カバーしかやってなかった頃。
やっぱりお手本があるから、
それに寄せてゆこうとする作業になる。
そうやって一応の努力はするんだけど、
ややもすると、
「音楽的にカッコよくやれているか?」
よりも、
「譜面通りに弾けているか?」
ということに気持ちが行き過ぎてしまうのが「落とし穴」。
結果、
子供のバイエルの練習みたいな音で満足しちゃう。
(あれは音楽じゃないからね)
★
オリジナルはお手本がないから、
どうやったら「カッコよくなるか」「音楽的に良い感じになるか」
それしかないからね。
ある意味シンプルなわけで。
でもそれは全部自分の中から出してくるわけで、
例えばいろんな選択肢があっても、それを選ぶのは「自分」。
他人が違う選択肢が良いって言っても、
自分がそう思えなければ、それは自分にとっては「間違い」。
つまり元々正解がない、というか自分が正解なんだね。
★
こりゃ同じ音楽だけど、
努力の方向「真逆」だな、と思ったわけでして。
世の中には、コピバンいっぱいあるでしょ。
自分もやってたけれど、自分達は選曲やアーティストは勝手に選んでいたのね、
つまり一回のライブでZEPとBBAとジミヘンやったりしていた。
クイーンのコピバン
ZEPのコピバン
パープルのコピバン
チャーのコピバン
ひとつのアーティストに絞っちゃうのは自分達も嫌だったんだけれど、
コピバンはコピバンだったかもしれない。
★
①何かに寄せてゆこうとする努力(なんか公務員的?)。
②ゼロから自分で作り上げてゆく努力(自営業者?)。
①アコギで陽水や拓郎のカバーやって満足しているおじさん。
②オリジナルで勝負している弾き語りの人。
①野球観戦でヤジを飛ばすのが趣味の人。
②草野球レベルだけど自分でplayするのが趣味の人。
★
別に①の人がダメだという話じゃないけれど、
同じ趣味でもだいぶ違うと思うわけさ。
自分は②でありたいと思うな。
だって「音楽の深み」を知ることになるじゃん。
やったことがない人には絶対わからない「大人の嗜み???」
知らない君、不幸だよ。(言い過ぎた!)
そういえば、、、、
「コピバンの人たちは生き様がロックじゃねぇ!」
って言ってた人知ってる(笑)。