佐渡金山ー日本資本主義発祥の地? | ブラタカタ・・・通訳案内士試験に出題された場所の旅道中

ブラタカタ・・・通訳案内士試験に出題された場所の旅道中

2007年以降、300人以上の通訳案内士を養成してきた通訳案内士試験道場の高田直志です。案内士試験に出題された場所を津々浦々歩いたときの旅日記です。案内士試験受験生は勉強に疲れた時の読み物として、合格者はガイディングのネタとしてお読みください。

佐渡奉行所とやり手奉行の大久保長安の末路

相川には佐渡奉行所が復元されている。徳川家康が佐渡を天領とし、徳川三百年の安泰を財政面で支えたが、ここを本格的に開発したのは桃山時代に朝鮮渡来の「灰吹き法」によって石見銀山を一気に世界一の銀山にのし上げた大久保長安である。

1603年から10年間にわたり奉行を務めた彼は、金山で水銀と鉱石を混ぜ合わせて加熱し、蒸発させることで金を得る方法を実践した。南蛮渡来のこの「アマルガム法」という手法で佐渡金山も日本一の金山となった。ちなみに水銀を大量に排出するこの方法がどれだけ環境を汚染したかは「推して知るべし」である。

大久保は鉱山技術の他にも様々なものをもたらした。渡来人秦氏の子孫で大和猿楽の家の出自という彼が愛した能は、確実に庶民の間にも根を下ろし、人口5万人の島に三十数か所もの能楽堂があるほどだ。

ただ、家康から見れば大久保はいわば奉行という「超有能な雇われ社長」であり、組織の一員である。ここで掘られた金はみな幕府のものなので大久保には奉行としての給金をはずめばいい、と考えていた。「蟹工船」でいう資本家と監督のようなものだ。一方の大久保一族は我々の技術により金がでたのだから、自分たちのものだが、中元歳暮がわりに金子を幕府に貢いでおけばよいと考えていた。その視点は個人事業主である。

1613年に長安は亡くなるが、遺言は「黄金の棺桶で送ること」だったという。死の直後、家康は大久保一族の不正な蓄財を理由に、長安の嫡男から五男まですべて切腹を命じた。金に魅せられた男たちの悲劇である。 

その後、寂寥感あふれる、というよりものどかな相川の町並みに寄ってみた。男が集まるところには遊女がつきもの。はたしてここもかつては「その手」の店が軒を連ねていたという。幕末にここに来た役人が「佐渡は魚と遊女の値は江戸の半分だが、その他はみな二倍だ。」というような感想を述べている。需要と供給の問題だろう。また奉行所は、検地は徹底して田畑からはしっかりと年貢を取る一方、遊郭は非課税とした。鉱夫らの鬱憤のはけ口の代金が高ければ仕事に差し支えるからだろう。

世界遺産となってしかるべきところか

近代に入り、日中戦争時は一年で1トンもの金を掘るほどだったが、日米戦争がそれに加わり、各国の禁輸政策で貿易が難しくなると、金よりも軍事目的にも使用される銅が掘られるようになった。マルクス流にいえば、交換価値メインの金と使用価値メインの銅の立場の逆転だろう。

そしてその銅を掘るために徴用されたのが朝鮮人労働者であり、その労働の強制性を認めるかいなかが世界遺産登録問題となっている。もちろん韓国側は日本側を糾弾する一方、日本の一部の保守派はそれを認めない。そもそもそれがイシューとならぬように日本側は江戸時代の遺跡を中心に登録申請していた。それも韓国側からは姑息な手段に見えるのだろう。

佐渡が世界遺産になることを島の人々だけでなく、なぜか保守派が応援しているようだが、ここははたして人権的にも環境的にも誇れるものだろうか。そしてなによりも「金の産出」というむき出しの資本主義の発祥の地として記憶される場ではないかと思えてきた。

とはいえ、一度は絶滅したトキを中国からつがいで呼び寄せて増やしたトキの森公園や、採掘時の湧き水を捨てるために作られた桶を応用して舟にしたたらい船、船大工の迷路のような宿根木の集落、そしてビールケースに座りながらカジュアルに楽しめる地方色豊かな能楽、アイルランドの絶壁を思わせる尖閣湾など、一般的観光スポットに事欠かない島ではある。しかし最も有名な金山はこの上ないほどダークツーリズムスポットではある。「世界遺産狂騒曲」よりも、普通の観光スポットのほうに旅情を感じるのだ。

北一輝は佐渡の生んだコミュニストか?

 佐渡を離れる前の夕方、両津港近くの小さな神社に立ち寄った。そこにはある意味、「日本一有名なコミュニスト」を顕彰した記念碑がある。二・二六事件の首謀者の一人として処刑された北一輝である。北はその主著「日本改造法案大綱」で、戦後でいう「象徴天皇制」のもと、私有財産を制限し、華族制度も廃止し、人民の平等を訴えた。その労働者に関する項目を抜粋しよう。

・勞働賃金ハ自由契約ヲ原則トス。

・勞働時間ハ一律ニ八時間制トシ日曜祭日ヲ休業シテ賃金ヲ支拂フベシ。

・満十六歳以下ノ幼年勞働ヲ禁止ス。

・婦人ノ勞働ハ男子ト共ニ自由ニシテ平等ナリ。

 これらは戦後の占領軍のもとでようやく実現したのだが、こうした思想に共鳴した青年将校たちが立ち上がって起こしたのが二・二六事件であることは言うまでもない。ただしそれはエリートによる改革である。極右思想家に思われがちな北だが、これを見ればコミュニストかと思えてくる。ただ、右翼も左翼も国民の生活をよくしようとする意味では同じであり、そのやり方が違うのだろう。

 コミュニストお得意の四海の人民を同胞と認識する考えが北にもあったからか、彼は自分が佐渡という島の人間であることを誇りもしなければ愧じもしなかった。要するに佐渡という日本資本主義のある意味発祥の地のような場所は、彼にはどうでもよかったのだろう。

 

自然をわが物にしたがる欲望

翌朝秋雨の中、その日唯一欠航しなかった高速艇に乗り込み、本土に戻っていった。やはり帰りの港でも「世界遺産候補」として道遊の割戸の観光ポスターが私たちを見送ってくれた。前日に訪れたこの佐渡のシンボルを思い出しながら「資本論」の一節を実感した。

 これまで単純で抽象的な形で述べたような労働過程は、使用価値をつくり出すための 合目的活動で、人間の欲望のために自然のものを取得することであり、人間と自然との間の物質代謝の一般的条件であり、人間生活にとって永久の自然条件であり、だから、人間生活のどんな時代とも関係なく、人間のすべての社会形態に等しく共通したものなのである

黄金は自然物であるが、それをわが物にしたがる人間の欲望のために掘り続けた結果があの金の露天掘りにより「傷つけられた」(ように私には思える)岩肌だった。そしてそれをマルクスは「人間と自然との間の物質代謝」、つまり自然物は人間に利用されて人間社会に出回るものであり、それが永遠に続くものだという。そして人類はそれから逃れることができないようだ。

数年後の同じく秋雨の降りしきる中、佐渡島が黄金の島になる前に、黄金色に輝く浄土信仰に生きる人々の土地となった加賀に向かった。(続)

 

PR

①    二次面接って??? 無料ガイダンス+体験講座 9月上旬開始

9月初旬に二次面接とはどんなものか、そしてどんな対策が必要か、さらに間違った学習法まで一気に解説し、実際に二次面接に必要なスピーチや通訳を、過去問題を参考に行います。合格率の高さだけでなく、本当に身に就く学びをご体験ください。

http://guideshiken.info/ (最新情報その1)

 

②   オンラインサロン「ジモティに聞け!」

地理・歴史・一般常識はzoomで楽しもう!
9月の毎週木曜午後10時から、各都道府県出身または滞在歴のある案内士試験受験者に、地元を紹介していただきます!楽しみながら学べるこのオンラインサロン、ぜひご参加ください。

パーソナリティ:英中韓通訳案内士 高田直志
日時:毎週木曜と日曜の22時から23時00分(無料)
視聴・参加するには…
対象:通訳案内士試験を受験される、または本試験に関心のある全ての方。
事前にこちらからご登録ください。(登録・視聴は無料です。)
https://secure02.red.shared-server.net/www.guideshiken.info/?page_id=109