いつもkokoroからブログ -29ページ目

いつもkokoroからブログ

日常の切り取り、特別な日の記憶、忘れられない思い出、
わたしのkokoroが感じた出来事を記します。

昨日は仕事終わりに大好きな友人と京都でお茶ニケーションをしてきました。

京都一保堂の「くきほうじ茶」 
パッケージと付属のスプーンも素敵です。

早速夜、おうちでお茶をいただきました。
ほうじ茶は、沸騰した100度の熱湯でいれるほうが、香りがしっかり出て美味しいんですね。

お湯を注いで、30秒蒸らすだけで出来上がり。
お膳にカップを置いて運んでいる間に飲みごろになります。

まず、見た目はしっかりとしたきれいな茶色
そして香りがとっても香ばしくて良いアロマ
一口すすってみると、「とっても美味しい!!」

すぐに大ファンになってしまいました。

もともとお茶は、身体を浄化させてくれる飲み物。「タンニン」という成分が胃腸の働きを高め、動脈硬化や高血圧にも効くといわれています。
なかでも「ほうじ茶」は、「カフェイン」の含有量が少なく眠る前や妊娠中の方でもいただくことができるのでおススメ。

眠る前の夜時間におススメの浄化ドリンクです。

yuri 素敵なpresentをありがとう☆
今夜見た「歴史秘話ヒストリア」という番組で印象的な言葉があったので
紹介したいと思います。


悪の華といわれた「藤原頼長」

貴族政治を立て直そうと厳罰や処刑、男色までをも使用し、
周囲から疎まれながら戦い続けた貴族です。
最後には、貴族から疎まれ兄に陥れられ、父からも裏切られ
命を追われ、命を絶ったと言われています。

亡骸は、京都の「相国寺」に葬られているそうです。

藤原頼長が、死の三年前に記したとされる子供たちへの遺言。


『私が死んだ後
 もし魂があるとするなら

 朝廷の政治を行う場にいるつもりです

 もし私のことが恋しいと思った時には

 朝廷の議場に来なさい

 天皇のために仕事に励むことで

 私の恩に報いなさい

 豪華な衣服や家来の数を望んだりせず

 忠実に仕事に励み

 それによって人に嘲(あざけ)られることを

 恥じてはなりません

 努めなさい 努めなさい』



「努めなさい 努めなさい」

とても勇気の湧く美しい言葉だと思います。


「頑張る」ではなくて「努める」

本当に自分の与えられた仕事に「努めているだろうか」

「努めなさい」とは「命を投じて日々の仕事に投じているだろうか」


まだまだ甘い未熟な者ですが、
一千年以上前の先人に言葉を頂けた夜でした☆

本日は、“金環日食”でしたね。

姉から友人の方が撮られたという金環日食の
素敵な写真が送られてきたので、お借りします。

今朝は、私も眠い目をこすりながら、
ベランダから空を眺めていました。
あいにく雲が多く雲の隙間から少し見える程度でした☆

色々な専門家の方々もいってらっしゃいますから
ご存知の方も多いと思いますが、

金環日食は、『地球―月―太陽――双子座』が一直線に並ぶ奇跡の
配置だそうです。

このときは、大きな変化、過去との決別で
今までの膿が表出し、最大のデトックスが起こるとき。

こんなときにこそ自分に立ち還るチャンスです。

☆自分の感性を最優先にする
→他人からの見られ方や世間の基準ではなく自分がこころから大切にしたいものを選んでください。
→小さいころから好きだったものや事を始めてみる

☆自分の身体が喜ぶことをする
→たとえば、感謝を伝えたいと思った人に手紙を書く
→無理をし過ぎない、休息をしっかりとる
→意地悪や噂話、悪口を言わない

等など。

自然の摂理に順応する生き方をすれば、
おのずと、本来の自分の魅力が引き出されると思います。


私も今日からまた新たな気持ちで、
ワクワクする毎日を歩き出してみたいと思います。

一人一人が自分らしく生きる世の中へ。


今日は、沖縄がアメリカ合衆国から日本に返還されて40周年の日です。

今いる場所から沖縄はとっても遠いので、私たちの生活にはなかなか他国からの占領を意識することはありません。

けれどここ数年、宮古島へ行くようになってからは沖縄も少し身近に感じるようになりました。

また昨年の東日本大震災を受けて関東や東北からも沖縄へ移住している人たちが増えているようです。

私たち夫婦の大好きな写真家「藤代冥砂・あゆみ一家」も沖縄へ移住されました。

フードコーディネーターの根本きこさんも移住された方の一人です。


このブログでも書きましたが先月宮古島の帰りに沖縄へ一泊して帰ってきました。


北谷村に行くことを考慮して、夜は「宜野湾市の上に位置する美浜町」というところに宿をとりました。

そのとき夜ご飯を食べるため車でホテルの近くをしばらくドライブすると、

米国海軍施設キャンプ場が果てしなく続いています。
また、米軍の兵隊の方々が通うであろう飲食店やパブが道沿いに何キロも連なっています。
美浜アメリカンビレッジといってアメリカの街を似せたような商業施設もあります。
tattoの店も数多くみられました。

結局、自分たちが好むような店が見つけられず、
びっくりどんきーで夕食を済ませました。(沖縄にきてまで行くところか・・・)


とても日本とは思えないような違和感のある場所でした。

勿論、そちらに住んでいる日本人の方々にとってははそれが何事もないような日常の風景
だと思います。


私たちは基地が近くにある場所に住んだことがありません。

だけども沖縄の人たちが移設を必死で求め続けてらっしゃることに
勝手ですが、少し共感しました。

決して差別とか国民性が異なることに問題視しているわけでなく、
若い兵士(男性)が多くを占めるということに、やはり町の異様さを幹事猿おえませんでした。


政府は口ばかりで結局米国に操られるままなのでしょうが、

沖縄に住む子供の未来のために、真剣に基地問題と向き合っていけたらいいなと思う記念の1日です。


$いつもkokoroからブログ
最近、ある記事を読んですごく共感したことがある。

記事前半を読んだところですぐにどの“企業”を指している話かすぐにわかった。

というのも自分自身も2年前に数回その企業のおそらく同じと思われるオフィスに
伺ったからです。
その時、作者と同じような感覚を私も受けました。


例えば、「社員がお客様より態度がでかいというエピソード」

エレベーターで、お客様カードを首から下げている顧客を見抜きもせず、当たり前かのように自分たちが先に乗り、先にエレベーターをおりる。
また、エレベーター内でもおかまいなしに会話を繰り広げている。

私が伺ったのは、毎回お昼ごろだったので特に社員の移動が多い時間帯だったのであろうが、
遠慮というものは、この人たちから一切感じなかった。


また、「贅沢な受付スペースと無機質な受付嬢による案内」

これも同じように感じた、20畳近くもあろうかという高層階フロアのその企業の受付スペース。

おそらく有名なデザイナーに発注したのであろう芸術的な空間のはるか奥に
2名だけ受付嬢が並んでいる。

彼女たちはもちろん一流の作法で接客してくれる。
だけども本当にそんなスペースや受付嬢は必要なのであろうかと思った。


そして最後に、「なんの覚悟もなく仕事ができるように勘違いしている社員達」
とにかく“おもてなしの心”というものは彼女彼らにはないようである。
普通にフランクに会議室に入ってきて、会議の途中でもお構いなしに席をはずす。

一人一人のデスクに個別の電話番号があり、また多くのほかの同年代の人たちより多くの給料をもらっている。

その人の責任や仕事の成果に対して、報酬が支払われているのではなく、
その企業のビジネスモデルやブランド力に対して、報酬が支払われている。


社会の不条理なのか、賢さなのかよく分からないが、
そういう人たちに怒りとむなしさが湧いてくる。


でもこの記事の最後がとても面白かった。
灰色の人間から脱する方法、ならない方法が書いてある。

それは私がこのブログに込めた思いと重なっています。

「自分自身の心の声を大切にし、身体が喜ぶことをする。」

それが本当に豊かな人生への道だと思います。


https://www.facebook.com/KandaandFriends/posts/314982261911099
(神田昌典さんFACEBOOKの記事より)

よかったら時間のあるときに読んでみてください。

$いつもkokoroからブログ