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グルダのブログ

書きたい時に書く、気まぐれブログ

これはヤマハがつくったビデオでしょうか・・・

元カシオペアのドラマー、神保彰のソロ。

テクニックは凄いですが、映像はユーモアたっぷり。

こういう人はスティック2本あれば、ずっと遊べてしまうんだろうなぁ・・・
今の政治家はみんないなくなってくんねぇかなぁ・・・

あいつら東北復興の邪魔。

先週、かなり暑い日があったのですが、

出勤するとき、スーツの袖を腕まくりしたサラリーマンを見かけました。

珍しかったので、思わずケータイで激写。

ファッションでやっているわけではなさそうです。

暑いなら上着を脱げばいいのに・・・



グルダのブログ-うでまくり

自宅は木造2階建て、瓦屋根の普通の日本家屋でしたが、

残ったのは基礎だけ・・・

そこから上は何も残っていませんでした。

基礎上部の見覚えのある茶色いタイルから、変わり果てた姿ではありますが、

間違いなく自分の家のようです。

生まれ育った家がなくなり田舎も破壊され、あのきれいな風景は記憶にしか

残っていないんだと・・・

なぜだかわかりませんが、現場に行って見た時より今写真を見る方が

ショックなんですよねぇ・・・

全体の1割くらいの家が残っていますが、もう住むことはできないと思います。

家がまばらに建っていますが、ここは普通の住宅地でした。

上の写真の左下に見えるのが家の外にあった水道。

釣りに行って帰ってきて、ここで手足を洗って家に入り、

スイカやトウモロコシ食って昼寝して・・・

記憶だけが鮮明に残っています。

津波で運ばれてきた砂が、ヘリめいっぱい堆積して中が埋まっていて・・・

何だか口の中に無理矢理砂を詰め込まれたような感じがします。


風呂場のタイルです。

この上を何千回歩いたんだろう・・・


自分の過去を全部否定された気分・・・

感謝の気持ち、残念な気持ち、悲しい気持ち、世の不条理・・・


複雑な感情が入り乱れて、何がなんだかよくわかりません。


「家が流された」

とよく耳にしますが、「流れる」という簡単な言葉で片付けていいのかなどと、

自分の中で屁理屈を言ってみたものの、他に該当する言葉はなし。


そのうち時間が解決してくれるんでしょうきっと。

そう思わないとやってられませんもんね。


明日からまたくだらんブログ書いていきます。
実家から200mくらいの場所に小さな漁港があり、

その対岸にヤマニシという造船所があります。

その造船所のドックに入る予定の船だったと思います。

奥の方に貨物船が見えますが、実際に見てきたはずなのに、

何か映画のセットでも見てきたような感覚が残っています。

2ヶ月以上経ちますが、ここはまだまだ手つかずの状態です。






お墓の写真を載せるのもどうかなと思ったのですが・・・

実家のお墓です。

幸いなことに入り口両脇の石灯籠が壊れて落ちたくらいで墓石そのものは無傷でした。

少し離れたところでは昨日の写真のように車が乗っかっていたり、

バラバラに壊れていたりで、何が明暗をわけたのかわかりません。

震度6強の地震でも、持ちこたえるものです。

しかし・・・

ウチのが壊れずによかったと喜べるわけでもなく、結果としてそうだったというだけだなと

思います。

おそらく日本人なら、皆同じような気持ちになるんだろうなと思います。


グルダのブログ-墓

私の家の墓は実家から1キロもないところにありまして、今回父の13回忌のために戻りました。

本来なら、和尚さんを呼んで法要するところですが、そのお寺も被災してしまったことや、

東松島市内で1000人以上が亡くなったこともあり、法事など個人的な相談をしている場合では

ないだろうということで、親族のみでお墓参りをすることにしました。


この墓地、太平洋からの距離は500mくらいでしょうか・・・

墓石についた跡から、ここを襲った津波の高さは地面から約2mだったようです。

近くに高台がない平野のため、岩手の陸前高田や、宮城の南三陸町(旧志津川町)などの

リアス式海岸に見られた30mを超えるような津波ではありませんでした。

海岸が南向きのため、津波の力が陸地に対して垂直にかからなかったからかもしれません。

2mの津波・・・

大した高さではないようですが、結果は下の写真の通りです。



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荒れ地のように見えますが、この画像は東松島市大曲地区の太平洋から

約1キロほどの田んぼです。

本来ならササニシキの田植えが終わっていて、きれいな緑一面のはず・・・

海から津波とともに流されてきた土砂が10~30センチくらい堆積していて

今後、人の手が入ってどうなるのか全く想像もつきません。

1ヶ月ほど、水が引かなかったそうです。

海に浮かんでいるはずのブイがこんなところに打ち上げられているのは

悲しい光景ですね・・・





5月20日、東松島市の拾得物返還所に行った時の写真です。

これらのものは拾われた時は、おそらく泥だらけだったと思います。

きれいになっているのは、ボランティアの方々が1枚ずつ丁寧に

泥を落としてくれたおかげです。

1枚でも多く、持ち主に戻って欲しいところ・・・。

私は・・・

母の実家にあった母の兄、姉、若くして亡くなった子ども(私の従兄)の遺影を

見つけ出すことができました。

母がいなくなったと思ったら、この建物の外に置いてあって、まだキレイになっていない

泥がついたものの中から遺影を3枚見つけていました。

きっと、呼ばれたんだろうなぁと・・・

ゴミではなく大切に扱ってくれた自衛隊の方々と泥を落としてきれいにしてくれた、

ボランティアの方々に感謝です。



グルダのブログ-拾得物1

グルダのブログ-拾得物2

グルダのブログ-遺影


帰省先から先ほど戻りました。

衛星写真で見て何もないのはわかっていましたが、実際に実家があった現場を確認し、

改めてやっぱり何にもなかったなぁと・・・

2ヶ月以上経っても水は引かず、すぐ目の前の自宅跡地まで辿り着くのも大変な状況。

何から書いていいのかわからないのですが、これから1週間は忘れてはいいけない

自分のための記録として書こうと思います。


現地に行ってまず思ったのは、全国からの支援の力の凄さ。

走っている車のナンバープレートを見ただけでは、ここが何県かわからなくなるくらい。

北海道から九州まであらゆる県の車が走っていました。

手続きのために東松島市役所に入ると、案内してくれるのは他県の方。

福岡、熊本と書かれた緑色の“ビブス”を着ています。

サッカーの紅白練習の時に着るメッシュのベストのような、アレです。

なぜか九州のボランティアの方が多かったです。

アメブロでも九州の方との絡みが多いので思わずニヤリ。

この場を借りてお礼を申し上げます。