◎THE SINGER
▼ザ・シンガー
☆Art Garfunkel
★アート・ガーファンクル
released in 2012
CD-0286 2012/9/20
アート・ガーファンクルの、全キャリアを通じた2枚組のベスト盤が出ました。
当初は4月に出るとアナウンスされていて、僕もネットで予約して待っていたのですが、延期になり、もう出ないのかなと思いかけたところで、9月になってやや唐突な印象で結局は出ました。
キャリアを通じたベスト盤で、サイモン&ガーファンクルの曲とソロの曲が一緒に並んでいます。
ポール・サイモンはソロになってからWarnerに移籍しましたが、アーティはずっとColumbiaのままだからできたのでしょうね。
内訳は、全34曲中、S&Gは8曲、ソロは26曲うち新曲2曲、となっています。
ベスト盤は、年代順に編集するものと、年代は関係なく何かの意図で編集するものの2つに大別されますが、アーティのこれは後者です。
つまり、S&Gの曲がソロの合間に時々出てくるという仕掛けになっています。
僕は、S&Gとポール・サイモンはすべてのアルバムを持っていて聴いてきていますが、アーティのソロアルバムはまだ2枚しか聴いたことがなく、おまけにベスト盤も持っていません。
理由は簡単、アーティはリマスター盤が出ていないから。
聴きたいんですけどね、すごくとっても。
アーティのベスト盤と聞いて飛びついたわけですが、S&Gの曲も入っていると知って最初は正直ちょっとがっかりでした。
こういう編集はどうなのでしょうね。
すべてのキャリアを通して聴くことで、アート・ガーファンクルという歌手の姿に迫ろうという意図は感じるけれど、でも、うがった見方をすれば、アーティのソロだけでは商売にならないという会社の上層部の魂胆も見え隠れするような・・・本人かもしれないけれど・・・
僕は、アーティだけでよかったなあ。
と思っていました、最初のうちは。
1枚目の1曲目、最初からいきなり「明日に架ける橋」ですからね、これはちょっと販促、ではなく反則と思いましたが、たまたま誤変換が洒落になっていたのが面白くてそのまま残しました(笑)。
なんて文句は、イントロが終わるまでには霧消していました。
やっぱり、すごい曲だよね。
しかも、札幌ドーム公演で、アーティがひとりで堂々と歌い通し、脇で見ていたポール・サイモンが立場も役回りも忘れて純粋に一人の人間として感動してアーティを見つめていた姿がもう忘れられなくて。
だから、うん、やっぱりこの曲はアーティの曲でもあるんだな、入っているのはむしろ当然。
でも、やっぱり、へそ曲がりの僕だからもう1回だけ言うけど、だからといって1曲目はないでしょ(笑)。
S&Gの収録されている曲は、このCDの登場順で以下の8曲です。
・Bridge Over Troubled Water
・For Emily, Whanever I May Find Her
・Scarborough Fair / Canticle
・Kathy's Song
・The Sound Of Silence
・So Long, Frank Lloyd Wright
・My Little Town
・April Come She Will
ひとつ補足、My Little Townは、S&G解散後のポール・サイモンの1976年のソロアルバムSTILL CRAZY AFTER ALL THESE YEARSにおいて、1曲のみアーティが参加して事実上のS&G再結成と歌われた曲ですが、厳密にいえばS&Gの曲ではない、ともいえます。
さらに蛇足で、ポール・サイモン(ポールとだけ書くのはやっぱり微妙に抵抗がある・・・)は解散後はWarnerに移籍したと書きましたが、現在はその時代の版権もSONY/BMGに移っていて、つまりアーティと同じ、だからこの曲を入れることも特に問題はなかったのでしょうね。
楽曲はアーティ自身の選曲によるものですが、納得の選曲ですね。
当然のことながらポールがメインで歌う曲はないし、ポールがアーティにあてこすりしたThe Only Living Boy In New Yorkが入っているはずもなく(笑)。
So Long, Frank Lloyd Wrightは、CDを買う前にS&Gの曲も入ったベスト盤だと聞いた時に、真っ先に入っているだろうなと思った曲でしたが、僕の中ではこれがS&G時代のアーティの代表といった感じの曲です。
「橋」「スカボロー」「サイレンス」はやっぱり外せない一方で、The BoxerやCecilliaは歌の内容がポールらしさが強く出ているので選ばなかったのでしょうね。
そして、「エミリー」「キャシー」と女性の名前がついた2曲があることが興味深いし、さらにいえばもう1曲は"She"という単語が入っていて、先ほど文句は言ったけど、この選曲は納得できます。
なによりも、S&Gの曲が出てくると落ち着きますね、それは曲自体がというよりは、昔からよく知っている曲があるという意味で。
さて、アーティの曲はほんとに知らなくて、ここに収められている中でアーティのものとして知っていたのはたったの2曲だけ。
他に有名な曲のカヴァーがありますが、その2曲も有名なカヴァー。
しかもいわくつき・・・
Disc1の8曲目は(What A) Wonderful World。
曲は言わずと知れたサム・クックの曲だけどサムの話をすると長くなるのでここではそれだけ。
ポール・サイモンも参加しているのです。
つまり、S&GプラスJTという、冷静に考えるとものすごいメンバー。
でも、そこになぜ当時はWarnerだったポール・サイモンが絡むのかは、ちょっと分からないですね、でも楽しいからいいじゃないですか。
この演奏は、この曲が持っている子どもっぽさを強く感じますね。
大人になってもそういう気持ちを忘れないのはいいことだ、と言いたいようなアレンジと歌い方で、元々穏やかな曲だけど、とんがったところがなくて、しかししっかりとしていて聴きやすい。
アーティっぽいのはもちろんだけどJTっぽさもあるし、好カヴァーですね。
他に僕が知っているカヴァー曲は、Disc2の12曲目、O Come All Ye Faithful。
これはクリスマスソングとして有名ですが、まさに「天使の歌声」アーティらしい響き。
もう1曲がDisc2の16曲目、When A Man Loves A Woman。
パーシー・スレッジのあまりにも有名なあれですが、最初にオリジナルにはないパッセージが2回繰り返されていて、違う曲かと思いました。
まるでソウルっぽくなくて、やはりアーティの世界ですね。
ただ、僕としてきわめて残念なのが、So Much In Loveが入っていないこと。
1988年にシングルカットされ、当時はCDシングルが出始めで物珍しくて楽しかったので買って聴いて大好きになった曲ですが、当然入っているものだろうと思ったら、なかった。
仕方ないのかな、本人が選曲しているということで、何か違うと感じたのでしょうけど、でも残念でなりません。
新曲はDisc1の16曲目Lenaと、Disc2の2曲目Long Way Home。
他はこれから聴いて覚えてゆくわけですが、アーティの世界、アーティの音楽は文学的ですね。
ポール・サイモンもそうかもしれないけれど、アーティは特に、サリンジャー、カポーティ、SFだけどブラッドベリーなどなど、僕はあまり多く読んだことがないけれど、アメリカ文学の香りを感じます。
繊細で、言葉で空気を切り裂くような感覚。
或いは、歌という表現のかたちの中で、言葉が空気のように舞いながら流れていく。
詩、ではなく、小説ですね。
でも、小説だけど、物語の組み立てよりは描写にこだわり、流れを大切にするよりは気持ちの赴くままに話が進んでいく、そんな物語。
パティ・スミスのように詩人が音楽をやったというのではなく、小説でやりたいことを音楽にしてみた、そんな感じを今回のベスト盤を聴いて強く受けました。
S&Gから女性の名前が入った曲を2曲選んでいるのも、文学的な、小説の香りを感じました。
なによりも音楽が綺麗ですからね。
美しいというよりは綺麗で、きれいに流れていく。
このCDが4月から発売延期になったのは、そんなアーティの音楽が夏には合わないからじゃないかな、と思いました。
秋がまさにぴったり、夏よりは冬のほうが断然似合います、春もいい、でも夏はだめ。
4月に出せば必然的に夏休みシーズンに向けたものとなってしまうのですが、アーティ自身もそれは分かっていて、発売を秋にしたんじゃないかなが、そんな気がしてなりません。
アート・ガーファンクルは広義のロックのアーティストではあると思うんだけど、ロックという解釈の幅が広くなっているのはアーティのおかげかもしれない、と思ったり。
アーティはコンサートで実際に見て、天然記念物的な人というか、いたずらから始まって悪いことは幾つか(も)してきたしいわゆる「いい人」じゃないんだけど、でも、周りにいる人は放っておくことができなくて、憎めないやつ、というイメージを受けました。
でも、歌を歌うと「天使の歌声」、そのギャップが面白くもあり、凄いと思える部分ですね。
結局のところ、合間合間にS&Gの曲があるのも納得というか、それはそれでとってもいいと思って今は聴いています。
ほんと、これを機にアルバムを聴き進めてゆきたい、だからアルバムのリマスター盤も出してくれないかな・・・
ところで、昨年、ポール・サイモンの70歳を記念した2枚組ベスト盤が出たのですが、ポールのそのタイトルがSONGWRITER。
2人合わせて「シンガー・ソングライター」になるのは、座布団1枚(笑)、楽しいですね。
でも、アーティの方だけ"The"がついているのは、アーティの歌手としての自信のほどがうかがえます。
最後にもうひとつ。
ジャケットの写真がピンボケなのはなぜだろう。
趣味とはいえ写真を撮る人間としては、そこがすごく気になりました。
でも、ピンボケでも何かこう伝わってくるものがある、感じるものがある。
ピンボケでもイメージを伝えるのがプロの写真家なんだろうな、と。