独立戦争に身を投じたファノンと阿寒湖アイヌコタンの静かな戦い | ブラタカタ・・・通訳案内士試験に出題された場所の旅道中

ブラタカタ・・・通訳案内士試験に出題された場所の旅道中

2007年以降、300人以上の通訳案内士を養成してきた通訳案内士試験道場の高田直志です。案内士試験に出題された場所を津々浦々歩いたときの旅日記です。案内士試験受験生は勉強に疲れた時の読み物として、合格者はガイディングのネタとしてお読みください。

「俗」で「昭和レトロ」な阿寒アイヌコタン?

その日は川湯温泉で泊まり、翌日はマリモで知られる阿寒湖を目指した。雄阿寒岳、雌阿寒岳に囲まれた静かな湖畔に阿寒湖温泉がある。ここに隣接するのが阿寒湖アイヌコタンである。アイヌシアター「イコㇿ」や生活記念館「ポンチセ」などは、ある意味「ウポポイ」とよい勝負だ。逆に言えばアイヌ系施設としてナンバーワンではない。しかし北海道をくまなく歩いても、ここにしかないオンリーワンがある。それはなだらかな坂道の左右に並ぶ二十軒ものアイヌ工芸の店だ。

令和に国税を投資して完成させたウポポイや、平成に町の税金を使って完成させた二風谷アイヌ文化博物館に比べると、ここは土産物屋が立ち並ぶ「俗な」「昭和の」雰囲気と思われるかもしれない。しかしここを始めて歩いた時、真っ先に思い出したのは1992年にはじめて白老ポロトコタン(現ウポポイ)を訪れた時のあの雰囲気だ。

あの時二十歳になったばかりの私はカルチャーショックを覚えた。資料館に至るまでの道の両側に客引きのアイヌのおばさんたちが「いらっしゃい、いらっしゃーい!」とやっているのだ。まるで中国か東南アジアかメキシコにでもいるかのような雰囲気だった。しかも私が戸惑いつつも相手にせず先に進もうとすると、「あ、無視された!」と言われる。これでは立ち止まらざるを得ない。あの時のあの俗な雰囲気がソフトになって残っているのだ。

そしてそれぞれの店がきわめて個性的な彫刻でデコレートされている。アイヌ風の木彫りと文様で飾り立てたログハウスを右の通りに十棟、左の通りに十棟並べたような感じである。素朴なアイヌのイメージはそこになく、現代アートの空間に近い。昼食は鹿肉を使ったアイヌ料理の店でジビエ料理をいただいた。

東急五島を拒絶した和人の女傑

 ファノンは仏領アルジェリアの独立に36年の短い生涯の残り数年をつぎ込んだ。そして独立の前年、1961年に白血病で亡くなった。なぜ彼のような知識人が道理を説いて言論で戦わず、武力革命の道に進んだのか。「黒い皮膚、白い仮面」の中で彼は絶叫する。

世界は人種偏見の名において私を拒絶したのであった。理性の次元における和合が不可能である以上、私は非合理性にわが身を投じていった。白人が私以上に非合理的になれるものならなってみよ。

まさに彼がアルジェリア独立戦争に身を投じて戦っていた1960年前後、もう一つの静かな独立戦争がこの阿寒湖畔で始まっていた。この地の大地主、薩摩の前田家当主は明治初年にフランスに留学し、ヨーロッパ資本主義のもたらした文明のなんたるかを知った。その二代目に嫁ぎ、後に三代目園主となった前田光子氏も、栃木県出身ではあったが阿寒湖とアイヌ文化をこよなく愛した。そして本州では聞いたこともなかったアイヌ人差別に直面する。彼らの貧困問題を解決するためにもアイヌ人の経済的自立を支援することにした。そして「前田家の財産はすべて公共事業の財源とす」という家訓に従って土地を無償でアイヌ人に提供し、温泉客向けの土産物屋街としてこのコタンをスタートさせたのだ。

「女傑」前田氏については「武勇伝」も事欠かない。例えばこの地をリゾート開発しようとした東急グループの五島慶太が面会を申し込んだが、頑として会おうとしなかったという。「強盗慶太」の異名をとる彼がここに進出してきたら、あっという間にリゾートホテルだらけになり、環境が壊され、「観光公害」が起こると分かっていたからだろう。

彼女は環境を守るだけでなく、生涯を通して自ら阿寒の森に何万本もの植林をし続け、1983年に亡くなった。さらに「観光アイヌ」と呼ばれても、経済的自立と民族の威厳の一挙両得を考えた彼女は、アイヌ古式舞踊だけでなく現代創作舞踊にも着手した。実は彼女は戦前タカラジェンヌとして名をはせる大物舞台女優だったのだ。アイヌシアター「イコㇿ」をはじめ、北海道各地で演じられるアイヌ現代舞踊も彼女の指導と、タカラジェンヌとしての知名度を利用して国際社会に紹介されてのものと言われる。伝統的なものの他に現代人のセンスにマッチした舞踊が楽しめるのも彼女の努力のおかげなのだ。

 

資本主義で守る自然と民族文化

このように阿寒湖アイヌコタンのシアターや土産物屋の通りだけを見れば、よくある温泉街のアイヌ版、で終わるだろうが、その周辺の環境保全を含め、環境に負担をかけないように、そしてなによりもアイヌ人の経済的自立を促しつつ亡くなったパトロンの存在は大きい。資本主義によって環境破壊や民族分断がなされた反面、その財力でそれらを食い止め、民族共生のための自立の道にこぎつけることもできるのだ。

アイヌ人と北海道を、ファノンという軸を通して歩いてみて思った。ファノンはその肌の色でフランスから疎外され、ネグリチュード(真の黒人らしさ)を探求しながらも、無知によって社会を分断するポストコロニアルな状態を徹底的に批判し、世界に影響を与えた。一方、前田氏はそのフランスに学び、帰国後はその財を惜しみなく阿寒の自然保護やアイヌ人の自立につぎ込んだ。

フランスは自由、平等、博愛の精神を生み出すとともに、外には植民地主義を貫いた。この近代フランスのもつ負の側面が仏領マルティニークに生まれ育ったファノンに、正の側面が阿寒湖アイヌコタンに見られることを確認した。

一方でまた、ファノンが植民地主義によって傷つけられた状況は、権力者による歴史の隠蔽という形を取って、各地で見られる。私たちは権力者が何を見せ、何を隠したがるか見出すだけの目を養わねばならないのだ。そして重い宿題を背負って新千歳空港に戻っていった。(了)

 

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