箱根一周 | ブラタカタ・・・通訳案内士試験に出題された場所の旅道中

ブラタカタ・・・通訳案内士試験に出題された場所の旅道中

2007年以降、300人以上の通訳案内士を養成してきた通訳案内士試験道場の高田直志です。案内士試験に出題された場所を津々浦々歩いたときの旅日記です。案内士試験受験生は勉強に疲れた時の読み物として、合格者はガイディングのネタとしてお読みください。

 

 

箱根一周

 一月三日、箱根の「ゴールデンルート」を回った。朝早く小田原駅から箱根登山鉄道で箱根湯本まで行く。箱根駅伝の余韻冷めやらぬ箱根湯本までは、傾斜は緩やかだが、乗り換えたらスイッチバックで登るほどの急峻な山や谷になる。「登山」鉄道というのもうなずける。

 谷川沿いに湯けむりたなびくいくつかの温泉を過ぎ、彫刻の森駅で下車した。関東地方を代表するこの野外美術館も、朝一番だけあって訪問者も少ない。芝生の上に建ち並ぶ現代アート作品の中には、樹脂製の透明なカプセルを組み合わせて作ったジャングルジムのような「しゃぼん玉のお城」や、カラフルなニットで作った「ネットの森」など、子どもでも楽しめる遊具を現代アートとして造ったものもあり、幼稚園児の息子も大喜びだ。現代アートには、見た瞬間に「なんだこれは?!」と脳天を殴られるかのような衝撃を受けるものも少なくない。そこには美醜というレベルではなく、それを見る前と見た後の自分では、世界の見方が変わったかいなかが問題になる。一方で当館の目玉ともいえるニキ・ド・サン・ファールの「ミス・ブラックパワー」を見た息子は「土偶みたいだのう」との感想。なかなか鋭い感覚だ。まさに20世紀までの欧州ではなかった、生命観あふれるこれらの造形は、中華文明渡来以前の縄文文化そっくりである。現代アートは縄文再発見だったのかもしれない。

 美術館から10分ほどで、湯けむりに包まれる強羅公園につく。左右対称で、噴水と花が必須のフランス式庭園として知られるこの公園は、季節が合えばブーゲンビリアやバラなどの花々が楽しめるが、1月では望むべくもない。欧州庭園では花の咲かない季節には寒々しさが増すばかりだ。とはいえそれは「わびさび」とは異なる。

 強羅公園から訪日客で満員の登山ケーブルに乗って一駅で箱根美術館であるが、向かいの山を借景とした青々した苔や巨石群の間を流れる清水。やはり自分にはこの日本庭園が心にしっくりくる。岩を中心とする日本庭園は、紅葉も散ってしまい、そして花もまだ咲かぬ冬こそ、対面した岩が訥々と語りだすものなのだ。再び登山ケーブルで早雲山駅まで行く。

 1分間隔で運行する18人乗りのロープウェイの乗客はほぼ訪日客だった。乗車後5分ほどたったとき、目の前に噴煙をたなびかせた大涌谷の向こうに白い雪化粧をした霊峰富士が見えてきた。ゴンドラ内の観光客たちはいっせいに振り向き、シャッターを押し始めた。ゴンドラの中でも硫黄の臭気が鼻をつく。ゴンドラを下りて大涌谷を歩くと大地の息吹が聞こえるようだ。この大地は生きていることの証明をするかのように、硫黄の臭気を漂わせ、噴煙を息巻いている。向こうは日本の象徴、富士山だが、足元の大涌谷は地球の象徴である。

 箱根ロープウェイで下山して桃源台で下車し、芦ノ湖を海賊船で遊覧する。外輪山に従って、湖面を滑ること30分ほどで元箱根に到着する。途中岸辺に箱根神社の赤い鳥居が見える。この神社こそ「元箱根」つまり「オリジナル箱根」という名を冠することからもわかるように、明治時代に箱根登山鉄道ができる前には箱根の中心だったのだ。

 元箱根からバスで山の谷間を箱根湯本まで走る。駅前で降りてから歩くこと10分ほどで、老舗の吉池旅館に着く。箱根一の庭園美を誇るこの旅館でひと風呂浴びる。ナトリウム・カルシウム泉の源泉かけ流しを楽しんだあと、暗がりのなか箱根を発ち、東京に向かった。