだい。

なんでだい。

どういうことだい。


ここにきてまたしてもブラックジャックけいろくさんに相談。

けいろくさんは音楽界の生けるウィキペディアでもある。(ブラックジャックはどこに)


「この楽器ええんちゃう、nordと同じ鍵盤使ってるから」


と紹介してもらったのが

studiologic

ほう。

知ってはいるが完全ノータッチだったメーカーである。


Roland

ほしい機種がない(いいやつはでかい)

KORG

シンセはいいけどピアノはなんか相性…

nord

お値段80万円から☆


というわけで見に行った新品楽器屋さんで再びパヤパヤしておりましたが

ほう、あったなstudiologic。


と、ふと戻ってその子を触る。

studiologic numa Piano。


イケメン店員「これ展示品なんで14万円にしますよ」


買えてしまう🫠


一旦…その…あの…!

ええと!!


なんだろうこの

病気の妻を放ったらかして新しい嫁を探している感覚


とりあえず

「明日修理もってってから!考えます!!!!」


ということで即決しなかった左京さん。

しかし帰宅してから


ヌマチャン…

nordちゃんの治療がかかるなら…

仕事でいるもんな…


ヌマチャンかぁ…


とぐーるぐるぐるぐる思考をしながら

nordちゃんの入院準備をする。


浮気中の男性ってこんな感じなんですか?


☆☆☆


翌日


「けいろくさぁぁあん🥺」


ようやく泣きついて楽器をブラックジャックの元へ。


「ここ凹んでるんです」


「あ、たぶんそれやな」


しかし最悪の事態(鍵盤が割れてる、センサーまでトドメ刺してる)だと

2ヶ月とか入院の可能性。


いざ、nordちゃん開腹手術。




刑六さん「おー、綺麗に使ってるやん!」


さきょ(え、なんもしてないぞメンテナンスもなんも)


と思いつつ褒めてもらうとうれしい。


「触ってみてー」

「んん?!大丈夫うごいてる!!」


「じゃあ、やっぱこのガワだ!!!」


ブラックジャック先生が取り出したもの



金槌。


ぱこーんぱこーん

かんかんかんかんかんかんかんかん


……


直りました。


メーカー持ってったらガワごと交換(五万ほど)

なおかつ海外取り寄せ2ヶ月は待たねばならん


らしく。


刑六さんにはもう足向けて寝ないと決意を固くする。


ありがとう刑六さん。。。。。🥺

ほんとうにありがとう刑六さん。。。。。。🥺


☆☆☆


無事に生誕もnordちゃんと。


金槌で殴られた跡も絆の証拠。

これからも一緒にいてくれないとほんとに困るんだからね…?

と、

普段から一緒にいるからこそ気付かない、

大事なものもいつかは壊れてしまうこと。


改めてnordちゃんから学びました。





生誕も一緒にいてくれてありがとう。

ほんと大好きだ。


てなわけで、

元気なときにサブ機さんは改めて探す旅に出るとして。

(nordちゃんはまだまだメイン譲らない)


まだしばらく一人と1台。

左京めぐみとして、みょんずの鍵盤として頑張って参ります。


ほげー、めでたしめでたし。


いやぁもう。焦った。


次は和歌山に一緒に旅に出ます。


☆☆☆


小さい頃に読んだ「ピアにゃん」っていう

赤いトイピアノを担いだ猫の絵本があって

赤いピアノを担いで遠征に行くのは、なんとなく小さい頃の

ピアにゃんのお話を思い出すんですね。


わたしの身体か

nordちゃんか

わからんけど、

くたばるまで旅しようなー。


という。

備忘録。


さきょ



さきょだよ。

久しぶりに長々したためたいお気持ちになりました。


1月、都雅都雅書き初めライブから帰ったら母が大腿骨をポッキリいっており、

翌日事務作業のためにあけていたのでそのまま実家にとんぼ返り、

母の骨はポッキリですが父は車を行けず石にぶつけており、わたしは母の作った残りの味噌汁をのみつつ

「お母さん死んじゃったらどうしよう」

とトトロのさつきちゃんみたいな台詞をきなこ(犬)に吐きながら号泣し。

という最悪の三が日明けであった。

翌日仕事中にかかってきた病院からの電話は

「お母様ですが結核かも知れません」

…は?

「沖田総司のやつですか?」と素で聞きかえした。

結論を先に言えば誤診であったが、

いつ、どこで?わたしがうつした?大阪多いって言うよな結核…

と錯乱状態。

アンバランズ相方キムラ亮がゲホゲホしていたのでまさかキムラが罹患してわたしが母に…?

などヒヤヒヤしていたがとりあえずキムラが3日ほどで回復したところで1月の8日になっていた。

「誤診でした〜」の連絡が来るまで脳が変な覚醒を起こし

目を瞑れば明るい、目を開ければ物理暗い、という寝るに寝れない日々であった。


という年明けから

体力も底をつき2月の冷えた日に熱を出し、

確定申告がおせおせになり仕事もおせおせになり

ああもう色々オワタという状況の合間に須藤タカツグ氏のワンマンサポートがあり、

なお須藤さんもなかなか連絡が取れずリハ日程も決まらず、

あぁ、そのリハの日に発熱が確定していたのでした。

ふらふらぼーぼーでしたがなんとか須藤さんのワンマンをファイティン、

その翌日にMVの撮影があり、この日もなかなかにハードであった。

早起きし顔を仕込み衣装を着込み楽器をかついで撮影に向かい…

編集は丸投げなので発表まではワクテカ案件であったが、

そのまま松延慎吾氏のワンマンサポートに以降、

やっと日常…と思ったら4月でした。

確定申告は間に合いましたが日々の生活がほぼ間に合っていませんでした。


ご心配ご迷惑をおかけした各所方面にお礼とお詫びの気持ちです、ありがとうすみませんありがとう。


年を取ると時の流れが速くなると言いますが

この3ヶ月は長いと感じる日が多くて

振り返ればあっという間なのにリアルタイムでは「この冬は一生続くのではないか」と思った。


だからコートを脱ぐのが大層こわかった。

が、ムートンブーツが暑いなと思った日に、あ、春が来るのかとおもった。

もう桜の蕾から花びらがはみ出していた頃である。


いっそ寒いままならいいのに。と思った。


人と演奏する機会を頂けたのは精神的な救いではあった。

が、それはもう歌詞やメロディーの断片のDの字も出ていない言い訳であり

練習をサボる言い訳であり

仕事を減らす言い訳であり…

まぁ、言い訳する間もなく精神的に諸々無理みがスギルンティという状態でしたが。


眠れるというアタリマエのこと(さきょは眠剤を飲んだことがない。ビタミン剤はある)ができるということに深く感謝をした。

メンタルは基本的に健康体(付き合う男に左右はされたが現在は大変安定している。なお過去付き合った男性はモラハラと自認メンヘラメーカーであった)なのでここまでしんどくなることはなかったが、

体力もさることながら精神力は老化への一途をたどるアラフォー女子である。


ここで一つ宣伝をする。
38歳ラストのライブ(法的には39歳最初のライブになるらしい。うるう年の規定で人は誕生日の前日に年を取るらしい。迷惑である)がこちら。
ぜひ労いにお祝いに来てください。むせび泣きます。


妖力が足りないというのは物理的なことではあるなと感じた。

わたしは竹中稲荷の狐さん(設定)であるというのに人並みの精神力しかない、反省である。

しっかりとバケモンになるのでこの日は関西各所と江戸から妖力高めの妖怪を集わせたのでしっかり妖力をチャージしたいとおもいます。

皆様にもみょんずの毛玉パワーで獣毛アレルギーを荒療治したい。


宣伝はさておき(メインではあるが)

母が歩行器で歩けるようになった日は目線が揃ったことに感動し、

ヒョコヒョコ歩くリハビリ病院での動画に全米が泣いたクラスの感銘を受け、

父が母のために家の大掃除をしてくれている事実や、

また、眠れぬ夜には父と長電話をしてくれたことがとても思い出深い日々にはなった。

(そんな母は1日に、父は今日5日誕生日である。おめでとう)


家族の絆という美しい言葉に仕立て上げるつもりは皆目ないが

なんとなく気持ちが一つに向かう瞬間というのはとても感じた日々であった、が、

やはり精神的に大変削られたのは事実であった。

みんなが元気なのが一番いい。一番幸せだ。


お金の話も具体的に見えてきたりする。

来年からわたしも介護保険料という(名の税金)が増えるが、

誰かの安心がわたしの安心に繋がるのであれば気持ちよく払えるような腹づもりにはせねばならない。

困ったなぁとは思うけれど。


人生は、長い。

生まれてから強制インストールのRPG生き残りソシャゲはログアウトも許されない。

自分がSSRだとも思えないけど

出会う人鉢合わせたイベントは逐一わたしの中ではSSRである。


もう少し楽しむ方向で考えられるように

ポジティブシンギンとはいかない世の中だけど、

ちょっとくらい遊ぶ方に気持ちを全振りしてみたいと思った。

死にたいとか言えないくらい

この3ヶ月は結構充実してたんじゃないかなと、思う。


目一杯で溺れそうだったけど、

一回も死にたいと思わなかったのは本当に家族と相方と周りの仲間のおかげだった。


楽しくは正直なかった日も多かったけど

須藤さんと松延さんのワンマン、左京計画や、魔梨威さんの企画も普段のライブも、

ゆんチャンといった焼肉も、

ちゃんと素で沢山笑えた日々であった。

母の味噌汁で号泣した日はたかまるさんの「絶望してても腹は減る」を歌いながらたべた。


だから家族のことも向き合えた。

確定申告も、エマジェンや遠征思い出したりしてにこにこしてできた。


音楽やってなかったらどうなってたかな。

本当、音楽は世界を救わないかも知れないけど、

少なからずこうして、わたしは救われた。


いつかどこかの誰かが左京やみょんずの曲で救われる日があればいいなと。

その日のためにもう少し頑張ってみてもいいかなと。

結構綺麗事やなくて素直に思ってる、そんな春の始まりです。


長文読んでくれてありがとう。



釈迦誕生日にキリスト復活、
春はなにやらテキトーにおめでたいと言っておけばどの宗教でも合致するから
頭の中は御花畑の春爛漫と洒落込みましょう。

さ、今宵は飲んで寝るです。
皆様にもよい春が来ますようお祈り申し上げます。

死ぬまで生きようね。

さきょ🦊