お久しぶりです!

今回はリブログの記事です。

この後、何回かに分けて
芸大作曲科卒のプロでいらっしゃる
のんたんさんのリブログをしていこうと
思っていますので、

音楽に興味のある方は、
宜しくお付き合い下さい。

相変わらず私は、
「和声課題」を
楽しく学習中です。

やっと1巻の課題28になりました。
属七の和音が足されて、
ミスが続出し、
わくわく感が増しています。
(燃えるタイプです!)

「和声」や「和声課題」に
興味を持った一番最初に心に残った記事が

こちら↓


以下、記事の引用です。
(是非、元記事をお読み下さい。色々な興味深いリンクもたくさん貼ってあり、お役立ち情報満載です。)

引用より:

「和声なんてやったって意味がない
って人がいるんですが、
やったらやっただけちょう意味ある!
と私は思います。

むしろおもしろいし、楽しい!!!

和声を勉強することは、
人にこれだけ知ってるって自慢することではなくて、
どれだけ知ろうと出来るか、
対話のための、
コミュニケーションのための一つの道具です。

コミュニケーション

誰と対話するか?
誰とコミュニケーションするのか?

それは過去の作曲家です。
死んでしまった作曲家たちです。

和声を勉強すると
楽譜しか残ってない
死んでしまった作曲家たちと
対話ができる。
それが和声のいいところです。

全ては分からないかもしれない。
でも手掛かりになる。

(:引用終わり)

この他にも
のんたんさんが高校生時代、
芸大受験中に学んだ
様々なエピソードで

音楽の見え方が変わったお話しなどを読んで、

私もそうなりたい!

と強く思うようになりました。

これ、すごいです!
本当にわかるようになったら

音楽を聴いた時に、
感じ方が違って聴こえるらしい!

私はその時まで
生きてる限り、

和声を勉強していこうと思っています。



ところで、

一般の方には少しハードルが高い
和声。

まずは楽典から、

先生に付いて習うと
スムーズに行くと思います。

今はオンラインでも習う事が出来ますし、
楽典は教えている方、
大勢おられます。

楽典なら、
ピアノの先生も
ピアノとは別枠で
教えて下さる方もおられると思います。

ただ指導者選びで気をつけたいのが
「知識がある」=「指導出来る」

ではないので、

また、レッスンのやり方も、
添削、オンライン指導、対面指導など
色々あるので、

指導者選び、指導方法は慎重に。

予め細かく質問して
やり方などを聞いておいた方が良いです。

オンラインか、添削か、対面か。
オンラインの場合予め提出する方法や
開始何分前までの提出か、
添削の場合、
ミスがあった場合の質問はどの様に
出来るか、出来ないか、
電話、メール、頻度、時間帯。
先生によっては質問を想定した丁寧な添削をしてくれ質問しなくて済むでしょう。

ちなみに私のお勧めは対面、
その次がオンラインです。

安い、高いではなく、
自分に合った先生を見つけるのが
大事。

私も先日、和声課題の先生を変えました。

変えるのには勇気が入りますし、
たくさん悩みましたが、

教える内容ではなく
突然、LINEでの添削のみとなった為、
課題提出や直しの行ったり来たりが
提出曜日、時間が決まっていなかった為、
週末や夜は申し訳ないと思ってしまい

しかし課題の量が多いので、
週に1度の提出は無理で、

つまり、この課題で理解してると確認しないと
次の課題に取り組めない事が多く、

オンラインの時は量は少なくやっていて
ペースはゆっくりで、
質問も週1のオンラインの時に
全部質問していたんですが、

添削では質問も控えて
ネットで何時間も検索したり
(でも見つからない〜😢)
お返事も直ぐにはないと
携帯を見張ってる事になり、

しかし課題量が多かったので睡眠不足から
自律神経の乱れで回転性めまいになり、
とりあえずはお休みしました。

この先生は添削のみ、と変更された事も
先生を変えるきっかけにはなりましたが、

この先生の意見は、
和声課題は作曲に通じるもので、
(対面でないならLINEなど経由の添削のみ)

楽典や楽曲の和声分析などはピアノ演奏に役立つもの
(オンライン可能)

(*これらは別料金と連絡ありましたが、そもそも和声課題と楽曲のアナリーゼを一緒に学ぶつもりがありませんでしたし、料金が別なことには何の問題も感じませんでした。むしろ当然とすら思いました。ただ目眩発作になって和声課題の提出範囲を終わらせるのも大変な中でオンラインの楽曲分析も継続する予定をしているという先生に驚きました。)

和声課題は
ピアノの練習時間を削る

というものでした。

確かにそれは事実で、
1日5、6時間弾いていたピアノが
全く弾けなかったり、
1、2時間になったりしました。

ですが、

「やりたい」「楽しい」

という気持ちが
その時とても強く、

夢中になれることでした。

ピアノと和声課題なら

今は和声課題をとことんやりたい
と思ったのです。

しかし添削しか選択肢がなく
これまでのように
LINEのやり取りをしていたら
また気を遣って具合が悪くなると思い、

次の先生を見つける時に相談しませんでした。

でも一応、事後報告はしました。

色々ありましたが、
和声課題は楽しいです❣️

ピアノ演奏だって、
和声課題だって
シニアの私には社会の役に立つこともない、
プロとして仕事になるものではない
という意味では同じです。

強いて言えば
自分の為になるだけ。
(でもこれ、大事!と思います。)

でものんたんさんの言う、
大作曲家との対話はしたいです。

これはとっても楽しみです。


実家近くの桜。

寒さが戻り1月のような雨天気の東京です。


そして、


知人が貸してくれた本。

なかなか勇気をたくさんくれる本です。


学生の時、哲学の授業だかで

「夜と霧」を少しやったのですが、

こちらのエッセイはまた別の視点から

「夜と霧」を捉えています。





和声課題にハマっています。

(記事の後半に私の通ってきた和声課題までの道、
ノウハウを紹介致します。)

和声に興味を持ち始めたのは
今のピアノや和声の先生に出会う前、
こちらのブログに出会ったからです。

和声をとてもわかりやすく、
子どものピアノ学習者さんにもわかりやすく
記事にしておられます。

楽譜も売っておられます。
音譜音譜音譜音譜音譜音譜音譜音譜音譜音譜

私のお気に入りは
ヘ長調のハッピーバースデーキラキラ
(ホームパーティーなどで誰か誕生日月だと、
誰も歌ってくれなくてもピアノ弾くだけで
お祝いムード盛り上がります!!


和声課題をしようか迷っている時に

背中を押してくれ、


本当に感謝ですラブラブ


(全ての声部が順次進行にしなくてはいけない部分を赤で囲っています)


(1つのバス課題に最低3通り考えるのが私の楽しみ音譜


シニア世代の私が、


ピアノもパンデミックで始めたばかりで

(その前は30代前半で2年ほど習ったきり)


ピアノの練習を削ってまで、


楽曲の和声分析や、

和声課題をする必要があるのかと言うと、


必要ないのかも?しれません。



最初は自分が弾いている曲、

ブルグミュラー25の練習曲などの

楽曲の和声分析を

習っている先生に手伝って頂きましたが、


どんどん興味がわいて、

今は和声課題にハマっています。


ただ楽しいからやっていて、

何に繋がるかは

考えていません。


ピアノを弾くより楽しいと思うのは


私の年齢だと

ピアノはいくら頑張っても

直ぐには上達しないし、

手も広がらないので

難しい曲は早々直ぐに弾けるようにならない

と思うんですが、


和声課題は

音の動きを自分で考えられ、


私の場合、

ピアノを練習していても

旋律(音)が言葉を話してるように聞こえるので、


和声課題をしていると

各声部がお喋りをし始めて、


このお喋りを聞くのが

何とも楽しいです。音譜


音符音符音符音符音符音符



(自分が弾いてない曲の楽曲分析。答え合わせで間違えた所は記録が残るように❌を付けました。)

(ベートーヴェンは曲の終わり近くにドッペルドミナントの下方変位と下属調のセカンダリードミナントの下方変位を上手に取り入れていてなかなか感動します!)


<和声の私の歩んだ道>


和声に興味がある方の為に


音楽の基礎知識がない私が、

どうここまで辿り着いたのか


ご参考までに書いておきます。


1.全ての音階を覚えましょう。


音階は五線紙に書くのではなく、ノートに音名で書いて覚えました。


何故かと言うと、五線紙に書くのは♯や♭の場所を覚えておけば意外と簡単だからです。


5度圏の図も長調と短調も合わせて

何度もノートに書きました。


順番はハノンの音階の順番でノートに書きました。


ですが、音階は同じ音から始める音階をセットで覚えました。


イ長調

ラ シ ド♯ レ ミ ファ♯ ソ♯


変イ長調

ラ♭  シ♭ ド レ♭  ミ♭  ファ ソ


これで見るとわかりますが、

♯が付いてない場所に

♭が付いています。


全ての音階がこういう組み合わせになっています。


例外はエンハーモニックの

変ハ長調(♭7つ=ロ長調♯5つ)と

嬰ハ長調(♯7つ=変ニ長調♭5つ)


それから、

ヘ長調とト長調に挟まれた黒鍵から始まる、


嬰ヘ長調(♯6つ)と変ト長調(♭6つ)


なので私は末っ子ちゃん、

と呼んでいます。



2.音程幅が言えるようになりましょう。


3度機能和声は長3度と短3度を基準に成り立っているので、


音程幅がわかる事がとても大事です。


音程幅はとても簡単ですが、

全部の音階を覚えてから(特に長調)

やるとやりやすいです。



3.ダイアトニックの和音を長調、短調、全部書き出しましょう。


短調は自然短音階、和声的短音階、旋律的短音階と全部書き出しておきます。



4.同時進行で楽典の本を独学し、わからない所はピアノの先生に質問しました。


私が使ったのはこちらの本です。




和声課題はまだ1巻の途中なので

連続5度だとか、色々な見落としがありますが、

ブルグミュラー25などの曲を弾いている時でも

譜読みしている時でも

楽譜の見方が変わります。


それから街中で流れているポップスなどでも

ドミナントで始まってるとか

第3音で終わってるなど

色々わかってきて

楽しくなります。


絶対音も相対音もない私ですが、

それでも今のところは楽しく学んでいます。


(ペースはゆっくり目がお勧めです。

音大受験するわけではないので

確実に理解出来て身につく方が断然お得と思います。)


私のピアノのレベルでしか弾けない

即興で音を鳴らすのも好きですが、

五線紙に書いていたら溢れてきたので

今は書くのはやめて

ただ音を出して楽しむことにしました。


面白いのは、和声課題とかやっていても

即興で弾く時には

そういう理論は全部忘れて

ただ音が出てくるままに弾いています。


なので、たまにどんどん転調して

戻ってこれなくなる事があり、

調性音楽を作曲してる作曲家さん達、

すごいなあ、と思います。


プロは本当にすごいです。

ピアノでも他の楽器でも、

作曲でも。


ピアノ、音楽、和声、

楽しみ方は人それぞれですね。



夕方、家の前から金星(木の右上辺り)が見えました。












本当にお久しぶりです。


スイスにある

ラフマニノフ財団の

芸術兼マネージングディレクターの

アンドレア・レッチャーさんから

記事の掲載の許可を頂いたのが

2023年の12月でしたが、


1年も経ってしまいました。あせる


ラフマニノフ財団のウェブサイトは

主にドイツ語ですが、

こちらです。




(室内の壁にかかっていた絵はロシア正教会っぽい形です。)

(1939年8月11日にルツェルンで行われた演奏会の広告。ラフマニノフがピアニストで出演しています。)

(食堂の絨毯なども当時のままです。)

(ラフマニノフの手。ピアノの鍵盤のドからソまで届いたとか?)

(当時としては珍しいシンドラー社のエレベーター)

(シンドラー社のエレベーターのネームプレート。)

(エレベーターの中はこんな感じです。)

(ラフマニノフの大きな愛車はアメリカとスイスを行ったり来たりしていたようです。)

(何でも大きい物が好きだったラフマニノフが愛用したボート。)

(お風呂場も当時のままです。)

(これは階下に居る使用人を呼ぶ為のベルだそうです。お風呂場から使用人が呼べるようにしていたんですね。)

(ラフマニノフは大工仕事が大好きで色々作ったようです。)

「Villa Senar」を訪れたのは

2023年の9月17日。


1年以上経ってしまいました。


英語サイトです。


ピアノが置いてある部屋の書斎机に
ラフマニノフが1951年に書いた
手書きの楽譜があったので

少し写真に撮らせて頂きました。

彼の手書きの音符を見て
うちの夫が

「うわ〜meticulous (几帳面)な性格そう!」

と言ったんですが、

皆さんはどうご覧になられますか?











(ピアノの部屋からルツェルン湖が見渡せます。)

(絶景。窓も当時のままで、この窓や窓ガラスを当時舗装されていない農道を通って運ぶのが、この家の建築で1番大変だった事だそうです。)

Villa Senar は一般公開されておらず、

予約なしに訪れる事は出来ませんが、


夏の間は予約が無くても

特定の日は

(特にお天気の良い日曜日の午後)

テラスカフェが利用出来ます。


(詳しくはブログの終わりの方に書いておきます。)


家の中には入れませんが、


カフェが空いている日は

ラフマニノフが好きだったお菓子を

買って食べる事が出来ます。


ですが、


残念ながら秋と冬はお休みです。


演奏会などは

継続的に行われていますので


演奏会などのスケジュールは

こちらでご確認下さい。


気をつけて頂きたいのは

ドイツ語による案内ですので、


特に家や敷地のガイド付きツアーは

ドイツ語が理解出来ない場合は

内容が理解出来ないことがあります。


プライベートのツアーを申し込む事も可能ですが、

こちらも、

詳細はブログの終わりの方に

書いておきます。


通訳などもオプション(別料金)で

可能と思いますが

詳細はブログの終わりの方に書いておきます。


今、オンラインでチケット販売をしているのは

次のプログラムです。

(変更される事が御座いますので詳細はウェブサイトで必ず確認して下さい。)


2024年12月4日水曜日 

午後2時15分、ヴィラ・セナール

バラ園でのゲンセブリュエムリ ファミリーコンサート

ファミリーコンサート – エドワード・ラシュトン、サロメ・ボーニ、クリスティーン・シリス 他

6 歳以上のお子様を対象としたシアター コンサートでは、ラフマニノフと彼の室内楽が披露されます。子どもたちは、ラフマニノフの家、彼の世界、そして彼の音楽を、学際的かつ参加型の方法で発見します。変更される場合があります。

チケット 大人 30 スイスフラン/子供 10 スイスフラン


2025年3月8日土曜日 

午前10時15分と午後12時15分、ヴィラ・セナール

一般公開ツアー(ガイド付きツアー)

ラフマニノフのヴィラ セナール、邸宅、公園のツアー、亡命の楽園、建築、特別な物語についての洞察を体験してください。

主催:セルゲイ・ラフマニノフ財団。

30スイスフラン / 15スイスフラン


2025年3月8日土曜日 

午後4時15分、ヴィラ・セナール

マリー・メイドウスキーとヨン・ソプの曲

受賞歴のあるLIEDデュオ、マリー・メイドウスキー&ヤング・ソブがラフマニノフの曲で夜をリードします。

チケット 大人 50 スイスフラン/子供 15 スイスフラン


2025年3月9日日曜日 

午前11時15分、ヴィラ・セナール

マリー・メイドウスキーとヨン・ソプの曲

受賞歴のあるLIEDデュオ、マリー・メイドウスキー&ヤング・ソブがラフマニノフの曲で夜をリードします。

チケット 大人 50 スイスフラン/子供 15 スイスフラン


2025年4月5日土曜日 

午後4時15分、ヴィラ・セナール

偉大な芸術家を偲んで - トリオ・エレギアク Op. 2、9番

ヴァレリヤ・クリルチュク(ヴァイオリン)、ディアナ・ビストロヴァ(ピアノ)、アレクサンダー・ミハイロフ(チェロ)によるセルゲイ・ラフマニノフへのトリビュート。音楽家たちの主導で、セルゲイ・ラフマニノフへのオマージュが制作されています。

チケット 大人 50 スイスフラン/子供 15 スイスフラン


2025 年 4 月 12 日土曜日 

午前10時15分と午後12時15分、ヴィラ・セナール

一般公開ツアー

ラフマニノフのヴィラ セナール、邸宅、公園のツアー、亡命の楽園、建築、特別な物語についての洞察を体験してください。

主催:セルジュ・ラフマニノフ財団。

ガイド付きツアーは午前 10 時 15 分と午後 12 時 15 分に行われます。 

チケット30スイスフラン / 15スイスフラン



2025年5月3日土曜日 

午前10時15分と午後12時15分、ヴィラ・セナール

一般公開ツアー

ラフマニノフのヴィラ セナール、邸宅、公園のツアー、亡命の楽園、建築、特別な物語についての洞察を体験してください。

主催:セルゲイ・ラフマニノフ財団。

ガイド付きツアーは午前 10 時 15 分と午後 12 時 15 分に行われます。 

30スイスフラン / 15スイスフラン


2025年5月31日土曜日 

午前10時15分と午後12時15分、ヴィラ・セナール

一般公開ツアー

ラフマニノフのヴィラ セナール、邸宅、公園のツアー、亡命の楽園、建築、特別な物語についての洞察を体験してください。

主催:セルゲイ・ラフマニノフ財団。

ガイド付きツアーは午前 10 時 15 分と午後 12 時 15 分に行われます。 

30スイスフラン / 15スイスフラン


2025年6月21日土曜日 

午前10時15分と午後12時15分、ヴィラ・セナール

一般公開ツアー

ラフマニノフのヴィラ セナール、邸宅、公園のツアー、亡命の楽園、建築、特別な物語についての洞察を体験してください。

主催:セルジュ・ラフマニノフ財団。

ガイド付きツアーは午前 10 時 15 分と午後 12 時 15 分に行われます。 

30スイスフラン / 15スイスフラン



(ニューヨーク・スタインウェイはラフマニノフにスタインウェイがプレゼントしたものです。)

(この家を訪れた方達の写真が飾ってありました。)



クローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバー


ヴィリア・セナールを訪れた時、

私達はアンデルマットという街に

アパートを借りていました。


アンデルマットはスイスでも山の上の方なので

気温が低めです。


ラフマニノフのスイスの家は

ルツェルンという街の近くにありますので

アンデルマットからは峠道を降りて行きます。


Villa Senar までアンデルマットから
本当なら1時間ほどですが

スイスは速度規制が厳しく
速度違反取り締まりのカメラが
カメラではなくスキャナーで行われている為、
どこに設置されているかわからず、

到着まで約2時間かかりました。


アンデルマットから来ると

湖の右側はこの様に住宅地の道路なので

速度制限が時速30kmの所もあります。


この湖は手を広げたスケボーをする人の様な形です。


ルツェルン(Lucerne)が湖の1番奥で、

赤い到達点がラフマニノフの家です。


(ちなみに Lucerne は英語ではルザーンと発音し、これはフランス語と英語のスペルです。ここはドイツ語圏なのでドイツ語表記では Luzern と書きます。ヨーロッパでは英語表記のスペルが本来の地名と全く違うことが多いですよね。)


ラフマニノフがこの場所を

気に入った1つの理由が

湖の1番広い場所だったからだそうです。


ちなみに湖の左側にある黄色い線は有料高速道路で、

帰りにルツェルンの街に遊びに行ったので

復路は高速道路を通りました。


少し早く着いたので

入り口がまだ閉まっていました。


入り口の横にある説明を

グーグル翻訳しました。


QRコードで情報を見る事が出来るようです。


敷地は長い塀で囲まれており、

道路の先は別の民家の敷地なので


ラフマニノフの敷地を覗くことは出来ません。



1番先に到着したのは

ピアニストでした。


車を停める場所はないので


移動は、ルツェルンから

公共の乗り物で行くのが推奨されています。


私達は車で行くしかなかったので

下調べをして、

スーパーの駐車場から歩くなど

考えていました。


ですが、たまたま私有地の駐車場があり、

許可を求めたら停めて良いと言われたので

運良く、割と近くに停める事が出来ました。


(ここは既に敷地内です。)


家は丘の上にあり、

敷地の両側に小道があり

湖まで降りて行く事が出来ます。


湖の中にある

向こう側に見える建物が

ラフマニノフが彼の大きなボートを停めていた

ボート小屋です。


湖の水の温度を見ようと

夫が水に手を入れようとして

階段を1段降りると

苔が生えており

片足が落ちてしまいました。ガーン


私はそのまま体ごと落ちると思ったほど

片足の付け根まで水に入ってしまいました。


(夫は凄く楽しそうなんですが、私は靴の中まで濡れているので心配でした。こういう時、うちの夫は明るくて不平など一切言わない人です。)


突然、波が激しくなる時があるので

要注意です。


ここのベンチに

ラフマニノフはたまに座っていたそうで、

この景色を見ていたのでしょう。


向こう岸まで

自分のボートで

スピードを楽しみ

ボートを走らせていたとか。


ガイドさんによると15分で

向こう岸に行ったとか?


(私の聞き違いかもしれません。あまりにも速過ぎますよね?)





ラフマニノフのボート小屋



先ほどの夫が湖に落ちた場所から

ボート小屋に向かいます。


元々は小さなボート小屋でしたが、

ラフマニノフが大きなボートを買った為、

大きなボート小屋に建て替えたそうです。


ボート小屋から屋敷に向かう階段


木戸を抜けると

裏庭に出て来ます。


ラフマニノフの子孫の方が

この家を白く塗ってしまっていましたが、


ラフマニノフ財団が

本来の色を確認し、

元の色に塗り直しました。


この色にラフマニノフがしたかった

本当の理由は誰もわかりませんが、


ボートで湖に出た時に

目立つ色です。



建築も当時としては

かなりモダンなものだったそうです。



(午後、ルツェルンの街から出ている湖周遊ボートに乗りました。)

(確かにラフマニノフの家、ボートから目立つ色で、遠くからでも直ぐにわかります。一緒にツアーに参加したスイス人も「あの黄色い家は何かしら?」と以前から不思議がっていたそうです。)


一緒に参加したスイス人の方達。

ドイツ語のみの説明を聞いています。


家の入り口には

家の床を傷つけないように

ビニールの靴カバーが置いてありました。


運動靴など平らな靴を履いている方は

そのまま入っても大丈夫です。


玄関にあるラフマニノフのイニシャル


今回、リサイタルが行われたお部屋。



こちらが若手ピアニストの

Tommaso Carlini さん。


ルツェルン在住です。


左手に立つ、美しい女性が

ラフマニノフ財団、芸術、兼マネージングディレクターのアンドレアさん。


今回、本当にお世話になりました。









イベント後、手を比べさせてもらいました。

彼もラフマニノフ並みの大きな手で
ドからファまでは余裕で届くと言ってました。

「でも大きい手は
それなりの苦労もある。

小さい手でも美しい音色のピアニストを
大勢見てきた。

手の大きさではなく、
奏法だよ。
僕も最近、手を痛めて
奏法を変えたんだ。」

と言ってました。





(ラフマニノフが好んだロシア風のお菓子、Tarte Vocalise は当時と同じようなレシピで作っているそうです。私は生クリーム系やフワフワ系のお菓子が苦手ですが、こちらは好みのタイプで毎日でも頂けそうです。)

(左がラフマニノフが好んだヴォカリーゼ・タルトと、右はツナのオープンサンド。)

ピアニストのTommaso Carliniさんは


この日のミニリサイタルで、


ラフマニノフがよく好きで弾いていた

スカルラッティの1曲と、


「コレルリの主題による変奏曲」から

何曲か弾いて下さいました。


ラフマニノフは

この変奏曲を弾く時、

お客様の様子を見て、

飽きてる方が居たら、

変奏曲の何曲かを飛ばして弾いていたそうです。


(演奏しながらお客様の反応、見れるものでしょうか?)照れ


<今回のピアニスト、

Tommaso Carliniさん情報>


何故かYouTubeの曲の貼り付けが出来ないので、

彼のチャンネルをシェアします。


コルレリの主題による変奏曲も弾いていますので、履歴から探してみて下さい。


インスタグラムも

プロフィールは貼り付け出来ないのですが


彼がラフマニノフのピアノで弾いている

別のリールがありましたので、

そちらを貼っておきますので、

興味がある方はフォローして下さい。




馬 馬 馬 馬 馬 馬 馬


ここからは

訪れる為に必要な情報を書いておきます。


注意全ての情報や私の訳が正しいわけではないので、情報はウェブサイトからご自分でご確認下さるようお願い致します。



<テラスカフェ(夏のみ)>

夏に訪れる方は

テラスカフェが開いている時間を

ウェブサイトで確認してから訪問して下さい。


こちらは去年までの情報ですが、


晴れた日曜日のみ、

午後 1 時から午後 5 時まで

庭のみがオープンし、

テラス カフェが営業していました。


去年は、午後 2 時から午後 4 時まで、

ガイドによる 15 分間の家の見学も可能でしたが、

入場料には最低 5 CHF(スイスフラン) の寄付が必要でした。


予約不可。


予定は天候状況により変わり、

金曜日までに決定されて

ウェブサイトで通知されます。


2024年は6月初め頃から9月初めまで

日曜日の午後、1時から5時まで

公開されていました。


2025年の予定は

まだ発表されていません。


ウェブサイトです。



音譜音譜音譜音譜音譜音譜音譜音譜音譜音譜音譜音譜音譜音譜音譜


<コンサートやイベントの座席数>

35名まで

(一般公募のイベント含む)


<コンサート付きのプライベート着席ディナー>

24 名様までご利用いただけます。


<プライベートツアーなどお問い合わせ>

こちらまでメールでご連絡ください。

 office@rachmaninoff.ch


<一般向けチケット>

イベントカレンダーからオンラインで

直接チケットをご購入いただけます。


チケット購入の際は次の事にご注意ください: 


・ヴィラ セナールでのイベントやツアーのチケットの個人販売は許可されていません。


・イベントのチケットは、当社の Web サイト 、または当社の指定パートナーの Web サイト経由でのみ入手できます。


・ヴィラ セナールの敷地内で個人がプライベート チケットを発行してプライベート ツアーを行うことは禁止されています。



<アクセス>

住所: 

ヴィラ セナール

ツィネン通り 

66353 ヴェギス


<公共交通機関で来られる場合>:

 公共交通機関での移動をお勧めします。

ルツェルンからは、ボートでヘルテンシュタイン駅まで行き、半島を渡ってヴィラ セナールまで徒歩 15 分です。 「Stella Matutina」の標識に従ってください。コンサートやツアーの開始時間は船の時刻表に合わせて調整されます。



<お車で来られる場合>: 

Stella Matutina の標識に従って進みます。

敷地内にある駐車スペースは非常に少ないので、これらは身体の不自由な方の為に使用されます。


該当する方は駐車スペースの空き状況をメールでご確認下さい。

office@rachmaninoff.ch


<プライベートボート>: 

ハイヤーのプライベートボート乗り場があります。

予約、また空き状況については、メールでご確認下さい。

office@rachmaninoff.ch 


<文化財の保護>

ラフマニノフのヴィラ・セナールを訪れる際は、床を保護するためフラットシューズの着用をお願いいたします。スティレットは禁止です。


<クロークとロッカー設備>

公共ツアーやコンサートの際は、敷地内のロッカーと警備員のいないクロークをご利用いただけます。


<バリアフリーについて>

ラフマニノフのヴィラ セナールの 1 階全体は車椅子でアクセスできます。


ピアノのある部屋との間に3段の階段がありますが、階段の前に車椅子を簡単に停める事ができるため、ピアノスタジオ内とウィングの景色がよく見えます。


<開設にあたって>

全てはルツェルン州が開設責任を負っております。


<価格>

公開コンサートの料金は、企画やアーティストによって異なります。セルゲイ・ラフマニノフ財団は全てのイベントの資金を自ら賄っており、チケット収入だけでなく、スポンサー、資金提供財団、後援者に依存しています。


セルジュ・ラフマニノフ財団は、その文化プログラムの資金を寄付とスポンサーから賄っており、起業家精神に基づく助成金を受けていない文化事業です。


<プライベートイベント&ツアー>

プライベートの文化イベントを企画し、セルジュ・ラフマニノフ財団の専門知識を活用して、ラフマニノフの好みに合わせた特別なイベント、コンサート、ツアーを企画してみませんか?


メール、またはお電話でお問い合わせ下さい。


ただ今、2024 年のプライベート イベントは満席となっております。 


2025年のプライベートイベントやツアーに関するお問い合わせはメールにてお問い合わせください。ご理解とご協力を賜りますようお願い申し上げます。


プライベートガイド付きツアーに興味がある場合の費用は次のとおりです。


プライベートツアーの基本費用: 

ルツェルン州への税金 500 スイス フラン、

およびセルジュ ラフマニノフ財団の費用 500 スイス フラン (専門家によるガイド付きツアー、通信、組織、財団経費、保険、経費)。

最大25名までのガイド付きツアー。


お客様のご要望が分かり次第、喜んでオーダーメイドのご提案をさせていただきます。

(追加オプション、通訳や演奏会などは別料金となりますのでご相談下さい。)


連絡先マネージング兼芸術監督 : 

andrea.loetscher@rachmaninoff.ch


アップこちらはアンドレアさん直々のメールアドレスとなります。


<ニュースレター>

こちらから (www.rachmaninoff.ch ) 



ニュースレターに登録し、オンラインで予約できる新しいイベントに関する情報を常に受け​​取ることができます。





クローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバー


最近、あまりブログを訪れないのでメッセージを頂いても見過ごしてしまうかもしれません。


ご質問などがあって返事がない場合は何度か送ってみて下さい。


宜しくお願い致します。

🙇‍♀️🙇‍♀️🙇‍♀️


 



(リハーサルに来たバイオリンの子がくれたモーツアルトとベートーベン)


最近

YouTubeでピアノの

マスタークラスを見ることに

はまっています。


その中の1つをご紹介します。


教えておられる

ピアニストのシフさんは

ペダルを使わずに

バッハを弾かれる方です。


でもシフさんのバッハの演奏は

ペダルを踏んでいる響きで、


それは多分、演奏会場の音響が

抜群に良いからです。


前回の記事にも書きましたが

会場の音響は無視出来ませんね。


興味がある方は最後にシフさんのバッハの動画を載せておきますのでご覧下さい。


こちらの動画は

ジュリアードのマスタークラス。


見てい頂きたいのは14分頃から。


(日本語訳を選択すると字幕が出ると思います。

でも字幕がなくても音と仕草でわかります。)



シューベルトの即興曲 op142 の3番。


シフさんがこの学生さんに


「ツェルニー の音で弾いてはいけない、

シューベルトの音で弾いて欲しい」



何度も見本を見せてあげています。


ツェルニー などの

練習曲をする時にも

もしかして


「シューベルトのように弾いてみよう」とか

「モーツアルトのように」


と作曲家のイメージで

弾く練習をしたら良いのかしら?


この学生さんは

練習曲でやったような弾き方に

直ぐに戻ってしまい

何度も注意されていました。


作曲家の音って確かにありますよね。


曲のイメージによっても

音色は変わるので、


イメージ作りや音作りは

音楽をする上で

とても大事なんだと

この動画見て再認識しました。


以前の私は

先に譜読みして

ミスしなくなってから

イメージ作りしていましたが、


今習っている先生のアドバイスで

譜読みしながら曲想も考え、

ペダルも最初から入れています。


最初から考えて弾いていないと

譜読み終わってから

タッチなど全部やり直しになるので。

(これ先生の受け売りですが💦)


途中で和声分析も出来るだけやります。

和声分析すると

弾く時の道しるべになるのですが

それ以上に

作曲家の個人的な思いにも

近づく事が出来ます。


特に和声をきちんと勉強した作曲家は

(殆どの作曲家は和声や対位法を学んでいます)

物凄く意図的に特定の和音を入れて

訴えたい事が明確にあるんですね。


まだまだ先生の助けなしに和声分析は出来ませんが、とりあえずは先ず自分で考えてみます。


楽典と和声は今、還暦の私の楽しみ。


ピアノの練習だけだと

まだまだ難しい曲は弾けないので

モチベーションが保てないです。




ペダルを踏んで弾くピアニストが多い

バッハのパルティータ2番のシフさんの演奏です。

(ペダルなしで弾いていますが残響が凄い会場です)

ダウンダウンダウンダウン




泣き明かして決めた事なので

記録に残しておこうと思います。えーん


もう東京の本番まで2週間なので

主催者の先生やら

皆さんには本当にご迷惑をかける事になりましたが

🙇‍♀️🙇‍♀️🙇‍♀️


細かい事を書くと長くなるので

思い切り省略すると


私が選んだ曲、

ブルグミュラー25の練習曲の

1番 素直な心

3番 牧歌


にペダルを付ける、付けない


という意見の相違と


オンラインで行われた

本番2週間前のリハーサル兼の発表会で


私が考えに考えて作りあげてきた

曲想、イメージなどが

全く伝わらず


弾き終わったとたんに


「ずいぶんペダル入れたのね。

2曲ともペダルなしでいける曲よ。」


と先生が仰られて ガーンガーンガーン


(この先生にピアノを習っているわけではなく、ストリートアカデミーのグループ講座を通して発表会に誘われました。)


地の底に突き落とされたような


あ〜自分の演奏なんて

まだまだで

自分は表現してるつもりでも

相手には何も伝わってなかったのか〜。

泣くうさぎ


相手は稚拙な絵を

見せられた気分だったんだろうな


と思うと


やっぱり人前でなんて演奏すべきじゃない

と思い


もう自信もなく

止まらない涙を夫や子ども達も見て

えーんえーんえーん


「好きで家で

ピアノ弾いてるだけで良いじゃない。

発表会に出なくたっていいよ。」


と言ってもらえたので

辞退しました。


(日本には帰国しますが)


主催者の先生は

オンラインで

1回受けたレッスンの時、

このブルグミュラー25の曲集は

「アベマリア」以外は

ペダルなしで弾ける、

と何度も仰ってはいました。


実際にペダルなしで模範演奏も

他の曲も色々してくれました。


でも「素直な心」

私のイメージは

お母さん(左手の和音)

に抱っこされた赤ちゃん

最後には寝てしまうんですが。


ペダルなしだと和音がブチブチ切れますし

(赤ちゃん抱いた腕が抜ける)

この先生が勧めた指を何本か残したまま

次の和音を弾くテクニックは

手がこわばるので

次の音が綺麗に弾けません。


ちょっとペダルで繋げば和音は繋がるんです。


「牧歌」もやはり左手の和音の連打があり

ペダルなしだとブチ切れます。


最初はペダルなしでやってみましたが

どうしても雄大な自然の

風や雲や緑の表現をしたくて




(スイス旅行の時のこんな景色をイメージしました。)


この先生は

スキップしてるみたいなイメージだと

仰っていますが

(だからペダルなし)


オンラインレッスンの時は牧歌にはペダルを入れても良いと仰っていました。


でも2曲ともペダルなしで弾いた方が良いとは。


私には1回目の繰り返しは霧のかかった牧草地で

2回目は雄大な山と広がる大地。


でも通じなかったので

撃沈しました。ガーンガーンガーン


プロではありませんから

相手に通じない演奏しか出来ない自分は

それはそれで受け止めようと思います。


でも今後は人前で弾くのは止めようと思います。

誰も私の演奏なんて聞きたくない筈ですし。


自分が発表の場が欲しい方、

レッスンの成果を他の人に聴いて欲しい方、

発表会が目標になって練習する方は

発表会の利用は

悪くないと思います。


私は発表会がなくても

モチベーションは高いので


この発表会も

始めから

そんなに乗り気ではありませんでした。


それにパンデミックで

ピアノを始めたばかりなので

まだまだ長い目で自分を見守りたいです。


それにしても今回、この2曲を本当〜にすご〜く練習しました。

和声分析もしましたし、発表会でもなければここまで練習しないほど。


曲作り、イメージ作りを考えたり、試行錯誤もしてきました。

ペダルなし、あり、他にも色々。

それだけ時間をかけて考えて作り上げてきた曲が2曲とも通じなかったのはとてもショックでした。


あとペダルに関してもう1つ付け加えておくと

ヨーロッパの石の教会などではペダルを入れなくても音響が良いので踏んでなくても踏んだ効果が出ます。なので実は当日の会場の響きが良ければペダルは一部外しても良いとは思ってました。

演奏は会場と楽器の持つ音量の兼ね合いなんですよね。










プラハから戻って2週間弱で

今度は夫と2人で

17日間、

スイス・イタリア旅行に行ってきました。


本当は

ラフマニノフのスイスの家

Villa Senar 

について

書きたいのですが、

まだ一般公開されておらず

ラフマニノフ財団に許可を得てから

記事にしたいと思いますので

暫くお待ち下さい。


今回も夫の自転車旅のお供です。

マニラから乗ったのは

ドバイ経由のエミレイツ航空。


滞在中お世話になったのはこちらの車。


フランスでは新車をリースする制度があり

フランス国外でリースする場合は

輸送費を払うと届けてくれます。

(空港によっては届けてくれないので要確認ですが。)


年末年始はローマまで

ルノー社の車を輸送してもらいましたが

今回はミラノに配達して貰いました。


(Vareseの高台にあるホテルから見下ろした朝靄のかかった湖)


飛行機が夜8時過ぎに着き

荷物が出て来たのは

夜10時過ぎでした。

(人出不足?)


夫が行きたい自転車屋さんの近く

イタリアのVareseという街に

ホテルを取りました。


自転車屋さんに教えてもらった

こちらのレストラン「Teatro」

美味しかったです。


Monk fish (アンコウ)の料理。


地元の人しか居ませんでしたが

可愛い街でした。


そこから次の宿泊先、

スイスのアンデルマットに向かいますが

途中、

トンネルにヒビが入って

工事中で不通だったので

峠道を行きました。


峠道の景色。


(アパートの裏山)


アンデルマットは小さい街で

観光客がほぼ居ません。


電車でアンデルマットまで来て

ハイキングする人は居ましたが

宿泊してる人は本当に少なかったです。


夫が自転車に乗っている間、

1人ハイキング。


ロープウェイで標高2344mまで行き

次のロープウェイ(標高2420m)で歩きました。


私は武漢株コロナの後遺症で

喘息があるので

空気が薄い場所

4km歩くのはしんどかったです。


帰り、夫に車で駅まで迎えに来て貰いました。


別の日は

空気が薄くない

アンデルマットより低い場所をハイキング。


ここは戦争の爪痕が残っている場所です。

塹壕の跡やトンネルも残っています。


観光案内所で日本語の解説をくれました。


次に滞在したのは

グリンデルヴァルト。


ユニクロの薄い

カシミア のセーター1枚しか

持って行かなかったので

アンデルマットより寒い場所で

凍えました。

(スイスは税率が高いのか何でも高くて服を買う気になりませんでした。)


アパートからの眺めは良いのですが

街から4km、しかも登りで

山小屋で寒い家でした。


せっかく来たので

スフィンクス展望台まで行きました。

(寒いので一瞬出て室内に駆け込みます。)


ここで初めて日本人、韓国人、中国人を含む

観光客達に出会いました。



次の宿泊地は「エグル」ですが

途中、ベルンに寄りました。


この郊外の駐車場に車を停めると

1枚の駐車券で

2人まで

街まで往復してくれるバスに無料で乗れます。


番号の上にあるのが駐車場の名前で

バス停の名前でもあります。


ベルンは今まで滞在した小さい街の

20倍以上広くて

5時間の滞在では周りきれませんでした。


観光案内の人に紹介された

イタリアン・レストラン「Luce」


美味しかったです。


これも monk fish (アンコウ)の料理です。


ベルンで長居したので

エグルに着いたのは夜中。


気温はグリンデルワルトよりは暖かめです。


でもここも本当に何もない街。


夫は下調べせずに選んだようで

ちょっと後悔していました。


ルマン湖に近いのですが

(近いと言っても多分30km以上)

周りは葡萄畑。


山の方は雪が降りました。


ケーブルカーに自転車を積んで

Sanetsch ダムまで行きます。


標高2066m。


ケーブルカーではなく

シオンの街からも車で行かれますが

エグルからだと100km以上の遠回りになります。



前日、雪だったのが

この日は晴れた為に綿毛が飛び交っていました。


雄大な景色です。


釣りをしているおじさん。


何と虹鱒をこんなに釣っていました。


夫が自転車に乗ってる間、

1人ハイキング。



次の街まで30kmなので

時計を見て45分だけ歩いて

またダムまで戻りました。

日曜日なので

車でピクニックに来てる人は居たのですが

皆、湖の周りで遊んでいます。


なので誰ともすれ違いませんでした。



ダムの近くにある山のレストランでのお昼。


グリンデルワルトの

山の上レストランのフォンデュは

美味しくなかったのですが


ここのフォンデュはチーズの質が良く

最高でした。


観光地ではフォンデュのパンは

四角く切って出てきますが

ここは自家製の農家パンに

切り込みが入っているだけです。


デザートの杏のシャーベット。


ロープウェイで山を降りてから


毎年7月にジャズ祭があるので有名な

モントルー街に遊びに行きました。


ルマン湖のほとりにあります。

寒かった山と比べて

とっても暖か。

フレディー・マーキュリーの像があります。

彼もここを訪れたようです。


レマン湖の周りの遊歩道が市民の憩いの場です。


愛の像の横で写真撮る人が多かったです。


午後7時半頃、

夕日が沈むまで公園で座って

夫とお喋り。


次の日はモントルーより少し先にある

チャップリン博物館へ。


アメリカで共産主義者と思われて

入国を拒否されたチャップリンは

スイスで幸せに暮らしました。



そしてイタリアへ。


スイスとイタリアの国境では

1台ずつしつこく

「申告するものはないか」

「現金はいくら持ってる」

など聞いていました。


本当はモンブランを見に

フランスに行きたかったのですが

途中まで行って

時間的に無理だったので諦めました。


そして最終目的地の「Oglianico」に向かう途中

Aosta という街に立ち寄ったのですが


イタリアのレストランは

午後7時からしか開いておらず

ワインを1本空けてしまった夫。


飲酒運転になりますし

まだ次の宿泊先まで山道を1時間半運転するので

1泊しました。


(もちろん次の宿泊先のその日泊まらなかった代金は戻って来ませんが事故るともっと高くなるので正解でした。)


お土産など買い物したお店が勧めてくれた

La Grenette というレストラン。


このワイン、マニラでは2倍以上のお値段だそうで

ソムリエが100ユーロで勧めてくれて

夫もソムリエも安いと言ってたんですが

私にはちょっとびっくりなお値段でした。


でも味は今まで飲んだことのない

コクと深みのあるワインでした。


翌日、最終宿泊地の Oglianico へ。


ここに来た目的は

夫が有名な

グラン・パラディーゾ国立自然公園(アルプス)の

コッレデルニヴォレット山まで

自転車で行きたかったからでした。


それでここに4泊取って

滞在中は何度も自転車で

その山に行くと言っていました。

(実際には3泊になりましたが。)


でもそこまで車で67km。


もっと近くにもホテルやアパートはありますが

行ってみたら

9月なので

お店は全部閉まっており

観光案内所も閉まっていて


山頂付近にも店はなかったそうで

近くに宿泊しなくて正解でした。




景色が良いと言っても

石ころだらけで

ちょっとコーヒー飲みたくても

お店もないので

リピートはしないことにしました。


車を Ceresole Reale という

湖の側に停めたので

私は湖の周り7.6kmをハイキング。




シーズンオフで誰も居ません。


500m毎に標識が出ています。


他にも

「発電所があります。晴天でも突然濁流が押し寄せるので湖に近づかないで下さい。」

とか

「冷たい水で死亡します。氷は割れます。危険。」


などの標識がありました。


目当ての滝まで来ましたが

歩くのよりも寒いのが大変でした。



自転車で上まで行って

戻ってきた夫が

上の湖まで

車で連れていってくれようとしましたが


段々と1車線道路になり

しかも崖っぷち。


あの細く見えている道を上って行きますが

ガス欠になりそうだったので

引き返しました。


今回借りたアパートは

畑の中の一軒家。


自動ゲートを入り

ここも敷地内です。


家は小さいけれど中はモダン。


ここも敷地内です。

(水には要注意ですが元気なお子さん連れに向いてますね。)


スーパーで牛のカルパッチョや温めるだけのムール貝を買ってきての夕飯。


夫が山に行くのをやめたので

翌日はトリノに遊びに行きました。


こちらでお昼。


焼き茄子やらパスタ、牛ステーキなど頼みました。


川沿いのカフェで

ゆったり、まったり。


夜までトリノの川沿いで

お喋りしてました。


翌日は帰る日。

飛行機は夜10時半過ぎなので

午後5時半までに車を返せば良い為


ミラノに遊びに行きました。


イタリアで難しいのが

ZTLという車両侵入禁止区域です。


なので事前に下調べをして

その区域外の駐車場に停めなくてはいけません。


ミラノ大聖堂はものすごい人でした。

しかも入場券を買う列が長蛇だったので

諦めました。


それで夫がお気に入りのデパートへ。


ミラノ滞在は地下鉄に乗ってる時間も入れて
2時間だったので
大忙しで

大好きな焼き栗を横目で見て
買わないまま素通りしましたが

何とか無事に車を返却し
空港での免税手続きも列に並ばずに
自販機のような機械で全部自分達でやって

またドバイ経由で無事マニラに戻って来ました。


そして


グーグル地図が

今回の旅行のサマリーを出してくれました。



スイスのディセンティスの修道院で買ってきた

ハーブティーで

旅の楽しかった思い出も一緒に味わっています。

ラブラブラブラブラブラブ

<スメタナとドボルザークのピアノ>


スメタナ博物館にあった

スメタナが使っていたピアノですが

鍵盤の位置がとても低いです。びっくり


どれだけ低いかと言うと

身長160cmほどの次女が立って

手を下ろした位置より低いです。

スメタナが使っていた椅子かどうかは
わかりませんが
足が長い人は
椅子が低いと困らないのかしら?
(私には丁度良いかもしれません)キラキラ


こちらはドボルザークが使っていたピアノですが

近くに行く事は出来ませんでしたが
こちらも見た目、低めでした。音符
(ウィーン製)

ここはドボルザークの住んでいた家ではありません。

彼の住んでいた場所は既に別の建物になっています。


スメタナの椅子と似た椅子が置いてあるので

スメタナの鍵盤よりは

少し高めな気がしますが

それでも低そうです。


私の足の付け根くらいの位置でした。(多分)


ドボルザークの部屋にあったベートーベンの絵。


ピアノについての説明


モーツアルトもドボルザークの家にあったそうです。


亡くなった時に取った型です。

ガラス越しですが

手、大きかったです。



<スメタナとドボルザークのお墓>


娘達が郊外にある教会のドアが

アルファとオメガの対になっていて

見たいと言うので行くと


偶然、スメタナとドボルザークのお墓を見つけました。


チェコを去らなかったスメタナの方が

チェコでは人気だと聞きました。


お墓に音符が書かれています。


でもドボルザークのお墓は

特等席のような場所にありました。


屋根と柵付きです。


左が一般のお墓で

右が屋根付き、柵付きです。


演奏旅行で世界中飛び回っていて

世界的に有名だったからでしょうか。


たまたま結婚式があり

何故かシャボン玉を飛ばしています。


お米を撒いたり

花びらを投げるのは見た事がありますが

シャボン玉は初めて見ました。

背広着たおじさん達が必死に

シャボン玉飛ばしていました。


(右にちょっとだけ写ってるのが

アルファとオメガのドアの1つです。)


<番外編>


プラハ城の近くにある

陶器の色つけさせてくれる場所に行ってきました。

お店の名前です。


こんな風に塗ってみました。

プラハで食べたベリー類。


粉がどんどん落ちてきて

塗れてるかわからず

ぼかそうと思って

最後は水を塗ってみましたが

絵の具が広がらず


コツがありそうです。


プラハの思い出になりました。


ご無沙汰しております。


忘れないうちに

プラハで素晴らしいと感じたこと

を書いておこうと思います。


その1

「乗り物に乗ると若い子が必ず席を立って目上の人に席を譲ろうとする。」


私などまだ年寄りには見えませんが

何度も席を譲ってもらいました。


困ってる人が居ると

さっと動きます。


杖のおばあさんが妊婦さんに席を譲ったのも見ました。


それと電車やトラムの中ではチェコ人はお喋りしません。


アジア人だからとの差別もありません。

(観光客は若い子でも立たないのでチェコ人じゃないとわかります。)


それと


電車、トラムなど時間ピッタリに来ます。時刻表通りです。


(アパートの側の聖リュドミュラ教会。観光地ではないのが良かったです。)


その2

あちこちに芸術作品が転がっていますが、特に石畳が整頓されていて模様も様々です。


(イタリアもスペインもフランスも石畳はただ石がバラバラに置かれて凸凹で歩きにくいのが定番)


手先が器用できちんと作るこだわりがあるんだと思います。


四角形の石畳


放射線状に並べた石畳


(ブルタバ/モルダウ川にかかるカレル橋は西と東を繋ぐ重要な役割を果たしていた時があります。)


(スメタナ自筆譜。ドボルザークと比べて几帳面です。)


その3

「文字を読むのが好きな国民」


とにかく何処に行っても説明が長いです。

これでもかと言うほど人に読ませたがります。


でも例えば買い物に行って

お店の人にアドバイスを求めると

店員さん、普段から勉強してると思える

理論的な答えをしてきます。


なので考える力がある国民だと思います。


書ききれないので巻物風になっていて回転させて読む仕組みになっています。


さっきの石畳とは模様の色が反転しています。しかも石をなめしてあるので歩きやすいです。


こちらも違うデザインの石畳。


ディズニーの「美女と野獣」のモデルになったと言われている図書室(ストラホフ修道院/哲学の間)


ストラホフ修道院/神学の間


アルキメス(錬金術)博物館


ここにも巻物風の読み物が大量に置かれていました(壁側)。徹夜しても読みきれない量です。


チェコ語と英語の両方で書いてあります。こういうのがさっきの巻物以外にも多く貼られています。


市民会館のロビーにあったある彫刻家の人生について。もっとありますが長いのでこれだけ載せますね。


プラハ市図書館のロビーにある本の塔(本物の本です)。


プラハを発つ前日の日、

オペラ「カルメン」を観に行きました。

(フランス語版)

ここは古い方のオペラ座でモーツアルトがドン・ジョバンニを初演した方の歌劇場ではありません。


闘牛士のバリトンの声が

オケに負けて聴こえなかったり

フルートがソロパートでとちったりもしましたが、

子どもの合唱は素晴らしかったですし

全体的に個性的(斬新な感じ)で良かったです。

私は3幕のミカエラのアリアで泣きました。😭 主役カルメンよりちょっとしか出番がないミカエラ、存在感も舞台いっぱいで良かったです(あくまで私の意見)。


またチェコに行きたいです。✨✨✨


(結局チェコ料理食べなかったので次回行ったら食べたいです。)



ひまわりひまわりひまわりひまわりひまわりひまわり

番外編 <カフカ>


カフカはプラハの出身で

ユダヤ人でした。


40歳で結核で亡くなっています。


カフカはお父さんと一緒に住みたくなくて

家以外の場所に住みましたが

この部屋はその1つで

プラハ城の外れ

使用人の部屋の様な場所にあります。


トイレもないような部屋で、

2階は兵士が見張りする

城壁の一部です。


実は直ぐ下は拷問部屋です。


彼が小説「田舎医者」を書いたこの部屋は

今はカフカの小説をメインに

売るお店になっています。


この小説がこの部屋で書かれたと説明が書いてありました。

1917年執筆「田舎医者」


カフカの部屋は細い路地から

城の外に出られるようになっています。



それで娘達も興味を持ったので

カフカ博物館に行ってみました。


中庭の彫刻


カフカが関わった4人の女性


この博物館もチェコの他の博物館と同じ

文章がとにかく多いので

全部読みきれません。


カフカについてより

カフカを取り巻く家族、友人、仕事関係の人

その人達の人生などが

細かく説明されています。


(英語とチェコ語での展示でした。)


カフカ博物館の後、

近くに英語の書店があり

ここで2時間引っかかりました。


末娘はカフカの「日記」の一部を博物館で読んで

続きが読みたいと思っていたらここに売っていたので

大喜びでした。



カフカはお父さんから言葉の暴力を受けて育ったのですが

お父さんに渡されることはなかった「父への手紙」は

日本語で検索すると

それについて書いている記事がいくつか出てきます。


自分のことなのであまり詳しく書きたくありませんが

私の弟は17歳で交通事故で亡くなりましたが

カフカと似たような境遇だったので複雑な思いです。



プラハにやってきて2週間経ちました。

1日中家に篭ってた日もあります。


(アパートの側の高台からプラハ城や旧市街が見下ろせます。)


結局、桃はバレエの講習会には

参加出来ませんでした。


MRIの結果、靭帯の前方部分が

完全に切れていたんです。


と言うわけで

3週間のプラハ滞在となり


殆ど観光してないんですが


スメタナ博物館と

ドボルザーク博物館には行ってきました。


今回はスメタナ博物館のお話。


プラハは訪れる観光客が物凄く多いらしいのですが

何故かスメタナ博物館も

ドボルザーク博物館も

閑古鳥状態で

貸し切りでした。


カレル橋の直ぐ側のこの博物館ですが

探すのが本当に大変でした。


道路に案内の看板がないんです。


1階がレストランになっていて、

レストランの脇に小さな入り口があるだけで

(入り口は見たのですが最初、厨房の入り口だと思いました)

2階のみの小さな博物館。


でもとっても良い博物館でした。


(スメタナ博物館の前にあるスメタナの像)


スメタナは50歳で聴力を失ってからも

多くの曲を書いています。


こちらの解説でわかったのですが

モルダウはドイツ読みで

本当はブルタバだそう。


モルダウ川って何処だろう、

と思っていたら

プラハに流れるブルタバ川の事でした。


そして
スメタナのこんな言葉を見つけたので
シェアします。

チェコ語から英語に訳されていました。

I hope that 

if I have not yet reached the goal I set myself 

I am at least approaching it. 


And that goal is to prove 

that we Czechs are not mere practising musicians 

as other nations nickname us, 

saying that 

our talent lies only in our fingers 

but not in our brains, 

but that we are also endowed with creative force 

yes, that we have our own and characteristic music.'


Jabkenice, January 1 7th, 1880


グーグル翻訳にかけて少し手直ししました。

「自分で設定した目標に
まだ到達していないとしても、
少なくとも自分がそれに近づいていることを願っています。

その目標とは、他の国々が我々チェコ人に対して言うような
『才能は指にだけにあって頭脳にはない』
『だから職人的音楽家なんだ』
ではない事を、
我々にも創造するフォース(Force)が与えられていると証明することです。

そう、我々には我々にしかない独自のキャラクターを持った音楽があるのです。」

ヤブケニツェにて
1880 年 1 月 1 日 7 日


フォース(force)は

スターワーズの映画で「フォースがありますように」

のように使われていたので

日本人にも馴染みがあるかと思い

カタカナ表記にしました。


Creative force はエネルギーを感じさせる言葉なので

「想像力」と訳すとインパクトが減ると思いました。


スメタナのような偉大な作曲家で

演奏家でも


別の国の人からレッテルを貼られるような事を言われ悩んだ、という事に少し驚きました。


プラハはかつては

オーストラリア・ハンガリー帝国の

一部だったので

モーツアルト(1756〜1791)が

ドン・ジョバンニを初演した頃は

ドイツ語が使用され

チェコ語は禁止されていたそうです。


モーツアルトはプラハが好きだったのですが

ここに留まらなかったのは

彼に十分な支払いを出来る貴族が居なかったから

とも言われています。


スメタナ(1824〜1884)も

オーストリア・ハンガリー帝国に生きましたが

この頃はチェコの独立を願っていました。



決めつける言葉を言う人は

何処にでも居るものです。


それに負けてはいけない、

とスメタナに勇気を貰いました。


私の場合は人に言われたと言うよりは

自分が自分に


どうせシニアだから

音大に行ってないから

今からやっても


と自分が自分を決めつける事があるので

自分に制限を付けず

音楽やらピアノに立ち向かいたいです。


死ぬまでに間に合わないかもしれませんが

早く始めなかったことを悔やむのではなく

遅くても始めた事を喜んで

ベストを尽くしたいです。




というわけで

今、音階を覚えようと必死になっています。


こういうの若い頃にやっておくと

良いですよね。


音階さえ知らなかったのですから

道のりは遠いです。


プラハでピアノを練習する場所も

結局は上手く見つかりませんでしたが


その時間を和声や楽典に使っています。


今やっと確実に覚えたのは


一番簡単なハ長調と、

その前後にある

嬰ハ長調(♯7個)と変ハ長調(♭7個)。


次に簡単なト長調(♯1個)と

ヘ長調(♭1個)

この2つの音階の出だしの音、

ファとソの間にあるのが

嬰ヘ長調(♯6個)と変ト長調(♭6個)

(呼び名は同じですが同じ音の音階)


これも何とか大丈夫です。


組み合わせで覚えています。

組み合わせると

♯と♭の合計が必ず7個になります。


つまりハ長調(0個)と嬰ハ長調(♯7個)

ハ長調(0個)と変ハ長調(♭7個)


ヘ長調(♭1個)と嬰ヘ長調(♯6個)

ト長調(♯1個)と変ト長調(♭6個)


なんとか後1週間で

全ての調が覚えられるように

頑張りたいです。

(順番に書けば一応全部書けるんですが、それだと何調と言われてさっと出てこないので。💦)


道路で演奏する人たち


雑草のように「ほおずき」がその辺になっていますが実がとっても小さいです。


一昨日(7月26日)

末娘の桃が

バレエの稽古中、

トウシューズで踊ってる時に

足首を捻って

捻挫してしまいました。えーん


今はひたすら冷やしてる状態です。


以前にも書きましたが

バレエの夏期講習に合格したので

8月9日にプラハに向けて出発予定。


講習会が始まるのは

8月14日です。


飛行機代はキャンセル料払えば戻って来ますが

講習会費は多分ほぼ戻って来ないですし

アエビーで取ったアパートも

既にキャンセル出来ない期間。


なので最悪の場合、

プラハに行って3週間観光を楽しむかも

と少し前向きに考えるようにしています。


行きつけの理学療法士が夜10時だったのですが

直ぐにテーピングの方法を教えてくれました。


翌日、内出血してたら

靭帯など切れて治りが遅いけど

内出血がなければ2週間で治ると言うので

さっき見たら

内出血はしてませんでした。照れ


足を地面につけてはいけないらしく

片足で跳んでます。


体力ありますよね。

階段まで片足で跳んで上がったり降りたり。



ここからはバレエコンクールの話です。


かなり前なのですが


7月の初め頃、

シンガポールの主催で

バレエコンクールがあり、

桃も出場させてもらいました。


控室が使えないらしく
ホールの前やトイレを使って
着替えなどしていました。



審査員

ロンドンから来たコンテンポラリーの先生

オーストラリアバレエから来た先生

インドネシアバレエから来た先生

の3人。



年齢でカテゴリーが分かれており

桃は一番上のカテゴリーです。

審査の前に出場者全員で

舞台で自分のリハーサルをやっています。


桃はジゼル1幕の村娘バリエーションを踊りました。



初挑戦のコンテンポラリー。


ダークなイメージが得意な桃です。


クラシック部門では2位

コンテンポラリーでは3位

を頂きました。


このコンクールは全員に順位が付き

その順位の賞状が貰えるので

なかなか良いコンクールでした。


奨学金を狙っていましたが、

貰えなくて泣いてました。泣くうさぎ


奨学金が貰えた子は

男の子か年齢が10歳以下の子が多かったです。


年齢が低い子で

技術がずば抜けた子達が何人か居て


そういう子達は内容表現より

技術で評価されていて


桃のカテゴリーは

内容表現が重視されていました。


コンクールに出ると

審査員の目も学べるので

勉強になりますね。



台風が来て雨ばかりですが

雨が降ってない時に温水プールを楽しみました。


わんちゃん達も入りたそうでした。