◎PARADISE VALLEY
▼パラダイス・ヴァレイ
☆John Mayer
★ジョン・メイヤー
released in 2013
CD-0439 2013/9/9
ジョン・メイヤーの新譜の記事です。
ジョン・メイヤーは昨年5月にスタジオアルバムが出ましたが、1年と少しでもう新譜が出ました。
その情報を得たのは5月頃、最初は何かの編集盤かライヴ盤かとも思いましたが、正規のスタジオアルバムの新作でした。
さらには、ここ4年で3枚目というのも、最近の人には珍しくリリースが多いですね、まあニール・ヤングは別として(笑)。
僕はその4年前の前々作から真剣に聴き始めたので、まだまだジョン・メイヤー歴は浅いですが、前作が出た昨年、3年振り(実際は2年半)というのはずいぶんと早いと思ったものです。
さて、今回のアルバム、かけて最初に感じたことを書き表すと、「レイドバックしたアルバムだなあ」、でした。
具体的にいえば1970年代のエリック・クラプトンの音の雰囲気。
ただし音作りが似ているという意味ではありません、念のため。
と書いて、感じたことに対して随分と穏やかな表現を使ったなあと、読み返して自分でも思いました。
だから、もう少し自分の心に正直に書くと、こうでした。
「この若さでレイドバックしちゃうのかよ、まいったなあ」
「レイドバック」とは、音楽が全体的に緩くてゆったりとした雰囲気で、ぐいぐいと気持ちが前に進むのではなく気持ちを投げ出したような感覚、ギターの音も鋭くなく、リズムは少し引いていて、歌い方も穏やか、といったところでしょうか。
横暴な言い方をすれば、パンクの正反対の音楽。
前作も、今風のロック然とした前々作から見れば引いた感じがしましたが、でもそれは直接的にアコースティックギターを前面に出していることと、ブルーズへの回帰と70年代回顧をひとまとめにしたような音作りがそのように感じさせたのだと思われます。
しかし今作は、全体的に引いている、どこがどうというものではない。
この若さでと書いたけど、1977年生まれのジョン・メイヤーは今年で36歳。
エリック・クラプトンがレイドバックしていたのはまさに30代のことだから、実はさして若いというわけでもないことに気づきます。
僕自身もそうでしたが、やはり30代半ばになると、聴く音楽、聴きたいと自然と思わされる音楽がだんだんと穏やかなものになってゆきました。
今はヘヴィメタルも時々とたまにの間くらいしか聴かないし。
まあ、でも多分、ソウルが大好きな人の中では圧倒的にヘヴィメタルもよく聴く方の人だとは思うけれど(笑)。
まあそれはともかく、ジョン・メイヤーが「レイドバック」したのは人間として自然の成り行きであろうことは理解できます。
ずっと走ってきて、ツアーに出て、そろそろゆっくりとしたいだろうし。
まあ、その割に2年連続でアルバムを作っているので、
音楽の創作意欲は高い、むしろ最盛期を迎えることになるでしょう。
ただ、「まいったなあ」と書いたように、実は最初の数回はあまり強く響いてきませんでした。
前作と前々作は1回目から心の底に響いてきていたのに、少々がっかり、だから「まいったなあ」でした。
でも、1回、5回、19回と聴き重ねてゆくにつれて、じわじわとよくなってきました。
それは「レイドバック」した音楽の真価でもあるのでしょう。
緩いのだから、歌メロが目立ち過ぎるのはよくない。
歌そのものよりも全体を包み込む雰囲気を味わう音楽。
いつも言います、僕は歌メロに人百倍こだわって聴いていますが、「まいったなあ」なんて言ってしまったけれど、見方や聴き方をちょっと変えればいいだけの話でした。
今はほんとうに素晴らしくて大好きで毎日聴いています。
今回、もうひとつ強く感じたこと。
「アウトドアなアルバムだなあ」
犬を連れて荒野に立つジャケットからしてその雰囲気ですからね。
ただ、"valley"=「谷」というには平らだなあと思うんだけど、それは山が急峻で土地が狭い日本人の感覚なのでしょうね(笑)。
ここでは、"valley"に「包み込む場所」という意味も持たせているのかもしれない、そんな感じがします。
僕は自然の中にいる時には音楽は聴かない人間ですが、その行き帰りの車の中で、そして家で、街の中で、自然に思いをはせながら聴くアルバムといえるでしょう。
「自然」という言葉には主に2つの意味がありますが、このアルバムはそのどちらの「自然」にも通じる心の在り方を示してくれています。
1曲目Wildfire
1曲目からいきなり"wild"と出てきます。
歌い出しの最初の単語が"river"です。
もうそれだけで自然と自然に心がいきますね。
ミドルテンポの穏やかな曲で、でもギターの音やハンドクラップそしてコーラスなどが元気に、でも元気すぎない程度に響いてくる。
サビの声がふうっと裏返るのももはや彼のトレードマーク。
曲で一度しかない中間部でちょっと不安気な響きになるけれど、それを立て直すように半裏声の元気な部分を持ってくる。
ギターは、キーボードで弾いたホーンのようなちょっと変わった音色で、軽やかに語りかけてくるよう。
ところで、イントロの最初に入ってくるギターの最初の2音が、ボブ・ディランの昨年のアルバムTEMPESTの1曲目のそれと同じなのはきっと偶然、意識はしていないだろうけど、でもそのおかげでディランのそれも久しぶりに聴きました。
2曲目Dear Marie
アコースティックギター中心のカントリータッチの曲。
ポール・マッカートニーがこの手の曲が上手いんですが、でもペダルスティールを入れるのはポールにはないところ。
タッチは軽いけど、歌がどこか沈んだ雰囲気、明るくない。
歌詞を読むと、幼馴染の女性への片思いを描いているのかな。
今の君が雑誌に載っている僕を見るとどう思うかな、というのは多分に自明なくだりですが、そういえば前作でも、「ローリング・ストーン」誌が歌詞に出てきたりしていて、さらりと現実的なことを挟み込んでくる人ですね。
最後の方で開放的なコーラスを入れて曲が高揚してきますが、胸の中の思いを、今できる背一杯のやりかたで開放している感じ。
「日常生活の中の小さな不安とそれに対峙する心」
僕は、ジョン・メイヤーの音楽のテーマはそれだと思っているのですが、そういう表現には「レイドバック」はいいのでしょうね。
3曲目Waiting On The Day
もう少しおとなしくなったやはりカントリータッチの曲。
歌っていることも前の曲の続きと捉えることができますが、でも、待っている日は、来ないのかもしれない・・・
「待つ」というのは、気持ちが前に進むのとは正反対の行為ですよね。
エレクトリックギターのソロは、気持ちが弱いと泣けてくるかも。
4曲目Paper Doll
もっともっと大人しくなった、でもこれは最初からエレクトリックギター。
気持ちのかけらがこぼれる、といった感じのこのギターの音色がいい。
彼女を紙人形に喩えていて、君には22の姿があるけれど、どれが本当の姿か、自分でも分からない。
天使の姿になると、他の誰かが空を描いてくれれば飛べるだろう・・・
そういうことか。
深刻なこともさらりと受け流してしまうのは彼らしいところ。
5曲目Call Me The Breeze
ジョン・メイヤーは「そよ風」と呼ばれているんだ。
選ぶ単語がまさに自然ですよね。
テンポを上げてシャッフルの小走りするような曲は、まさに心地よい響き。
軽快なエレクトリックギターのソロが調子が出てきたなあ、というところで誰かが声をかけてギターが止まり曲が終わってしまうのは、ユーモアとしては面白いけれど、もう少しギターを聴かせてほしい(笑)。
6曲目Who You Love (feat. Katy Perry)
「ベストヒットUSA」でもよく見るケイティ・ペリーがゲスト。
曲は穏やかなバラードで、ラブソングといえる。
あ、穏やかな、はもはや書かなくてもいいでしょうかね(笑)。
ケイティ・ペリーはそこで見て耳にしたことがある程度だから、よく知らないけれど、このアルバムの中では声が少し強いかな。
悪くはないんだけど、ちょっと引っかかるかな、僕には。
ただこれは曲のよさがすべてを覆い尽くしているのでよしとするか。
話題性もあってシングルヒットしそうな曲、ふた昔前なら、ですが。
7曲目I Will Be Found (Lost At Sea)
僕が最初に気に入ったのはこの曲でした。
ピアノで荘重に始まる趣きがかなり違う曲であり、バラードといえるスロウな曲、歌メロが分かりやすい。
そして何より歌詞が非常にいい。
「僕はきっと見つけられるだろう;海で遭難した」というこの歌、歌詞を読むと、どうやらハイウェイを走っている、どういうこと!?
そこにいるのに、誰にも見られてない孤独感。
スターとはそういうものなのかもしれない。
ほんとうの自分を見せたくても見せられない。
タイトルの言葉に続く歌詞はこうです。
「僕は大きな木の下に葬られるだろう」
だけど、生きていようと死んでしまおうと、きっと見つかるだろうと歌ってしまうのは、根底の部分で人間の心を信じているから。
そう歌いながらも悲観的ではないし、この世界が無常であり虚しいものであるとも感じていない。
悟りとまではいわないけれどどこか開き直ったすがすがしさがあるのもまた、そういうこと。
ジョン・メイヤーの音楽に人間味を感じるのは、そうした部分ですね。
こういう歌詞の曲が僕は大好き。
今年出会った新曲では、僕の心の中心に最も近づいた曲です。
8曲目Wildfire (feat. Frank Ocean)
ゲストはフランク・オーシャン。
名前すら知らない人でしたが、調べるとアメリカのR&B歌手とのこと。
ゲストの名前まで自然にこだわっていたのかな(笑)。
こちらは傾向としてはジョン・メイヤーに似た感じの声。
1曲目と同じタイトル、リプライズという意識なのかな、でも似ていない。
と思って聴いていると、フランク・オーシャンが、教会音楽風の曲をほとんどひとりで歌って1分くらいで終わってしまう。
そのためにゲストを招いたのはある意味贅沢、でも、そうでなければイメージ通りの音にならなかったのでしょうね。
9曲目You're No One 'Til Someone Let's You Down
これはいちばんカントリーっぽいかな。
断っておきますが、あくまでもカントリー「っぽい」ロックということで、間奏の入り方がいかにもカントリーっぽいロックといった趣き。
ギターの感じがビートルズの1965年前半つまりHELP!の頃っぽい。
でも、曲名が説明的で長いのは昔のカントリーっぽいかな。
もっと明るくてもいいのに、やはりここでもいつもの姿勢を崩さず、かすかな不安を抱えながら歌う。
10曲目Badge And Gun
アコースティックギターでしっとりと聴かせるカントリーバラード風の曲。
「バッヂと銃」というのは、保安官のことかな。
7か月もここで隠れていたので、そろそろ「バッヂと銃」をくれ、もっと遠くに行きたいんだ、と、西部劇が頭に浮かぶ内容。
でも洗練されたジョン・メイヤーのセンスは現代的に響いてくる。
それは、大都会の孤独を表している。
この曲は歌い始めてすぐに声がふうっと高くなるのですが、その歌い方も板についてきた感じがします。
これは歌メロがとってもいいしもう口ずさむようになったんだけど、どうして最初はそこに気づかなかったのか・・・
鈍くなってますね、僕も(笑)。
11曲目On The Way Home
最後3曲はカントリータッチの曲。
やっぱり、アメリカの人は家に帰りたいという歌が好きなんだな。
基本的に冷静なジョン・メイヤーはしかし、心が熱くなるわけではなく、さらりと歌う、それでいて曲には気持ちがこもっている。
曲はこのスタイルの中では盛り上がろうとしているのも感じて、特にペダルスティールとハーモニカが気持ちを煽っている。
でもやはり、最後の曲にしてはあっさりしすぎているかな。
まあそれもいい、なんせ「レイドバック」しているのだから。
穏やかで自然を感じる響きは日本の秋にはまさにぴったり。
これからますます聴き入って好きになる1枚です。
犬好きの僕としては何より、ジャケットに犬が写っているのがいい。
裏ではその犬に帽子を被せていますが、そういうところは妙に親近感を覚えます。
ジョン・メイヤーはまだ3枚目だけど、ほんとうにいいなあ。
そういえば昨年のアルバムの後で来日公演がなかったけれど、今度こそ、もう今年はないだろうから、来年、来日しないかな。
できれば秋に。
この音楽が秋に合うから、それもだけど、暑くない時期に、ということで(笑)。