東洋のサンフランシスコ、函館は地獄の一丁目だったのか? | ブラタカタ・・・通訳案内士試験に出題された場所の旅道中

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2007年以降、300人以上の通訳案内士を養成してきた通訳案内士試験道場の高田直志です。案内士試験に出題された場所を津々浦々歩いたときの旅日記です。案内士試験受験生は勉強に疲れた時の読み物として、合格者はガイディングのネタとしてお読みください。

東洋のサンフランシスコは「地獄の一丁目」?

函館の秋風もさわやかだった。函館山のふもとの坂道では、ハリストス正教会や旧函館区公会堂、中華会館などの洋館の前を路面電車が走る光景がみられる。特に坂道の両脇に街路樹が整然と並ぶ八幡坂の先に港が広がる八幡坂の光景は、まるで東洋のサンフランシスコだ。

ただ、この瀟洒な街並みも一歩港に入ると、とたんに殺風景になる。今は旅人の目には「絵にならない」だけの光景かもしれないが、大正時代の函館港はまさに「地獄」の一丁目、またの名を「この世の三途の川」だった。

様々なのっぴきならない事情からこの港に集められた数百人の男たちが乗せられた蟹工船は、北洋漁業でカニを獲り、それを船内で缶詰に加工する大型船を指すが、日本を離れるため日本の労働法の適応外に置かれる。つまり労働者を守る法が存在しないのだ。

そして汗水たらして働かない資本家が監督を雇い、労働者の体に焼き火箸を当てたりしながら強制労働させる。監督は船長さえも動かす傲慢さであり、多少労働者に同情的な船医も監督の前では借りてきた猫だ。労働者が死んでも使い古しの麻袋に入れられて冷たい海に放り投げられるだけだ。

 

ソ連に漂着した蟹工船と中国人

労働者たちはソ連に漂着した日本人水夫たちから、現地で手厚い介護を受けただけでなく、片言の日本語を話す中国人から労働者としての権利を覚醒させられたという話を聞いた。その日本語が秀逸だ。

「金持、貴方方を これ する。(首を締める 恰好 をする)金持だんだん大きくなる。(腹のふくれる 真似)貴方方どうしても駄目、貧乏人になる。――分る? ――日本の国、駄目。働く人、これ(顔をしかめて、病人のような恰好)働かない人、これ。えへん、えへん。(中略)働かないで、お金 儲ける人いる。プロレタリア、いつでも、これ。(首をしめられる恰好)――これ、駄目! プロレタリア、貴方方、一人、二人、三人……百人、千人、五万人、十万人、みんな、みんな、これ(子供のお手々つないで、の真似をしてみせる)強くなる。大丈夫。(腕をたたいて)負けない、誰にも。」

そしてついに労働者たちは立ち上がったが、監督は海軍の駆逐艦に船内でストライキが起こったことを密告すると、逆に海軍とつるんだ資本家によってとらえられてしまった。蟹工船はソ連とのカニの争奪戦という代理戦争であり、海軍も一匹でも多くのカニを獲り、資本家の懐を肥やすことを至上命令としていたのだ。

 

資本家のねらいはカニではなかった

多喜二はこの作品を通してマルクスの言葉を具体例として表現しているようだ。資本家が求めているのはカニではない。労働者をこき使った後に残された「剰余価値」という名の「オマケ」の大きさなのだ。そしてマルクスはその手口をこう説明する。

「剰余価値を増やしたければ、労働時間を延ばして剰余労働を増加させれば良い。必要労働は決まっているから、可変的な剰余労働をどんどん増やすのだ。こうして増やした剰余価値を、私は「絶対的剰余価値」と呼ぶ

 蟹工船の労働者たちが最低限の睡眠時間以外は常に働かされていたのは、まさに賃金として支払った雀の涙ほどのカネを労働者の労働によって取り戻した後の「オマケ」の部分を資本家にもうけさせるためだったのだ。しかしまるで拉致されたかのように逃げ場のない船内だから「オマケ」がとられ放題だったのかというとそうでもない。曲がりなりにも労働基準法である程度守られた陸上の労働者でもオマケを資本家に与えるために搾り取られていた。マルクスは続ける。

例えば、労働時間が1日に 12 時間だとしよう。どうすれば剰余価値を増やせるのか? この場合、剰余労働を増やすためには、必要労働を減らせば良い。必要労働を減らすことで増加した剰余価値を、私は「相対的剰余価値」と呼ぶ。(1-12)

「必要労働を減らす」というのは例えば12時間の日当が1万円だとすると、6時間労働で5000円の日当にすれば、資本家からすると5000円分浮く。そして残りの6時間分は「相対的剰余価値」というサービス残業にする、というわけだ。

日本で今なお当然のこととして行われているサービス残業だが、正社員は終身雇用をエサに事実上これを課され、非正規雇用の場合は時間給、日給、月給などの不安定労働を強要されがちだ。さらに言うなら蟹工船の労働者たちは非正規でありながらサービス残業などという甘い言葉では言い表せない強制労働を押し付けられていた。

 

労働者同士の連帯を防ぐ方法

 マルクスはこの労使関係の在り方を、資本家と労働者の対立以外にも、労働者同士の対立を資本家が御膳立てすることを看破していた。

労働者階級の中で就職した労働者の過度な労働は、産業予備軍を増加させる。そして彼らは就職した労働者との競争を通じて、過度な労働をするようになり、資本の独裁に屈服するのである。(1-25)

 労働者同士に多少の優劣をつけて争わせ、労働者にとっての「真の敵」が見えなくなるようにする描写は、「蟹工船」にもみられる。

 監督や雑夫長はわざと「船員」と「漁夫、雑夫」との間に、仕事の上で競争させるように仕組んだ。同じ蟹つぶしをしていながら、「船員に負けた」となると、(自分の 儲けになる仕事でもないのに)漁夫や雑夫は「何に糞ッ!」という気になる。監督は「手を打って」喜んだ。今日勝った、今日負けた、今度こそ負けるもんか――血の滲むような日が滅茶苦茶に続く。同じ日のうちに、今までより五、六割も殖えていた。然し五日、六日になると、両方とも気抜けしたように、仕事の高がズシ、ズシ減って行った。仕事をしながら、時々ガクリと頭を前に落した。監督はものも云わないで、なぐりつけた。

 弱い者同士が殴り合い、漁夫の利を得るのが資本家。これが資本主義のシステムだったのだ。

きらめく函館山からズーズー弁の湯の川温泉へ

黄昏時にロープウェイで函館山に上った。刻一刻と初秋の日は暮れなずみ、気づけば「世界三大夜景」を誇る函館港の夜景が現れていた。宝石のようにきらめくこの陸繋島ではあるが、目の前の港を出入りする船内でかつて信じられないほどの蛮行が行われていたことを思いだすにつれ、心は曇る。

それにしても「人権」という概念のかけらもなかった時代とはいえ、蟹工船の世界はひどすぎる。「人情」という言葉はあったはずなのに。また「人権」以前の根本的なことで欠落している観点がある。それは「自分が働いた分は自分の稼ぎになる」ということだ。それに対してマルクスは説明する。

財産の所有は、元は自分の労働に基づいていた。だが今は、資本家が無給労働とその結果を利用する権利を持つため、労働者は自分の生産の結果を所有することはなくなった。財産と労働の分離は、両者の本質から由来する不可欠な結果なのだ。(1-24)

 つまり「賃金以上に働いた分は、資本家の懐に入る」というのが資本主義のメカニズムなのだ。そして賃金分のみ働く者が仮にいたとしても、翌日以降の仕事は保証されない。つまり資本主義の根本は、最初にカネを出した資本家が儲かるためのシステムなのだ。

 ロープウェイで下山し、路面電車で終点の湯の川温泉まで行き、数百円で源泉かけ流しが楽しめる銭湯「大盛湯」に浸かった。客のほとんどが観光客ではなく、地元のお年寄りだった。磯の香りのただようナトリウム泉に浸かりながら聞こえてきたのがズーズー弁だった。1992年、初めて函館を訪れたときも、銭湯の地元客は高齢者ばかりで、ズーズー弁で話していた。「蟹工船」にも東北なまりが使用されている。多喜二も生まれは秋田県だ。 

1992年に80歳ぐらいの老人だった彼らは1910年代の生まれだったろう。とするなら、もしかしたら対岸の下北半島や津軽半島から着の身着のままわたってきて蟹工船に乗せられた最後の世代だったのかもしれない、などと昔の話を思い出した。

 「蟹工船」はこのようにして終る。

この一篇は、「殖民地に於ける資本主義侵入史」の一頁である。

 この函館は「殖民地」、つまり内地からの移住民によって支えられた町だ。時代にもよるが各地の移住民がこの港に、また小樽港に入ってきたはずだ。「道産子の三大出身地」は東北、四国、そして北陸という。場所を変えて今度はこの「三大出身地」の中でも特徴的な北陸を歩いてみたいと思う。(続)

 

 

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