◎THE BRIDGE
▲ザ・ブリッジ
☆Billy Joel
★ビリー・ジョエル
released in 1985
CD-0040 2011/05/06
ビリー・ジョエル10枚目のスタジオアルバム。
このアルバムはビリー・ジョエルの中では最も人気がないアルバムじゃないかなぁ。
中途半端に映りますね。
この前のアルバムAN INNOCENT MANでアメリカンポップスのルーツに遡って新境地を見せた上に大ヒットしたわけですが、ベスト盤を出し、さてその次の段階はどうするかがこのアルバム。
ビリーはアメリカのルーツ路線を進めたく、でもそこまで大きく舵を切るだけの踏ん切りがつかなかったんじゃないかな、本人としてもレコード会社としても。
「イノセント・マン」はひとつのコンセプトアルバムとして完結しているからそういうのがあってもいいと割り切れるけど、「ビリー・ジョエル印」の音楽そのものが変質してしまうのはいかがなものかと。
このアルバムでは結局、アメリカのルーツをたどるのではなく、多国籍かつ無国籍なアメリカの今を見事に表現していた70年代名盤群のビリー・ジョエル印の音楽を再現しようと試みた。
しかしビリーの心は既にアメリカのルーツをめぐる旅に出始めていて、その間で揺れたまま結局最後までどちらにも絞り切れずに録音を終えてしまい、リリースせざるを得なかった。
ビリー自身の今を感じる力も年齢とともに時代とともに離れてしまい、もはや往年のビリー・ジョエル印で作品をまとめることができなくなっていた。
「橋」というタイトルはいろいろなものをつなぐ象徴だけど、このアルバムについてはビリーが音楽面でも人間性の面でもいろいろな考えの間で揺られる吊り橋のように感じられます。
ビリーの中では迷っているアルバムとなるのでしょうね。
この次のSTORM FRONTはアメリカのルーツ音楽を見出す方向に進みつつビリーらしさも表すことにも成功した後期の傑作となっただけに、今となっては一層これが浮き出てしまった感があります。
1曲目Running On Iceはスカにのった攻撃的なピアノが都会のクールさを表し歌メロも展開もよい。
ビリーとしては水準かそれ以上でありここでは「ビリー・ジョエル印」も保たれていてつかみはOK。
しかしいきなり苦悩を歌い始めて不安になります。
2曲目This Is The Timeはちょっとブラコン風もろ80年代サウンドのバラード。
ギターの短いフレーズの積み重ねがやはり都会の冷めた空気を感じさせます。
これは当時から隠れた名曲だとずっと思っていたけど、シェイ・スタジアムのライヴでジョン・メイヤーを招いてこの曲を歌ってくれたのはうれしかった。
このアルバムを聴き直したのはライヴ盤で久しぶりにこの曲を聴いたからです。
3曲目A Matter Of Trustはこの中でほぼ唯一何の注釈もつかない素直にいい曲じゃないかな。
あ、といいつつこれはビートルズっぽい曲だと当時は思いました(笑)。
実際にビデオクリップもビートルズのある有名なシーンをイメージしたものだし。
なんて言いつつこれはほんとうに掛け値なしにいい曲でビリーの名曲の系譜に連なる1曲であると僕は思う。
4曲目Modern Womanは、ううん、そうだなぁ・・・
オールドスタイルのロックンロールを再現しようとしてみた、としか言えないなぁ・・・
映画のテーマ曲としてアルバムとは別の流れで作られたのでしょうけど、まあこんなもんでいいかという感じにしか聴こえてきません。
ビリー・ジョエルのほぼ唯一僕が好きじゃない曲です、残念ながら。
しかもアルバム自体もここから「ビリー・ジョエル印」の効果がなくなってゆきます。
ただアルバムを聴く時は飛ばさないで聴いていますよ。
アルバムというのはそうしないといけないものだと思っています。
5曲目Baby Grandは憧れのレイ・チャールズとの共演。
これは素晴らしい、レイ・チャールズが素晴らしいだけではなく曲自体も名曲クラスの素晴らしさ。
文句のつけようがありません。
6曲目Big Man On Mulberry Streetはジャズのビッグバンド風の聴きどころがある曲。
でも同じジャズを採り入れた曲の流れでもZanzibarほどにはねじ伏せる力がないかな。
僕は大学1年の時にビリー・ジョエルのコンサートに行きましたが、この曲を演奏したのがとってもうれしくてなぜかそのコンサートではこの曲を真っ先に思い出します。
だから結局大好きな曲なんですけどね(笑)。
7曲目Temptation、この曲がこの中ではいちばん好きです。
若い頃はただ重たく暗いバラードとしか思っていなかったけど、大人になってビリーの苦悩が心の部分で伝わるようになり、さらには曲に破たんがあってスリリングで面白いことに気づきました。
しかしそれは「ビリー・ジョエル印」らしくない曲ということになるのではないかと。
ビリーの人間としての凄味を感じる曲で、そういう点ではもしかしてビリーでもいちばんかもしれない。
8曲目Code Of Sileceのゲストはシンディ・ローパー。
彼女は作曲も一緒に手がけていて当時はビリー史上初めて他の人が作曲に加わった曲として話題になりました。
これもほの暗くて重たい雰囲気だけどシンディの声が意外とそういう雰囲気でも聴かせるものであることを当時知って驚きました。
ただシンディの強烈な個性に負けている感は否めずそこが寂しくもなります。
曲自体はビリーとシンディのよい意味での折衷という感じでいいけれど、でもこれも「ビリー・ジョエル印」らしくはないかな。
9曲目はGetting Closer、スティーヴ・ウィンウッドが参加。
このアルバムはゲストが豪華であり、ビリーはゲストを呼ぶこと自体も少ないので当時は話題になりました。
曲はスティーヴの色が出てアメリカのルーツに色気を出しているのが見え見えだけどいい曲だとは思う。
最後はジャムに展開してスティーヴのハモンドを堪能できますが、最後はもっと長くしたかったけど制約があって今の長さに短くせざるを得なかったくらいに盛り上がったそうです。
ゲストを招いたのは、ビリーはこの時は何かから抜け出したくて他の人の手を借りざるを得なかったのかもしれないですね。
しかしその結果「ビリー・ジョエル印」が失われることにもつながってゆきました。
当時高校生の僕はビリーの新作だからすごく期待して買い、ほぼ期待通りに気に入りました。
今でも大好きなアルバムです。
聴いた回数でいえば「イノセント・マン」と例の名盤2枚にはかなわないけどその次によく聴いたのものだと思います。
何よりもまだ頭が柔らかい10代に聴いていたので今でも全曲そらで思い出せます。
「ビリー・ジョエル印」の完璧な商品を求めるとこれは物足りないけど、ビリー・ジョエルという人間に音楽を通して接したいのであればこれは逆に彼の中でもかなりよく伝わってくる1枚だと思います。
結局THE BRIDGEは音楽家としてではなく人間としてのビリー・ジョエルがどれくらい好きで許せるかを計るモノサシみたいなアルバムじゃないかな。
もう少しなんとかならないのかと思いながら音楽を聴くのもたまにはいいものですよ(笑)。
しかもレコードに刻まれた音だから、その思いはこちらの気持ちが変わらない限りはずっと続いてゆきますから。