むき出しの資本主義が起こしたイタイイタイ病 | ブラタカタ・・・通訳案内士試験に出題された場所の旅道中

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2007年以降、300人以上の通訳案内士を養成してきた通訳案内士試験道場の高田直志です。案内士試験に出題された場所を津々浦々歩いたときの旅日記です。案内士試験受験生は勉強に疲れた時の読み物として、合格者はガイディングのネタとしてお読みください。

イタイイタイ病―「資本論」の中の環境保護

 越中は河川氾濫がひどく、暴れ川が集中している。実は明治初期、越中と越前は石川県に組み込まれていたが、この「大石川県」の県庁所在地、金沢の役人は越中のもつこの「急流銀座」の深刻さに無頓着だったこともあり、改めて富山県として分離独立することになったほどだという。治水工事がいかに富山県で大切かが分かる事例だが、それとは別に「公害」という不名誉なイメージで知られてしまったのが、飛騨から富山湾に流れる神通川である。

 上流には三井系の神岡鉱山が亜鉛を掘る際、1910年代から半世紀以上にわたって鉱毒を流し続けた。その結果40㎞ほど下流の現富山市の農民たちがカドミウム中毒で苦しんだ。その間掘削技術は進歩しただろうが、むき出しの資本主義が人間を搾取するだけでなく、環境を破壊し、そしてその一環で人間を苦しめ、殺し、集落まで崩壊に導くことが明らかになった。マルクスは言う。

どんな資本主義的農業の進歩も、労働者から略奪する技術の進歩であるだけはなく、同時に土地から略奪する技術の進歩であり、一定期間の豊土を高めるすべての進歩は、同時にこの豊土の永続的破壊の進歩である――だから、資本主義的生産は、あらゆる富の源泉である土地と労働者とを滅ぼすことにおいて、社会的生産過程の技術と結合とを発展させるのである。

 「資本論」というと労働者搾取のメカニズムを糾弾する本かと思いきや、中にはこうした豊かな大地からの略奪を指摘するのが資本主義であるとも言っている。

「フェミニンな響きの町」の公害病

イタイイタイ病の場合、被害の中心となったのは当時の婦負郡婦中町(ねいぐんふちゅうまち)であるが、そのフェミニンな響きの地名がつらくなるほど、公害病を背負わされるのは骨密度が低い婦人が圧倒的多数派だった。せめて一家の大黒柱だった男性の患者も多ければ問題も大きくなりやすく、結果早く解決していたという考えもあるが、ここでも他の被害地と同じく「奇病」「前世の業」等、自己責任にされがちだった。

また、共同作業が大切な農村社会において起こった公害事件であることが、事態を複雑化させた。マルクスはこの共同作業こそ資本主義の原点と考える。

 協業は、労働プロセスの進行を早めることができる。 例えば、多くの石をはしごの上に運ぶ作業は、ひとりひとりが各々石を持って運ぶよりも、大勢が列を作って前の人から後ろの人へ、石を渡す流れ作業で早く済ませられる。麦を収穫する作業のように、決まった時間に仕事を終えなければならない作業もそうだ

 農作業はその時期に一斉にしたほうが効率もよく、その時期を逃せば収穫もガタ落ちになる恐れがあるからだ。よって一家を支える妻が田植えや稲刈りに出られないというのは同情の対象にはなりにくかったようだ。さらにはこの「奇病」を医学的に解明しようとした医師に対して、村の評判が下がり、農作物が売れなくなるからなどという理由で村人が妨害したりしたこともあった。「講」で固まっていたはずの村社会の醜い部分が露呈した形になる。

 「人権」や「人情」も大切だが、同じ集落の家の者が田植えや稲刈りに出られないということは村全体の収益に大きな打撃を与え、本人たちにも肩身の狭いことだったのだ。

医師と弁護士と被害者。そして役者はそろった

マルクスは労働力についてこのように述べている。

生産のプロセスに使われる原材料と道具は、生産過程で価値が変わることはない。資本の中で、価値が不変な要素、私はこれを「不変資本」と呼ぶ。反面、資本の他の要素、労働力は、生産プロセスの過程で価値が変る。労働力は、自分の価値を生み出した後、剰余価値を生み出す。そして剰余価値は状況によって可変的だ。私はそれを「可変資本」という。(1-8)

 つまり農業で言えば農業用水や農薬、農具やトラックなどの減価償却できるものは「不変資本」となり、村人総出で農作業をする際の労働力は、自分の精いっぱいの働きで作物の種をまき、収穫をし、それが売れれば自分にボーナスが入ってくる「可変資本」だ。しかし夫婦一組で農作業をするはずが、夫だけになれば、戦力が半分ほどになってしまう。これが続けば農村では通用しない。しかし家にいる妻は布団をかけるだけでもその重みで体の骨が折れるほどで、そのたびに「痛い、痛い」を繰り返す。

 ついにその原因を突き止めた被災地区の町医者、萩野医師は、村のため、人々のため、そして環境のために「天下の三井」を相手に訴訟を起こした。協力してもらえない村人もいたものの、弁護団長についたのが、富山が生んだ二十世紀の「怪人」正力松太郎の甥、正力喜之助だった。

正力松太郎といえば読売新聞のオーナーで、野球に興味はないが、戦前は人々が野球に熱狂するのを見て戦前読売巨人軍を結成。戦後はCIAの協力者として暗躍し、日本のマスコミ界を牛耳り、原発を日本に導入・推進した男、といえば資本家の権化のようでもある。しかしこの時は三井側から応援を頼まれても断るどころか、公害問題を担当する甥にはっぱをかけた。ふるさと富山の山河に対する思いがあったからかもしれない。萩野医師と正力弁護士と被害者。これで「役者」はそろった。

 

不条理に立ち向かう伝統

イタイイタイ病裁判での被害者の勝利を記念し、その後の運動の拠り所となっていた清流会館という建物があり、一部は徹底的に被害者の視点から見た資料室がある。その対岸の富山県国際健康プラザ内にもイタイイタイ病資料館があるが、ここはカドミウム汚染された場所の跡地である。ここは県立の施設だが、三井側は産業推進を最大の課題としていた富山県と、ある種の癒着関係にあったという。

また汚染された農地を回復するための費用負担の割合は、三井側(神岡鉱業)よりも国や富山県、すなわち国民、県民の負担がはるかに多い。ちなみに三井金属株式会社のホームページには神岡鉱業の記載もあるが、イタイイタイ病のことは全く触れていない。

このようにイタイイタイ病のみならず公害について学ぶことは、人間とは、環境とは、社会とは何かということを、反省を込めつつ学際的に学ぶことができる。ただ、いつのころからか加害者が企業や国・自治体であることが明白な「公害教育」から、加害者が「我々人類」というオブラートに包んだような表現と視点の「環境教育」に移りつつあることはある程度危惧されてよいかもしれない。 

しかし国連人間環境会議の前年の1971年6月、企業の利益追求が無制限だったこの資本主義国家において、曲がりなりにも「百姓」が訴訟において「天下の三井財閥」に勝ったこと、言い換えるなら健康と自由と当たり前の暮らしを求める民衆の、権力者に対する抵抗の歴史はもっと記憶されてよいだろう。不条理なことには立ち上がる。決して泣き寝入りしない。これは越中だけでなく、北陸の門徒たちの伝統のように思えて仕方ない。(続)

 

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