待ってるときが長くなると、
相手の話が共有できなくなるという。
たとえばそれが、仕事の話だったり
悩んでいることだったり
どうしてそんな風になるんだろう
見えない部分が多過ぎるから?
一緒にいない時間が長すぎるから?
あるひとは、『違う、そもそも共有しようとするな』という。
仕事のことを聞いてもリアルに理解できないからと。
でもね、それはあまりにも寂し過ぎるよ
うちの父は良くしゃべる
話の85%は父がはなしている
母はけっして無口なひとではないんだけど、それでも父の話しをよく聞いている
明日父がいなくなったとて、母はなにひとつ不自由しないだろう
父が世話になったひと、可愛がっている部下、訪問している人、教え子のこと
父に関わるすべての人を母は把握している
そんな二人に共有しないという選択肢はない。
だからね、こう思うんだ。
『あなたが耳を傾けることをあきらめなければ、きっと相手は話しをし続けてくれるよ。だって人間の本質は“理解されたい”って渇望しているんだもの。』
待つことを楽しもう。
そしてたくさん話をしよう。
聞きたいこともたくさんあるから。