中国のようなウポポイ | ブラタカタ・・・通訳案内士試験に出題された場所の旅道中

ブラタカタ・・・通訳案内士試験に出題された場所の旅道中

2007年以降、300人以上の通訳案内士を養成してきた通訳案内士試験道場の高田直志です。案内士試験に出題された場所を津々浦々歩いたときの旅日記です。案内士試験受験生は勉強に疲れた時の読み物として、合格者はガイディングのネタとしてお読みください。

アイヌ語だらけのウポポイ?

 翌朝は秋晴れの素晴らしい天気となった。装いも新たになった白老駅に向かうと、自販機やガチャガチャ、駅名が書かれたプレート、足ふきマットなど、駅舎のあちこちにアイヌ文様が見られた。何年か前まで古ぼけたさえない駅だったのが嘘のようだ。

 朝いちばんで民族共生象徴空間「ウポポイ」へ向かうと、東京かニューヨークか上海にでもありそうな巨大な現代アートのような建築が現れた。以前来た時にはここもお世辞にも立派とはいえぬ建物だった。安部政権下で総事業約200億円の税金をつぎ込んで建設しただけはある。

館内に入ると、ここでもスタッフたちのあいさつ言葉は「イランカラㇷ゚テ~」である。そういえば事前に電話して開館時間を確認した時、「もしもし」ではなく、「イランカラㇷ゚テ~」と言われたのには少し驚いた。さらには展示品の多くが日本語と英語、そしてカタカナ表記のアイヌ語で書かれている。それどころか消火栓に「アペウシカワッカ チヤイ」と訳語が書かれている。そんなアイヌ語があったのかと思うが、「アぺ」とは「火」、「ウシカ」は「消す」、「ワッカ」とは「水」を意味するので、「火を消す水」という意味なのだろう。始めは物珍しかったアイヌ語表記に違和感を覚え始めた。

 

薄っぺらなアイヌ語?

ファノンは言う。

 「一つの国語を話すということは、一つの世界、一つの文化を引き受けるということである。」

語学を学ぶ私たちにとって、まさに至言である。例えば英語を学ぶことで日本の首相は米国の総理大臣をファーストネームで呼び、握手をすることで親密さをアピールしようとするが、それは自分のなかに「英語的世界観・価値観」をインストールしたことに他ならない。

あるいは中国語という語学体系をインストールした私は物事を考えるうえで「天地」「上下」「陰陽」など世界を二分化して考える癖がある。また韓国語をインストールした結果、親族呼称の中で母系より父系を、下の世代より上の世代を詳細に呼び分ける「儒教的価値観」を受け入れるようになった。語学をインストールすることはその世界観や文化までインストールすることなのだ。しかしファノンの場合、次のように続ける。

「白人になりたいと思うアンティル人は、言語という文化の道具をわがものにすればするほど白人に近づくであろう。」

 これを1898年施行の「北海道旧土人保護法」によって民族文化を事実上否定され、和人に同化する以外に道はなかったアイヌ人に当てはめるなら、

「和人になりたいと思うアイヌ人は、言語という文化の道具をわがものにすればするほど和人に近づくであろう。」

となる。私は私の意志で英語や中国語や韓国語を選び、言語とその背後にある世界観や価値観までインストールした。一方で20世紀のアイヌ人は公的機関において母語とその背後にある世界観、価値観を学ぶ機会を奪われたのは事実である。たしかにそれは政府にとっては不衛生で無学な「旧土人」を「保護」するための措置であり、当時なりの正義だったのかもしれない。

一方で、ウポポイに氾濫するアイヌ語は、それをインストールした先にどのような世界観や価値観があるのだろうか。なにやらアイヌ語を抑えてきた歴史などなかったことにして、世界観や価値観をインストールするわけでもなく、ステッカーをペタッと貼るかのようにアイヌ語で表記するのは、薄っぺらな感じがしないでもない。

 

中国そっくりのウポポイ

 通称「ウポポイ」として知られているこの空間は、国立アイヌ民族博物館、国立民族共生公園および慰霊施設からなっている。そのうち民族博物館は、文化と歴史を中心に実物や映像、パネルなどで詳しく解説している。全体的にはアイヌ民族に関する総合的なことが学べる施設である。しかしなにか足りないことに気づいた。

端的に言えば和人による収奪行為や民族性の剥奪についてほとんど記していないのだ。だから何も知らぬ人が見れば「自然と共存してきたアイヌ民族が、なぜか不幸になってしまったが、けなげに生きてきたので彼らと共生すべきである。」というメッセージ以上のことは分からないようになっているのだ。民族問題の責任の所在はきれいにぼかされている。

 何かに似ている、と思ったら、中国の少数民族の資料館にそっくりではないか。満州族や蒙古族など、中国の少数民族の資料館では、体験を含む生活文化紹介と民族の共生がテーマの中心になりやすく、異民族統治に頭を絞ってきた共産党の意向が透けて見える。そしてそれらはもちろん民間人が建てたものではなく、全て共産党が建てたものであることは言うまでもない。

 しかし一カ所だけ、目立たないが私が「これは!」とおもったところがあった。見学順路の最後にある「19世紀の交易ルート」というパネルである。いわゆる「北方民族」たちの分布図があるが、アイヌ人の居住エリアは「北海道」に限らない。南は下北・津軽半島から北は樺太中部、東はカムチャツカ半島先端まで居住エリアとなっている。

例えば樺太を例にとると、中樺太にはウイルタ族がおり、さらには江戸時代後期に間宮林蔵が探検した北樺太から大陸アムール川河口を見ると、ニブフ族もいる。アイヌという存在は和人との関係性によってのみ生まれたのではない。こうした北方民族との相互交流によって「越境する」民族だったことが確認できたのが、ここでの収穫だった。

私は中国の延辺朝鮮族自治州に住んでいたが、州内の博物館では「朝鮮族」というのは中国にいる人々のみしか扱っていなかった。しかしその背景には朝鮮半島および日本、樺太などにまたがる巨大な「居住地域」「集住地域」も存在することは表示されない。大地に国境がひかれ、国家に従属させられる以前のアイヌ人の生活がここのパネルでうかがわれた。

 

撤去されたシンボル

2019年までポロトコタンと呼ばれたこの地が国立の博物館に「昇格」するまではここまで立派なものではなかったが、地元の財団法人(後に社団法人)による運営で、いい意味で「素人っぽい温かみと懸命さ」が感じられた。博物館から出て、民族共生公園となったところを歩いていると、以前のシンボル的なオブジェが見当たらないことに気づいた。1992年の夏、初めて来たときには入口あたりに高さ16メートルのアイヌの首長をかたどった巨大な像があったはずだ。

職員に確認したら、国立博物館化する際に、老朽化によって撤去されたとのこと。調べてみると、あれは1976年の開館当時にはなく、地元のゴーカート場の閉園に伴ってそこにあったものを1979年に譲り受けたものという。昔はあの「手作り感」がたまらなかった。以来、四十年にわたって「ウポポイ」となるまえの「白老ポロトコタン」を見つめてきた守り神だと思っていた。しかし国立化に「昇格」したことで、あっけなく、実にあっけなく撤去されてしまったのだ。200億円の予算のうち一部を割いて修復しようという発想はなかったのだろうか。それまであったシンボルがリニューアルとともに撤去されるというのも中国っぽい。

 

「観光アイヌ文化」のジレンマ

民族共生公園にはポロト(大きな沼)を背景にユネスコ無形文化遺産にも登録されているアイヌ舞踊や音楽が披露される野外ステージや、復元された五棟のチセ(アイヌ家屋)などからなる。このエリアは昔からあった。ただ、こざっぱりしすぎていて生活感がない。むかしはもっと雑然としていて「使用感」があふれていたように記憶している。

竹を口に当てて音を出すムックリや弦楽器「トンコリ」の演奏、鶴の舞、剣の舞といった「定番」の芸能を鑑賞し、時間ごとに各チセでショーを見たが、正直言うと私はこのような「作り物」が苦手である。クライマックスで見ごたえがある場面だけを切り貼りしているかもしれないが、それがどの部分がカットされたか分からないからだ。また、そもそも神楽のように神に捧げるはずのものだったかもしれないこれらの芸能が演目の中にあったとしても、それらが観光客に捧げるようなものになってしまっては、文化継承という意味において本末転倒ではないかと思うからだ。

見世物としてのアイヌ文化を「観光アイヌ文化」とするなら、これまで継承されてきた「本物のアイヌ文化」はこのままでは廃れる恐れがある。とはいえ、この事業は税金で運営されている。となると、これによってアイヌ人の雇用が生まれる。それがなければ自民族の文化継承を全くの「手弁当」で行わねばならなくなる。しかしそれでは継続性が保証できない。政府が妥協して、やる気もなかった先住民族の文化継承にお金を出しているという以上に、アイヌ人が妥協して完全版ではない民族舞踊や音楽を継承しているのだろう。ファノンの言葉をまた思い出した。

政治闘争ないしは武装闘争によって原住民が獲得するものは、入植者の善意や思いやりの結果ではない。それは入植者にとって、これ以上譲歩を遅延させることが不可能になったことを示しているのだ。(中略)これは植民地主義の譲歩ではなくて、原住民の譲歩だ。」

しかしその後私がたまたま見学した「語り部」はそれらと一線を画していた。四十歳くらいに見える二児の母親が、自分の受けた民族的無理解をみなの前で語ってくれたのだ。(続)

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