湯島聖堂ー「理(メカニズム)」と「気(エネルギー)」 | ブラタカタ・・・通訳案内士試験に出題された場所の旅道中

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2007年以降、300人以上の通訳案内士を養成してきた通訳案内士試験道場の高田直志です。案内士試験に出題された場所を津々浦々歩いたときの旅日記です。案内士試験受験生は勉強に疲れた時の読み物として、合格者はガイディングのネタとしてお読みください。

渋さが光る湯島聖堂

上野からお茶の水に向かった。神田川にかかる聖橋を渡るとすぐに湯島聖堂である。17世紀に現上野公園にあった林家の家塾忍岡聖堂が17世紀末に五代将軍徳川綱吉によりこの地に移設され、「昌平坂学問所」と呼ばれるようになった。ここは諸藩の英才を集めて毎月儒学の講義が行われ、切磋琢磨した場所である。そして林羅山の孫、林鳳岡(ほうこう)を大学頭(だいがくのかみ)、すなわち現代でいえば文科大臣として任命され、以降代々林家がその職を任じてきた。

石段を下りる。緑色の屋根をのせた黒ずんだ入徳門をくぐる。そして石段を上りきったところにある杏檀門の向こうは四角四面の空間だ。中国では昔から「天円地方」、すなわち天は円形、大地は四角形という「常識」があった。

門をくぐると目の前が大成殿である。関東大震災で焼失した後の1935年、最新の近代西洋建築に東洋風の伝統的装飾をほどこすスタイルで知られる伊藤忠太によって設計されたこの建物は、耐震・耐火構造の鉄筋コンクリート造りであるが、屋根には火災を封ずるという鬼犾頭(きぎんとう)が口から水を噴水のように吹き出し、孔子のような聖人君子の徳を慕って現れる鬼龍子(きりゅうし)という狛犬がこちらをにらむ。

高い敷居を超えて中に入る。タイル敷きの内部は古代中国風の椅子や、机の上には孔子に捧げるお供え物などが並び、御簾(みす)の向こうには孔子とその門人たちが祀られている。いかにも中華世界だ。唯一中華世界と異なるのはその彩色感覚であろうか。例えば華僑が作った長崎の孔子廟や那覇の久米致聖堂、そして長崎からほど近い佐賀県多久聖廟などは、丹青にオレンジといったカラフルな彩色だが、これが本来の聖堂の彩色だ。しかしこのいぶし銀のように渋い黒と緑青がかった屋根は落ち着いており、「和風聖堂」にふさわしい。

 

四十七士と徳川綱吉

ここを建てさせた五代将軍綱吉は、歴代将軍の中で最も学問、特に朱子学を愛した。彼の在任中に突如起こった江戸城松の廊下の刃傷沙汰に対し、彼は「喧嘩両成敗」の原則を適用させず、そっけなく浅野内匠頭に切腹を命じた。彼にとって問題となるのは、朝廷の使節を江戸城でもてなす際にその場を血で穢されたことだ。つまり対外的な不祥事を恐れたのだ。

しかし「赤穂浪士」が立ち上がり、主君の無念を晴らすとあっぱれな赤穂「義士」よ、と言わんばかりにこれを称賛した。江戸幕府が始まって一世紀もたつと、どんな主君であっても忠誠を尽くすのではなく武士たちが打算的になりつつあった風潮を憂いたのだろう。ただ将軍という立場上、表だって助命活動もできないため、切腹によって武士としての名誉を保たせたように思える。

 

朱子学=「メカニズム(理)」×「エネルギー(気)」

ここで気になるのは綱吉が「朱子学」というものがどのようなものかということだ。もともとこれは南宋の朱熹(しゅき)が「論語」を筆頭とする聖典を「四書五経」として12世紀に整理し、独自の観点で注釈をしたものであり、朝鮮半島では李朝(朝鮮時代)の事実上の国教となっただけでなく、日本でも幕藩体制を支える思想となっていった。

これは道徳論以上に世界中の現象を、そして宇宙までをも分析する知的体系といったほうがよかろう。私がこの思想について最も興味深く思ったのは「理気二元論」である。彼はこの宇宙のすべての現象を「メカニズム(理)」と「エネルギー(気)」からなると説明した。これらを簡単にまとめると以下の通りになる。

「メカニズム(理)」:静的・本来備わるべき性質(仁・義・礼・智・信)

「エネルギー(気)」:動的・その時々現れる感情(惻隠・羞悪・辞譲・是非)

俗に「性善説」「性悪説」というものがあるが、朱子学は「性善説」、すなわち人間には本来、人の幸せを願い、それに基づき正しいと信ずる道を実践し、人を尊重して社会のルールを守り、自分の智慧を世のために役立て、自分の言ったことに責任を持つ、という性質が備わっている、と説く。

しかし世の中には悪党もいれば反社会分子も悪知恵を働かす詐欺師も、公約を守らぬ政治家もごまんといる。それはなぜかというと、何かあるごとに様々な感情に動かされがちだからである。それを本来備わった性質に戻すためにはどうすればよいか。徹底的に学ぶことだと孔子は言う。

「生まれつきの性質はみな似たり寄ったりなのに、学ぶか学ばないかでその差は大きくなる。(性相近也、習相遠也)」

 儒学というと学問を重視するというイメージがあるとすれば、それは決して学問を修めて科挙に受かることを目的にしていたからではない。学問を修める→本来の性質を取り戻す→そのような人間が国を治めればよい世の中になる、というプロセスを重視していたからだ。(続)

 

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