これと同じ樹を見たことがある
あれはいつのことだったか、忘れてしまうほど遠い昔。
音を立てて雲が流れていく空の下、真っ黒な地平線がそのまま盛り上がって生まれた大きな木。
大地から精気を吸い上げ、脈打つ枝を伸ばし、何かを掴んでいた。
卵の中の眠り続ける大きな鳥を。
「我が作りし人を我が地の表より拭い去らん。人より獣、這う物、空の鳥に至るまで滅ぼさん。そは我、これを作りし事を悔ゆればなり。今七日ありて、我四十日四十夜、地に雨を降らしめん。我作りたるあらゆる物を地の表より拭い去らん。かくて七日の後、洪水地に臨めり。その日おおわだの源、みな破れり。天の戸開けて雨四十日四十夜地に注ぐ。方舟は水の面に漂えり。地に動く肉なるもの、鳥、家畜、獣、地に這う全ての物、および人、みな死ねり。その鼻に命の息の通うもの、全ての陸(くが)にある物はみな死ねり。ただ彼とともに方舟にありしもののみ残れり。彼、地の表より水の引きしかを見んとて鳥を放ち出しけるが、再び彼の処へ帰らざりき。」
----- 鳥がどこに辿り着いたのか、それとも力尽きて水に飲まれたのか、誰も知ることが出来なかった。だから人々はその帰りを待ち続けたのさ。待ち続け、待ち疲れて、いつか鳥を放したことを忘れ、鳥のことも忘れてしまった。水の下に沈んだ世界の事も。自分たちがどこからやってきたのか、いつまでここにいるのか、どこへ行くのか、獣たちが石になるほど遠い昔の物語だよ。僕が見た鳥も、いつどこでのことだったか思い出すことも出来ない遠い記憶でしかない。夢だったのかもしれない。





