ギルド式五十音 | 工房ギルド メンバーコラム

ギルド式五十音

空き缶について by渋沢モトヤ

空き缶と聞いて缶ビールを思い浮かべた人はこの時点で単なるオヤジやオバサンです。幼き日を思い出しながら読み進めてください。
そう、幼かったあの日を・・・。

あの頃の缶といえば今のように、プルトップなんかついてなかった。
つまみを持ち上げ力まかせに引き抜くといった表現のほうが適切だった。
そして、それは淡い恋心の引き金でもあった。
か弱い女性を演じるために指の太い女の子が「あっ、空かない」なんて猫なで声を出そうものなら、モテない男どもはこぞって、タブを引き抜いたものだった。

そして、そういう女性に限って、その引き抜く様を『男らしい』と勘違いをしていった。
男女の仲は不思議なもので、一度勘違いが始まると、雪だるま式に加速していく。
挙句の果てには、そのタブを「今は、こんなのしか贈れないけど・・・。」「ううん、うれしい」なんて光景がアチコチの公園で見られた。

しかし、時は流れ、プルトップになった今、モテない男は勘違いの力強さを発揮する場所を失い、優しさを発揮しようと試みた。
それが、「プルトップを集めて車椅子を贈ろう」である。とオレは睨んでいる。
こういうことを平気で書くからオレは社会から睨まれていく。でも仕方ないだろ!
だって、一缶120円からたった一個のプルトップでしかも何万個も集めなきゃいけないんでしょ?
だったら募金した方が早くない?
こうしてだんだん現実主義になっていき、子供から薄汚れた大人への階段を登りつめていくものなんだろう・・・。