博士であること,自分であること | なるようにしかならん

なるようにしかならん

ダラダラと長く続けてます。(もはや続けてると言っていいのか不明なぐらいたまにしか書きませんが…)

ヘーベル CUBIC 1111仕様についても書いてました

私は昔から○○には本気で取り組んだと言えるものがない気がします.
いや,そのときはそう思っていても後から考えると,いつも本気じゃなかったような気がします.

大学受験のとき,
「やればできる」というのを本当に「する」のは才能であり努力である.
と,心から思いました.
だから,本気じゃないとしか思えないのは,私の才能or努力が足りていないだけなんです.

『才能』

この単語は努力不足の言い訳でしかないでしょう.
しかし,私は努力できない人間で,甘い人間です.

そのような人間が博士に進んでしまったことが間違いの元かもしれません.

夫は私に「バリバリと仕事をこなす妻」を求めます.

私の社会的立場(博士課程の学生)は私に
「私生活よりも仕事を優先する人間」を求めます.

友人たちは私を「家庭より仕事をとる奴」と考えています.

では,私は私に何を求めているんでしょうか?
私は,どうなりたいんでしょうか?
正直,わかりません.

なんとなく,夫との生活を,できれば子供と一緒に仲良く暮らして生きたいと,
それだけが私にとって一番の命題のような気がしてなりません.

私は,最優先で『家族』を取りたいと思ってしまっています.

でも,切り替えが下手で,研究が仕事でしかない私にとっては,
この思いがあると,本気で研究と向き合えないのも事実です.

みんなの思う『私』と私が思う『私』

こんな中学生や高校生みたいなことを今更悩んでみてますーー;;