ご無沙汰しております。


忘れないうちに

プラハで素晴らしいと感じたこと

を書いておこうと思います。


その1

「乗り物に乗ると若い子が必ず席を立って目上の人に席を譲ろうとする。」


私などまだ年寄りには見えませんが

何度も席を譲ってもらいました。


困ってる人が居ると

さっと動きます。


杖のおばあさんが妊婦さんに席を譲ったのも見ました。


それと電車やトラムの中ではチェコ人はお喋りしません。


アジア人だからとの差別もありません。

(観光客は若い子でも立たないのでチェコ人じゃないとわかります。)


それと


電車、トラムなど時間ピッタリに来ます。時刻表通りです。


(アパートの側の聖リュドミュラ教会。観光地ではないのが良かったです。)


その2

あちこちに芸術作品が転がっていますが、特に石畳が整頓されていて模様も様々です。


(イタリアもスペインもフランスも石畳はただ石がバラバラに置かれて凸凹で歩きにくいのが定番)


手先が器用できちんと作るこだわりがあるんだと思います。


四角形の石畳


放射線状に並べた石畳


(ブルタバ/モルダウ川にかかるカレル橋は西と東を繋ぐ重要な役割を果たしていた時があります。)


(スメタナ自筆譜。ドボルザークと比べて几帳面です。)


その3

「文字を読むのが好きな国民」


とにかく何処に行っても説明が長いです。

これでもかと言うほど人に読ませたがります。


でも例えば買い物に行って

お店の人にアドバイスを求めると

店員さん、普段から勉強してると思える

理論的な答えをしてきます。


なので考える力がある国民だと思います。


書ききれないので巻物風になっていて回転させて読む仕組みになっています。


さっきの石畳とは模様の色が反転しています。しかも石をなめしてあるので歩きやすいです。


こちらも違うデザインの石畳。


ディズニーの「美女と野獣」のモデルになったと言われている図書室(ストラホフ修道院/哲学の間)


ストラホフ修道院/神学の間


アルキメス(錬金術)博物館


ここにも巻物風の読み物が大量に置かれていました(壁側)。徹夜しても読みきれない量です。


チェコ語と英語の両方で書いてあります。こういうのがさっきの巻物以外にも多く貼られています。


市民会館のロビーにあったある彫刻家の人生について。もっとありますが長いのでこれだけ載せますね。


プラハ市図書館のロビーにある本の塔(本物の本です)。


プラハを発つ前日の日、

オペラ「カルメン」を観に行きました。

(フランス語版)

ここは古い方のオペラ座でモーツアルトがドン・ジョバンニを初演した方の歌劇場ではありません。


闘牛士のバリトンの声が

オケに負けて聴こえなかったり

フルートがソロパートでとちったりもしましたが、

子どもの合唱は素晴らしかったですし

全体的に個性的(斬新な感じ)で良かったです。

私は3幕のミカエラのアリアで泣きました。😭 主役カルメンよりちょっとしか出番がないミカエラ、存在感も舞台いっぱいで良かったです(あくまで私の意見)。


またチェコに行きたいです。✨✨✨


(結局チェコ料理食べなかったので次回行ったら食べたいです。)



ひまわりひまわりひまわりひまわりひまわりひまわり

番外編 <カフカ>


カフカはプラハの出身で

ユダヤ人でした。


40歳で結核で亡くなっています。


カフカはお父さんと一緒に住みたくなくて

家以外の場所に住みましたが

この部屋はその1つで

プラハ城の外れ

使用人の部屋の様な場所にあります。


トイレもないような部屋で、

2階は兵士が見張りする

城壁の一部です。


実は直ぐ下は拷問部屋です。


彼が小説「田舎医者」を書いたこの部屋は

今はカフカの小説をメインに

売るお店になっています。


この小説がこの部屋で書かれたと説明が書いてありました。

1917年執筆「田舎医者」


カフカの部屋は細い路地から

城の外に出られるようになっています。



それで娘達も興味を持ったので

カフカ博物館に行ってみました。


中庭の彫刻


カフカが関わった4人の女性


この博物館もチェコの他の博物館と同じ

文章がとにかく多いので

全部読みきれません。


カフカについてより

カフカを取り巻く家族、友人、仕事関係の人

その人達の人生などが

細かく説明されています。


(英語とチェコ語での展示でした。)


カフカ博物館の後、

近くに英語の書店があり

ここで2時間引っかかりました。


末娘はカフカの「日記」の一部を博物館で読んで

続きが読みたいと思っていたらここに売っていたので

大喜びでした。



カフカはお父さんから言葉の暴力を受けて育ったのですが

お父さんに渡されることはなかった「父への手紙」は

日本語で検索すると

それについて書いている記事がいくつか出てきます。


自分のことなのであまり詳しく書きたくありませんが

私の弟は17歳で交通事故で亡くなりましたが

カフカと似たような境遇だったので複雑な思いです。