グルダのブログ -9ページ目

グルダのブログ

書きたい時に書く、気まぐれブログ

広島のカキ養殖業者13人が8月26日、気仙沼に助っ人として来てくれたようです。

広島と宮城はカキの産地としてはライバル関係にあると言ってもいいほど。

しかし、流されたイカダをつくり直すには、これ以上望みようもない強力な助っ人です。

いやぁ、ありがたいことです。

本当にありがたいことです。

昨日、NHKのニュースでみたのですが、こういう支援は涙が出ます。

お互い“わかっている”からできることなんでしょうけどね。


派遣や資材の費用は、広島県が緊急支援事業として1800万円を予算化し、

伊藤忠食品が1000万円を資金提供してくれたそうです。

ただただ感謝です。


気仙沼のカキ業者さん達も、きっと応えてくれると思います。

このカキが出荷されるのは来年の秋。

いいカキができるといいですね。
会社で仕事していると、毎日耳にするビジネス用語の定番、


“要は”、“いわゆる”、“要するに”


これらの言葉、私は意識して使わないようにしています。

理由はエラそうに聞こえるから。

話す人の性格にもよりますが、上からの物言いになりますよね。

敢えて使わない方が、コミュニケーションの幅は広がる気がします。

私は、一生使うなと言われても特に不自由はしないかなぁ…
変な話… 

という言葉が口癖になっている人、まわりにいませんか?

変な話、と前置きした割には全然変な話でもなく…

アメリカ人の“You know…”みたいな感覚で使っているのか?


まだ、イラっとくるほどではないのですが、反応してしまいます。

本人がどういう意識で使っているのか、非常に興味があります。

たぶん無意識なんでしょうけど…。


誰が言い出したんでしょうねぇ・・・



私が気になり出したのは、15年以上前です。

始めて気になったのはあの人、というのを明確に覚えています。


最近マスコミでは「まさかの」がやたらと使われていますが、

こういうわざと狙って、使うのは気にならないのですが、

“変な話”は気になりますねぇ。


大勢に影響はないという言葉。

ウチの会社では頻繁に耳にします。

しかし…

なんかエラそうにも聞こえるし、上からモノを言っているようにも聞こえるため、

好きになれない言葉の一つ。

使う人は特に意識していないんだろうと思いますが、

私は一生使うことはないだろうなぁと思います。

会社によって、使われる言葉の傾向ってあるんでしょうね。

こんなのがあるんですね。

無人駅用のSuicaの機械。

ちなみにこれは陸前赤井駅のものです。

入退場間違ってタッチしたらどうなるんだろう…




グルダのブログ
夏休みに帰省したらやろうと思っていたことがありました。

「慰霊徒歩」。

そんな言葉があるのかどうかわかりませんが、やらずにはいられませんでした。

それは、3.11… 帰宅途中に津波にのまれて亡くなった大曲小学校の児童へ、

せめてもの慰霊の意味を込めて、片道約3キロの通学路を歩こうというもの。

30年以上前に自分が毎日通った通学路。

親子ほど年の離れた自分の後輩達へ思いを馳せ、ただ歩こうと…


仙台石巻間を走るローカル線、仙石線はまだ完全復旧の目処が立たず、

東松島市あたりの線路はまだあの時のままです。

大曲小学校に最も近い駅は陸前赤井という駅で、ここまでは電車が走っているため、

石巻から乗ってここで降り、約1キロ先の大曲小学校へ向かいます。

ひたすら南へ向かうまっすぐの一本道、ここから先は日差しを避けるための

ものが一切ありません。

気温34、35度くらいあったので、駅近くのコンビニで500ミリリットルの

水とスポーツドリンクを買い、飲みながらただ歩く。

途中、暑さで倒れたらどうしようという不安もあり…

なぜならここから先太平洋にほど近い集落は誰1人住んでいないからです。

そしてそこは我が家があった集落。

小学校から集落までの間は両側がきれいな田んぼがあったのですが、今はただの荒れ

地となっています。

まだ、船や車の残骸も片付かずに残ったまま。

悲しいのは無数に転がっている日用雑貨品の数々。

田んぼの中に泥だらけになって転がっている、食器を洗うスポンジや皿が強烈に印象に残っています。

「日常」があったんだなぁという「証拠」に、言葉では言い表せない残念な気持ちになりました。

児童達がここを歩いていて、向かいから津波に襲われたかと思うと、かわいそうで…


ひたすら祈りながら約2キロ進むと、実家のあった集落に到着。

しかし…

「この先は水没しているため、車は入れません。」

と1台のパトカーがスピーカーで注意しながら巡回しています。

よく見ると、三重県警のパトカー。

応援、ありがたいことです。

まだまだ支援してくれているようです。

先を見ると、やはりあちこちが浸水していて、長靴でもないと歩けない状態でした。

地震の影響で、石巻のひどい所では70センチ以上地盤沈下しているそうで、おそらく

この、東松島市の海岸付近も50センチ程度は沈下しているものと思います。

今回、慰霊徒歩ともう一つの目的は、自分の生まれ育ったところの、最後の姿を目に焼き付けるというもの。

次に帰ってきた時には片付いて更地になっている可能性があり、おそらく自宅のあったところまでは、

目印もなくたどり着けないと思ったためです。

ところが…

自宅の周りも浸水していて、近くまで行くことができませんでした。

5月に来た時は行けたのですが、どうしてこうなってしまったのか…

自宅跡の基礎部分に座って、最後にぼーっとした時間を過ごそうと思ったのですが、それもかなわず。

思い通りにはいかないものです。


人1人いない集落跡を歩いていると、何の音が聞こえると思います?

風の音と鳥の鳴き声しかしないんです。

他に生命感のある音は何もありません。

こういう体験も始めて。

今思えば、ラウンド中のゴルフ場の音に似ているかもしれません。

だらだらと集落を歩き、また駅まで片道4キロを歩いて戻りましたが、

駅に着くと、胸のつかえが取れたような、不思議な充実感がありました。

高校の通学では毎日使っていた駅ですが、今では無人駅となってしまった陸前赤井駅。

地震や津波とは関係ないですが、これもまた悲しい。


ホームにある待合室で40分ほど電車を待ちましたが、入ってくる風の

気持ちのよさと言ったら、都会では味わえないものでした。

やはり田舎の風は心地いいものです。

そして、自分の故郷はここしかないんだなぁと改めて実感。

少し気持ちの整理がついたような気がした1日でした。

8月15日
大江戸捜査網。

よく再放送もやっているので、見たことある人も多いと思います。

主役は里見浩太朗演じる伝法寺隼人を覚えている人がほとんどだと思いますが、

初期の大江戸捜査網は、十文字小弥太こと杉良太郎が主役でした。

里見浩太朗版と較べると、キャラ設定や演出はやや重たい感じで・・・

どっちも好きですけど。

この二人より好きだったのが、”同じく井坂十蔵”が決め台詞の瑳川哲朗。

初回からずっと出演していたのはこの人だけでは?

(その後松方弘樹版もあったようですが・・・  私の中では里見浩太朗版で終了ですw)


瑳川哲朗、すでに引退したものと思っていたのですが、まだまだ舞台で頑張っているようです。

井坂十蔵の
瑳川哲朗は知らなくとも、“竜隊長の瑳川哲朗”は覚えているかも?

ウルトラマンエースの隊長です。

1年位前、東京MXで大江戸捜査網とウルトラマンエースを同時期に再放送していたので

録画してニヤニヤしながら観ていました。

ギャップあり過ぎ!



時代劇の中でも大江戸捜査網が好きな話を、一つ前の記事で書きましたが、

大江戸捜査網という番組名は知らなくとも、あのフレーズを知っている人は多いのでは?


“死して屍拾うものなし”




隠密同心心得の条です。

せっかくなのでアタマからいきましょう。



隠密同心 心得の条

我が命我が物と思わず

武門の儀、あくまで陰にて

己の器量伏し、

ご下命いかにても果すべし

なお

死して屍拾う者なし

死して屍拾う者なし(2回繰り返す)


初期の頃はちょっと違うバージョンもありました。


このフレーズ、暗記しておくと、きっといつか役立つことが


役立つことが・・・


ないですね。

時代劇が好きな私にとって、竹脇無我が亡くなったことはちょっとショックでした。

好きな時代劇は「大江戸捜査網」「子連れ狼」そして「大岡越前」。

この大岡越前の中で、医者「榊原伊織」役を演じていたのが竹脇無我でした。


大江戸捜査網に出ていた、内藤勘解由(ないとうかげゆ)役の中村竹弥も

既にこの世にいません。

個性派俳優がどんどん居なくなっていくのは残念なことです。
誰かがネットで言っていました。

『日本でいちばん頭のいいはずの人たちが、いちばん頭の悪いことをしている』

と・・・。

言った方に100%支持です。

ホントにそう思う。